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第四部 春霞(はるがすみ)
第19話 鬼の章之壱
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まさか、一度死んだはずのあたしが、もう一度この世界に降り立つなんて、夢にも思わなかった。
しかも、山汐凛の身体ではなく、他人の身体に憑依してだなんて。
あたしは去年の秋に、夏目メイに殺された。
けれど、それは鬼頭結衣という肉体の死でしかなかった。
夏目メイは死にかけていたあたしの人格と、あたしの人格を構成する過去の記憶を、あたしの携帯電話に移した。
そして、あたしは、夏目メイの、正確には山汐凛の、別人格となった。
あたしには、その年の夏休みに一度だけ会っただけで、連絡先を交換しながらもそれから一度も連絡を取ることがなかった友達がいた。
だから、実際にその友達と過ごしたのは、わずか十数分のことでしかなかった。
でも、あたしと彼女は確かに友達だった。
夏目メイは、その友達から、すべてを奪った。
だからあたしは、夏目メイのすべてを奪おうとした。
結局、あたしは夏目メイの手のひらの上で泳がされていただけだったけれど、夏目メイは、自分をあそこまで追い詰めたのは、これまでもこれからもきっとあたしだけだと言った。
だから、あたしに生きてほしいと言った。
褒められている気は全然しなかったし、あたしは夏目メイに人格だけとはいえ命を救われたことが本当に腹立たしかった。
だから、あたしはこれまで一度も表に出ることはなかった。
あたしが、表に出るとしたら、あの子に、加藤麻衣に、もう一度出会えるかもしれない、そのときだけだと決めていた。
そのためなら、あたしは夏目メイからかけられた慈悲のようなものを甘んじて受け入れようと思った。
けれど、夏目メイは徐々にあたしが知る夏目メイではなくなっていった。
今ではもう、あたしが殺してやりたいほど憎いと思っていた彼女ではなかった。
山汐凛の別人格のひとつになることで、あたしは夏目メイが歩んできた人生を知ってしまった。
本当は姉思いの優しい女の子であったのだと知ってしまった。
けれど、だからといって、彼女が麻衣にしたことがなかったことになるわけじゃない。
もしかしたら、麻衣はそれすらも受け入れて許してしまうかもしれないけれど。
麻衣だけじゃない。
ハルにしたことも、ナオにしたことも。
あたしは絶対に許さない。
だから、手を貸すのは、これっきりだ。
あたしにしかできないことがあるから。
だから、あたしはケータイで知り合いに電話をかけた。
死者からの電話に、あの男はきっと驚くだろうな、と思った。
あたしは、そんな風にして、赤の他人のブスの身体とはいえ、再び生きることができることを楽しんでいる自分に気づきながらも、その気持ちはあたしの心の奥底にしまいこむことにした。
「戸田刑事、公安の刑事がひとり殺されたそうね」
電話に出た相手にわたしは言った。
「黄泉の国からの電話かと思って出てみれば、随分下世話なことを聞きますね。
いや、黄泉の国からだからこそか」
戸田刑事はさほど驚いた様子はなかったようだった。
彼は、神奈川県警の、マル暴と呼ばれる暴力団担当の刑事で、あたしが生まれ育った家である「鬼頭組」や、山汐凛が生まれ、紡や芽衣、そして夏目メイを産むきっかけとなった家である「夏目組」と関係の深い人物だった。
発見されたあたしの変死体から、携帯電話が持ち去られていたことを彼は知っているはずだった。
持ち去ったのが、あたしを殺した夏目メイだということも。
だから、あたしの携帯電話からいつか自分に電話がかかってくることは、想定の範囲内だったということだろう。
戸田刑事は、あたしの携帯電話を使って、夏目メイが電話をかけていると思っているのだ。
「あたしが教えてあげた名古屋マユミと宮沢渉は見つかった?」
「……!?」
名古屋マユミと宮沢渉。
そのふたりは、戸田刑事と、昔彼の教育係を務めた安田という刑事が10年前から探し続けている人物だった。
10年前に名古屋で起きた少女ギロチン連続殺人事件。
宮沢渉はその真犯人であり、名古屋マユミは宮沢渉に連れ去られた安田刑事の妻だった。
あたしは鬼頭組の力を使って、ふたりの居場所を突き止め、夏目メイや夏目組の情報を引き出すための交渉材料にしたことがあった。
「まさか本当に黄泉の国からの電話とはね……」
「あたしが鬼頭結衣だろうが、夏目メイだろうが、それとも他の誰かだろうが、今はどうでもいいことよ。
あたしは、公安の刑事を殺した人間が誰か知っている」
「いいでしょう。話を聞かせてください」
「10年前に、この国に大量破壊兵器を持ち込んだテロリストがいたでしょう?」
わたしは、戸田刑事にすべてを話した。
数人の女子高生や、ハッカーがひとりいたところで、どうにもならない相手と戦わなければいけないからだ。
警察の力が必要だった。
「多重人格者の人格管理を可能とするシステムですか……
にわかには信じられない話ではありますが、昨年の夏に青西高校で起きた売春強要事件には確かに謎が多すぎた。
10年前、夏目組の傘下の暴力団が、テロ組織「天禍天詠」を名乗り、そのリーダーである小久保晴美を名乗る人物が、大量破壊兵器をこの国に持ち込んだ事件もまた。
しかし、そのような物が存在するのであれば……」
「信じるか信じないかは」
「私次第ということですね」
戸田のことをあたしはあまり好きではなかったけれど、頭のいい男は嫌いじゃなかった。
戸田刑事だけではなく、わたしはもうひとり連絡を取らなければいけない相手がいた。
「轟(とどろき)、久しぶりね」
