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第3話 プロローグⅢ 太陽の巫女と月の審神者 ①
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月の審神者は、美しい顔をした少女だった。
十代半ばか、あるいは前半か。
背は、150センチもないだろう。
確か「十二単(じゅうにひとえ)」という、この国独自の衣類である美しい着物を着ており、長く艶のある美しい黒髪は床につくほど長かった。
磔にされ、宙に浮かばされている、この国の女王のひとりである返璧マヨリは確かまだ17歳だ。
月の審神者は彼女よりはるかに幼く見えた。
もしかしたら10歳前後かもしれなかった。
ふたりの顔はよく似ていているように見えた。
だが、月の審神者の顔はわずかに微笑んではいたが、あまりに冷たく、氷の微笑とでもいうべきものであった。
微笑んではいても、そこに感情や心といったものがあるのかどうかさえわからなかった。
「無限無槍(むげんむそう)」
アルマは、戦乙女の持つ力によって産み出した無数の姿なき槍を、月の審神者に向かって飛ばした。
ニーズヘッグはその技を飛び越え、直撃のタイミングを見計らい技を放った。
竜騎士の中には、その身体に流れる血を一時的に活性化させ、飛躍的に身体能力を向上させることができる者がいる。
ニーズヘッグには、それが可能だった。
「裏十戒(うらじゅっかい)」
その技は、彼が持つ槍技を十連発で繰り出す技であった。
先ほどアルマには初撃となる三段突きを弾き返されてしまい、二撃目を繰り出すことが出来なかった技ではあったが、あのときは血を活性化させてはいなかった。
今のニーズヘッグは、身体能力も技の威力もあのときの数倍にはね上がっていた。
魔法が失われた今の世界において、ニーズヘッグとアルマは、世界で間違いなく五本の指に入る最強クラスの戦士であった。
だが、月の審神者は、一度だけふたりを見たものの、攻撃が迫っているというのに身構える素振りすら見せなかった。
すぐに視線を返璧マヨリへと戻し、そして、ふたりの攻撃も身体も月の審神者をすり抜けてしまった。
「なんだ? 今のは?」
「残像? 超高速で移動したの?」
違う。
敵は一歩も動いてなどいない。
目に見えてはいるが、触れることができない存在なのだと、ふたりはすぐに気づいた。
「ニーズヘッグ、アルマ、下がってください!
あなたたちの強さは知っています!
ですがこの者は、いくらあなたたちでもかなう相手ではありません!!」
返璧マヨリは叫んだ。
ふたりとも、彼女とは面識がなかったはずだった。
アルマの顔と名前を知っていたとしても、他国とはいえ王族同士であるのだからおかしくはなかった。
ニーズヘッグでさえ、アルマを知っていたからだ。
だが、マヨリがニーズヘッグを知っているわけがなかった。
「そうか、お前たちはニーズヘッグとアルマというのか」
その声は、少女のものとは思えないほどに、おそろしく冷たい声だった。
月の審神者は、こめかみのあたりに人差し指を当て、まるで何かを思い出すようにすると、
「ランスの聖竜騎士、ニーズヘッグ・ファフニール。
そして、ペインの第三王女にして、戦乙女でもあるアルマ・ステュム・パーリデか。
どちらも、この世界では指折りの戦士だな。私がこの星を離れている間に、ミクロコスモスからこのような力を持つ者が現れるとは……
おもしろいものだな」
と、彼女もまた知るはずのないふたりの名だけでなく、祖国や職業、その能力までも言い当てた。
知るはずがないものを、思い出すことは不可能だ。
だから、検索したのだ、とニーズヘッグにはわかった。
まだ世界にエーテルが存在し、マキナが使えた時代、幼いニーズヘッグはよく、ランスの城下町にあった国立図書館に入り浸っていた。
彼は争いを好まない性格であり、本当は竜騎士になどなりたくはなかった。
読書をし、演劇を見て、一生を穏やかに過ごしたかった。
だが、生まれもった才能や環境がそれを許さなかった。
図書館には膨大な数の蔵書の中から目的の書物を探すためのマキナがあった。
キーワードとなる言葉を口にするだけで、検索がはじまり、目的の書物がどこにあるかを教えてくれた。
あれはとても便利だった。
「君は今、どこにアクセスしてぼくたちについて検索をした?」
「ほう、検索したことがわかるとはな。
だが、それをお前に教える必要があるのか?」
「ぼくが知る限りそんな場所はひとつしかない」
それは、この世界だけでなく、宇宙誕生以来のすべての存在について、あらゆる情報がたくわえられているという、存在するかどうかすらわからない場所だった。
「なるほど……ミクロコスモスごときが、アカシックレコードの存在にまでたどり着いていたか。
だが、私が持つのは、あの膨大なデータベースを検索し閲覧する権限だけではないぞ」
その瞬間、ニーズヘッグとアルマの体は立っていられないほどに重くなった。
ふたりとも膝をつき、身体中の骨がきしむ音が内側から聞こえてきた。指を動かすことさえもままならなかった。
「重力というものを知っているか?
