夏雲 女子高生売春強要事件

あめの みかな

文字の大きさ
100 / 192
第四部 春霞(はるがすみ)

第19話 鬼の章之壱

しおりを挟む
 まさか、一度死んだはずのあたしが、もう一度この世界に降り立つなんて、夢にも思わなかった。

 しかも、山汐凛の身体ではなく、他人の身体に憑依してだなんて。


 あたしは去年の秋に、夏目メイに殺された。

 けれど、それは鬼頭結衣という肉体の死でしかなかった。


 夏目メイは死にかけていたあたしの人格と、あたしの人格を構成する過去の記憶を、あたしの携帯電話に移した。

 そして、あたしは、夏目メイの、正確には山汐凛の、別人格となった。


 あたしには、その年の夏休みに一度だけ会っただけで、連絡先を交換しながらもそれから一度も連絡を取ることがなかった友達がいた。

 だから、実際にその友達と過ごしたのは、わずか十数分のことでしかなかった。

 でも、あたしと彼女は確かに友達だった。


 夏目メイは、その友達から、すべてを奪った。

 だからあたしは、夏目メイのすべてを奪おうとした。


 結局、あたしは夏目メイの手のひらの上で泳がされていただけだったけれど、夏目メイは、自分をあそこまで追い詰めたのは、これまでもこれからもきっとあたしだけだと言った。

 だから、あたしに生きてほしいと言った。

 褒められている気は全然しなかったし、あたしは夏目メイに人格だけとはいえ命を救われたことが本当に腹立たしかった。

 だから、あたしはこれまで一度も表に出ることはなかった。

 あたしが、表に出るとしたら、あの子に、加藤麻衣に、もう一度出会えるかもしれない、そのときだけだと決めていた。

 そのためなら、あたしは夏目メイからかけられた慈悲のようなものを甘んじて受け入れようと思った。


 けれど、夏目メイは徐々にあたしが知る夏目メイではなくなっていった。

 今ではもう、あたしが殺してやりたいほど憎いと思っていた彼女ではなかった。


 山汐凛の別人格のひとつになることで、あたしは夏目メイが歩んできた人生を知ってしまった。

 本当は姉思いの優しい女の子であったのだと知ってしまった。

 けれど、だからといって、彼女が麻衣にしたことがなかったことになるわけじゃない。

 もしかしたら、麻衣はそれすらも受け入れて許してしまうかもしれないけれど。


 麻衣だけじゃない。

 ハルにしたことも、ナオにしたことも。

 あたしは絶対に許さない。

 だから、手を貸すのは、これっきりだ。


 あたしにしかできないことがあるから。


 だから、あたしはケータイで知り合いに電話をかけた。

 死者からの電話に、あの男はきっと驚くだろうな、と思った。


 あたしは、そんな風にして、赤の他人のブスの身体とはいえ、再び生きることができることを楽しんでいる自分に気づきながらも、その気持ちはあたしの心の奥底にしまいこむことにした。



「戸田刑事、公安の刑事がひとり殺されたそうね」

 電話に出た相手にわたしは言った。


「黄泉の国からの電話かと思って出てみれば、随分下世話なことを聞きますね。
 いや、黄泉の国からだからこそか」

 戸田刑事はさほど驚いた様子はなかったようだった。

 彼は、神奈川県警の、マル暴と呼ばれる暴力団担当の刑事で、あたしが生まれ育った家である「鬼頭組」や、山汐凛が生まれ、紡や芽衣、そして夏目メイを産むきっかけとなった家である「夏目組」と関係の深い人物だった。

 発見されたあたしの変死体から、携帯電話が持ち去られていたことを彼は知っているはずだった。

 持ち去ったのが、あたしを殺した夏目メイだということも。

 だから、あたしの携帯電話からいつか自分に電話がかかってくることは、想定の範囲内だったということだろう。

 戸田刑事は、あたしの携帯電話を使って、夏目メイが電話をかけていると思っているのだ。


「あたしが教えてあげた名古屋マユミと宮沢渉は見つかった?」

「……!?」


 名古屋マユミと宮沢渉。

 そのふたりは、戸田刑事と、昔彼の教育係を務めた安田という刑事が10年前から探し続けている人物だった。

 10年前に名古屋で起きた少女ギロチン連続殺人事件。

 宮沢渉はその真犯人であり、名古屋マユミは宮沢渉に連れ去られた安田刑事の妻だった。

 あたしは鬼頭組の力を使って、ふたりの居場所を突き止め、夏目メイや夏目組の情報を引き出すための交渉材料にしたことがあった。


「まさか本当に黄泉の国からの電話とはね……」

「あたしが鬼頭結衣だろうが、夏目メイだろうが、それとも他の誰かだろうが、今はどうでもいいことよ。
 あたしは、公安の刑事を殺した人間が誰か知っている」

「いいでしょう。話を聞かせてください」


「10年前に、この国に大量破壊兵器を持ち込んだテロリストがいたでしょう?」


 わたしは、戸田刑事にすべてを話した。

 数人の女子高生や、ハッカーがひとりいたところで、どうにもならない相手と戦わなければいけないからだ。

 警察の力が必要だった。


「多重人格者の人格管理を可能とするシステムですか……
 にわかには信じられない話ではありますが、昨年の夏に青西高校で起きた売春強要事件には確かに謎が多すぎた。
 10年前、夏目組の傘下の暴力団が、テロ組織「天禍天詠」を名乗り、そのリーダーである小久保晴美を名乗る人物が、大量破壊兵器をこの国に持ち込んだ事件もまた。
 しかし、そのような物が存在するのであれば……」

「信じるか信じないかは」

「私次第ということですね」


 戸田のことをあたしはあまり好きではなかったけれど、頭のいい男は嫌いじゃなかった。


 戸田刑事だけではなく、わたしはもうひとり連絡を取らなければいけない相手がいた。

「轟(とどろき)、久しぶりね」

 あたしは、鬼頭組の現組長に電話をかけた。

 その男は実直で、悪い男ではないのだけれど、あたしはその頭の悪さに辟易した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...