あたしは、鬼頭組の現組長に電話をかけた。
その男は実直で、悪い男ではないのだけれど、あたしはその頭の悪さに辟易した。
しかも、山汐凛の身体ではなく、他人の身体に憑依してだなんて。
あたしは去年の秋に、夏目メイに殺された。
けれど、それは鬼頭結衣という肉体の死でしかなかった。
夏目メイは死にかけていたあたしの人格と、あたしの人格を構成する過去の記憶を、あたしの携帯電話に移した。
そして、あたしは、夏目メイの、正確には山汐凛の、別人格となった。
あたしには、その年の夏休みに一度だけ会っただけで、連絡先を交換しながらもそれから一度も連絡を取ることがなかった友達がいた。
だから、実際にその友達と過ごしたのは、わずか十数分のことでしかなかった。
でも、あたしと彼女は確かに友達だった。
夏目メイは、その友達から、すべてを奪った。
だからあたしは、夏目メイのすべてを奪おうとした。
結局、あたしは夏目メイの手のひらの上で泳がされていただけだったけれど、夏目メイは、自分をあそこまで追い詰めたのは、これまでもこれからもきっとあたしだけだと言った。
だから、あたしに生きてほしいと言った。
褒められている気は全然しなかったし、あたしは夏目メイに人格だけとはいえ命を救われたことが本当に腹立たしかった。
だから、あたしはこれまで一度も表に出ることはなかった。
あたしが、表に出るとしたら、あの子に、加藤麻衣に、もう一度出会えるかもしれない、そのときだけだと決めていた。
そのためなら、あたしは夏目メイからかけられた慈悲のようなものを甘んじて受け入れようと思った。
けれど、夏目メイは徐々にあたしが知る夏目メイではなくなっていった。
今ではもう、あたしが殺してやりたいほど憎いと思っていた彼女ではなかった。
山汐凛の別人格のひとつになることで、あたしは夏目メイが歩んできた人生を知ってしまった。
本当は姉思いの優しい女の子であったのだと知ってしまった。
けれど、だからといって、彼女が麻衣にしたことがなかったことになるわけじゃない。
もしかしたら、麻衣はそれすらも受け入れて許してしまうかもしれないけれど。
麻衣だけじゃない。
ハルにしたことも、ナオにしたことも。
あたしは絶対に許さない。
だから、手を貸すのは、これっきりだ。
あたしにしかできないことがあるから。
だから、あたしはケータイで知り合いに電話をかけた。
死者からの電話に、あの男はきっと驚くだろうな、と思った。
あたしは、そんな風にして、赤の他人のブスの身体とはいえ、再び生きることができることを楽しんでいる自分に気づきながらも、その気持ちはあたしの心の奥底にしまいこむことにした。
「戸田刑事、公安の刑事がひとり殺されたそうね」
電話に出た相手にわたしは言った。
「黄泉の国からの電話かと思って出てみれば、随分下世話なことを聞きますね。
いや、黄泉の国からだからこそか」
戸田刑事はさほど驚いた様子はなかったようだった。
彼は、神奈川県警の、マル暴と呼ばれる暴力団担当の刑事で、あたしが生まれ育った家である「鬼頭組」や、山汐凛が生まれ、紡や芽衣、そして夏目メイを産むきっかけとなった家である「夏目組」と関係の深い人物だった。
発見されたあたしの変死体から、携帯電話が持ち去られていたことを彼は知っているはずだった。
持ち去ったのが、あたしを殺した夏目メイだということも。
だから、あたしの携帯電話からいつか自分に電話がかかってくることは、想定の範囲内だったということだろう。
戸田刑事は、あたしの携帯電話を使って、夏目メイが電話をかけていると思っているのだ。
「あたしが教えてあげた名古屋マユミと宮沢渉は見つかった?」
「……!?」
名古屋マユミと宮沢渉。
そのふたりは、戸田刑事と、昔彼の教育係を務めた安田という刑事が10年前から探し続けている人物だった。
10年前に名古屋で起きた少女ギロチン連続殺人事件。
宮沢渉はその真犯人であり、名古屋マユミは宮沢渉に連れ去られた安田刑事の妻だった。
あたしは鬼頭組の力を使って、ふたりの居場所を突き止め、夏目メイや夏目組の情報を引き出すための交渉材料にしたことがあった。
「まさか本当に黄泉の国からの電話とはね……」
「あたしが鬼頭結衣だろうが、夏目メイだろうが、それとも他の誰かだろうが、今はどうでもいいことよ。
あたしは、公安の刑事を殺した人間が誰か知っている」
「いいでしょう。話を聞かせてください」
「10年前に、この国に大量破壊兵器を持ち込んだテロリストがいたでしょう?」
わたしは、戸田刑事にすべてを話した。
数人の女子高生や、ハッカーがひとりいたところで、どうにもならない相手と戦わなければいけないからだ。
警察の力が必要だった。
「多重人格者の人格管理を可能とするシステムですか……
にわかには信じられない話ではありますが、昨年の夏に青西高校で起きた売春強要事件には確かに謎が多すぎた。
10年前、夏目組の傘下の暴力団が、テロ組織「天禍天詠」を名乗り、そのリーダーである小久保晴美を名乗る人物が、大量破壊兵器をこの国に持ち込んだ事件もまた。
しかし、そのような物が存在するのであれば……」
「信じるか信じないかは」
「私次第ということですね」
戸田のことをあたしはあまり好きではなかったけれど、頭のいい男は嫌いじゃなかった。
戸田刑事だけではなく、わたしはもうひとり連絡を取らなければいけない相手がいた。
「轟(とどろき)、久しぶりね」
あたしは、鬼頭組の現組長に電話をかけた。
その男は実直で、悪い男ではないのだけれど、あたしはその頭の悪さに辟易した。
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