お前たちミクロコスモスを、地上に永遠に縛り付ける足枷だ。
お前たちの肉体が普段感じている重力を1だとしたら、今は10だ。
私は今、お前たちふたりだけにかかる重力をコントロールしている。
あぁ、この女が浮かんでいるのも重力という足枷を軽くしてやったからだったか。
だから、私もこの女も、お前たちのように重力に押し潰されて死ぬことはないというわけだ」
これがアルマが言っていた『世界の理を変える力』なのだろうか。
月の審神者は、太陽の巫女であるこの国のふたりの女王と相反する存在だとも言っていた。
同じ力を持っているからこそ、マヨリはニーズヘッグやアルマの名前がわかったのだ。
そして、このようなことがいとも簡単にできてしまう力を、エウロペの女王は恐れたのだ。
「月の審神者は、私だけではないぞ。
太陽の巫女がふたりいるようにな。
すでに、白璧の塔のもうひとりの太陽の巫女と、その場にいた四人の竜騎士と戦乙女は始末したそうだ。
あとは、お前たちだけだ」
マヨリの顔から血の気が引いていた。アルマもだった。
「君たちがこの世界からエーテルや精霊たちを、魔法を消したのか?
エウロペの大賢者も君たちの仕業か?」
「それは私達ではない。
私達の目的は、同じ力を持ちながらも、私達の存在を怖れ、あの忌々しい3つの月に封印した天照卑弥呼(あまてらすのひみこ)と天照壱与(あまてらすのいよ)の血と力を継ぐ者を始末し、この世界を私達が望む形に、その理を変えることだ。
お前たちをこのまま、重力によって肉の塊にすることは容易いが、こんな力もあるということも見せてやろう。
今からお前たちの存在を、ひとりずつ順番に消していく。
存在が消えるということは、死とは違うぞ。
お前たちの存在が消えた後は、誰もお前たちを覚えていない。
お前たちは最初からいなかった。生まれて来なかった。
この世界の歴史からお前たちが消えるのだ。
たが、安心しろ。
お前たちのことは、存在を消した私の記憶の中だけには残る」
そいつはどうも、とニーズヘッグは思った。
だが、すでに、すぐそばにいたはずの誰かが、いなくなっていた。
名前も顔も思い出せなくなっていた。
誰かいたか?
いや、最初から自分だけだったはずだ。
「次はお前の番だ」
ニーズヘッグは、やっぱり竜騎士になんかなるんじゃなかったな、と最期にそう思った。
十代半ばか、あるいは前半か。
背は、150センチもないだろう。
確か「十二単(じゅうにひとえ)」という、この国独自の衣類である美しい着物を着ており、長く艶のある美しい黒髪は床につくほど長かった。
磔にされ、宙に浮かばされている、この国の女王のひとりである返璧マヨリは確かまだ17歳だ。
月の審神者は彼女よりはるかに幼く見えた。
もしかしたら10歳前後かもしれなかった。
ふたりの顔はよく似ていているように見えた。
だが、月の審神者の顔はわずかに微笑んではいたが、あまりに冷たく、氷の微笑とでもいうべきものであった。
微笑んではいても、そこに感情や心といったものがあるのかどうかさえわからなかった。
「無限無槍(むげんむそう)」
アルマは、戦乙女の持つ力によって産み出した無数の姿なき槍を、月の審神者に向かって飛ばした。
ニーズヘッグはその技を飛び越え、直撃のタイミングを見計らい技を放った。
竜騎士の中には、その身体に流れる血を一時的に活性化させ、飛躍的に身体能力を向上させることができる者がいる。
ニーズヘッグには、それが可能だった。
「裏十戒(うらじゅっかい)」
その技は、彼が持つ槍技を十連発で繰り出す技であった。
先ほどアルマには初撃となる三段突きを弾き返されてしまい、二撃目を繰り出すことが出来なかった技ではあったが、あのときは血を活性化させてはいなかった。
今のニーズヘッグは、身体能力も技の威力もあのときの数倍にはね上がっていた。
魔法が失われた今の世界において、ニーズヘッグとアルマは、世界で間違いなく五本の指に入る最強クラスの戦士であった。
だが、月の審神者は、一度だけふたりを見たものの、攻撃が迫っているというのに身構える素振りすら見せなかった。
すぐに視線を返璧マヨリへと戻し、そして、ふたりの攻撃も身体も月の審神者をすり抜けてしまった。
「なんだ? 今のは?」
「残像? 超高速で移動したの?」
違う。
敵は一歩も動いてなどいない。
目に見えてはいるが、触れることができない存在なのだと、ふたりはすぐに気づいた。
「ニーズヘッグ、アルマ、下がってください!
あなたたちの強さは知っています!
ですがこの者は、いくらあなたたちでもかなう相手ではありません!!」
返璧マヨリは叫んだ。
ふたりとも、彼女とは面識がなかったはずだった。
アルマの顔と名前を知っていたとしても、他国とはいえ王族同士であるのだからおかしくはなかった。
ニーズヘッグでさえ、アルマを知っていたからだ。
だが、マヨリがニーズヘッグを知っているわけがなかった。
「そうか、お前たちはニーズヘッグとアルマというのか」
その声は、少女のものとは思えないほどに、おそろしく冷たい声だった。
月の審神者は、こめかみのあたりに人差し指を当て、まるで何かを思い出すようにすると、
「ランスの聖竜騎士、ニーズヘッグ・ファフニール。
そして、ペインの第三王女にして、戦乙女でもあるアルマ・ステュム・パーリデか。
どちらも、この世界では指折りの戦士だな。私がこの星を離れている間に、ミクロコスモスからこのような力を持つ者が現れるとは……
おもしろいものだな」
と、彼女もまた知るはずのないふたりの名だけでなく、祖国や職業、その能力までも言い当てた。
知るはずがないものを、思い出すことは不可能だ。
だから、検索したのだ、とニーズヘッグにはわかった。
まだ世界にエーテルが存在し、マキナが使えた時代、幼いニーズヘッグはよく、ランスの城下町にあった国立図書館に入り浸っていた。
彼は争いを好まない性格であり、本当は竜騎士になどなりたくはなかった。
読書をし、演劇を見て、一生を穏やかに過ごしたかった。
だが、生まれもった才能や環境がそれを許さなかった。
図書館には膨大な数の蔵書の中から目的の書物を探すためのマキナがあった。
キーワードとなる言葉を口にするだけで、検索がはじまり、目的の書物がどこにあるかを教えてくれた。
あれはとても便利だった。
「君は今、どこにアクセスしてぼくたちについて検索をした?」
「ほう、検索したことがわかるとはな。
だが、それをお前に教える必要があるのか?」
「ぼくが知る限りそんな場所はひとつしかない」
それは、この世界だけでなく、宇宙誕生以来のすべての存在について、あらゆる情報がたくわえられているという、存在するかどうかすらわからない場所だった。
「なるほど……ミクロコスモスごときが、アカシックレコードの存在にまでたどり着いていたか。
だが、私が持つのは、あの膨大なデータベースを検索し閲覧する権限だけではないぞ」
その瞬間、ニーズヘッグとアルマの体は立っていられないほどに重くなった。
ふたりとも膝をつき、身体中の骨がきしむ音が内側から聞こえてきた。指を動かすことさえもままならなかった。
「重力というものを知っているか?
お前たちミクロコスモスを、地上に永遠に縛り付ける足枷だ。
お前たちの肉体が普段感じている重力を1だとしたら、今は10だ。
私は今、お前たちふたりだけにかかる重力をコントロールしている。
あぁ、この女が浮かんでいるのも重力という足枷を軽くしてやったからだったか。
だから、私もこの女も、お前たちのように重力に押し潰されて死ぬことはないというわけだ」
これがアルマが言っていた『世界の理を変える力』なのだろうか。
月の審神者は、太陽の巫女であるこの国のふたりの女王と相反する存在だとも言っていた。
同じ力を持っているからこそ、マヨリはニーズヘッグやアルマの名前がわかったのだ。
そして、このようなことがいとも簡単にできてしまう力を、エウロペの女王は恐れたのだ。
「月の審神者は、私だけではないぞ。
太陽の巫女がふたりいるようにな。
すでに、白璧の塔のもうひとりの太陽の巫女と、その場にいた四人の竜騎士と戦乙女は始末したそうだ。
あとは、お前たちだけだ」
マヨリの顔から血の気が引いていた。アルマもだった。
「君たちがこの世界からエーテルや精霊たちを、魔法を消したのか?
エウロペの大賢者も君たちの仕業か?」
「それは私達ではない。
私達の目的は、同じ力を持ちながらも、私達の存在を怖れ、あの忌々しい3つの月に封印した天照卑弥呼(あまてらすのひみこ)と天照壱与(あまてらすのいよ)の血と力を継ぐ者を始末し、この世界を私達が望む形に、その理を変えることだ。
お前たちをこのまま、重力によって肉の塊にすることは容易いが、こんな力もあるということも見せてやろう。
今からお前たちの存在を、ひとりずつ順番に消していく。
存在が消えるということは、死とは違うぞ。
お前たちの存在が消えた後は、誰もお前たちを覚えていない。
お前たちは最初からいなかった。生まれて来なかった。
この世界の歴史からお前たちが消えるのだ。
たが、安心しろ。
お前たちのことは、存在を消した私の記憶の中だけには残る」
そいつはどうも、とニーズヘッグは思った。
だが、すでに、すぐそばにいたはずの誰かが、いなくなっていた。
名前も顔も思い出せなくなっていた。
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
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