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治癒の国『ハイレン』〜大切な人を癒す為に〜

第102話

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◇◇◇


 「この……辺はまだ人が少ないか……」


 空を浮遊する事ができるモンスターに無理やり浮かされる形で街の上空を移動していたレイン。
 無闇に他人を巻き込む事が出来ない為、地上に降りるタイミングを見計らっていた。


 本当は街の外まで誘導できれば良かったが、ここは広すぎる。
 コイツがあの速度で無差別に暴れ回ったらそれどころではなくなる。


 だからレインに意識を向けながら極力人の少ない所で戦うしかなかった。


「とりあえず降りようぜ?」


 レインはスキルを発動する。そしての左腕を蹴り上げて動きを封じる。
 続けてモンスターの腕を掴んで回転させモンスターが下になるような体勢にする。

 レインは自分の足元に盾を召喚してそれを思い切り蹴った。突然の力にモンスターは成す術なく地上へ向けてレインと共に落下した。


◇◇◇
 

 ズドォン――人こそ少ないが大通りの真ん中で昼頃だ。多少の賑わいがある通りの真ん中にそれは突然出現した。


「な、なんだ?」


 大通りの真ん中に空いた穴をそこに居合わせた人が覗き込む。しかし……。


「ここから離れろ!!」


 その穴から飛び出したモンスターが近くにいた男性に爪を向けた。それが命中する直前にレインはモンスターの背後から首を掴んで穴の中へと放り投げる。


「し、神覚者……様?」


「モンスターが入り込みました!俺が倒すので早く逃げてください!!王城の方なら安全です!みんなにも伝えて……」


 穴からモンスターが飛び出しレインへと爪を向ける。それを両手に持った剣で受ける。その戦闘の音を聞いて建物の中にいた人たちも出てきた。


 人通りが少ないだけで両端に並ぶ建物の中には人が多くいた。


「お、おい……早く逃げるんだ!神覚者様が抑えてくれてるうちに!走れ!」


 さっき助けた男性が周囲の人に呼びかける。そのモンスターの異様な姿に只事ではないと察知した人たちも王城へ向けて走り出した。


「これで本気を出せそうだ。……お前が何者かは知らないが、エリスを苦しめた報いを受けろ」


 レインはモンスターに斬りかかる。それと同時にモンスターの背後にヴァルゼルが出現して斬りかかる。


 ガキンッと硬い音が響く。このモンスターの身体がどれほどの硬さを持つのか。この音がそれを表していた。


「ヴァルゼル!コイツを逃すな!絶対に殺せ!」


「旦那……何でこいつがここにいるんだ?」

 モンスターはレインとヴァルゼルの斬撃を防ぎつつ的確に反撃してくる。
 爪による斬撃をヴァルゼルはスキルによって無効化できるが、レインには出来ない。

 レインは攻撃をヴァルゼルに任せ回避に重きを置いている。そんな中でヴァルゼルの言葉が頭に響いた。

 "レイン!そいつは蛇疫の魔王ラデルが生み出した寄生型の毒人形だ。そいつの爪に当たるんじゃないよ!溶解の毒で一瞬のうちに滅びるぞ!炎の魔法で焼き払え!"


 魔王?何でそんなのがエリスに?
 

「……旦那!コイツには火だ!近くに寄らせなければ、ただ力が強いだけだ!火使える奴はいないのか?!」


 ヴァルゼルも同じこと言っている。という事はコイツは昔の大戦の生き残り?
 

「ああ!!無理だ!火を使える知り合いはいない!」

 元々覚醒者どころか普通の人にすら知り合いもいなければ知識もないレインには、炎系の魔法やスキルを使える人が思い浮かばなかった。
 強いていうならカトレアくらいだが、アイツがここにいるはずがない。


 "それに一撃でも喰らえば終わり?アルティくらいの強さの奴が言うなら俺なんか本当に一瞬でやられるぞ?急に怖くなってきたな"


 "違う違う!レイン、あんたが使うんだよ!"


「はぁ?!俺に魔法は使えない。適性がないんだから!」


 "適性がない?!誰がそんなこと言ったんだ?アンタそもそもその魔力を手に入れてから魔法を使おうとしたことあんのか?


「なにを言って……」

 
「旦那?誰に話してんだ?!来るぞ!」


 アルティとの会話に気を取られたせいでモンスター改め毒人形の接近に気付くのが遅れた。しかしヴァルゼルが間に入って防御する。


「傀儡召喚!騎士たちを援護につけるから少し耐えろ!」


 レインは10体ほどの騎士を召喚した。ここでたくさん出しても見失うだけだ。


「そんなに長くは無理だぞ!あいつのスピードは俺よりも断然速い!逃げられたら追えないぞ!」


「それまでには戻る!」


 ヴァルゼルと騎士たちに毒人形を任せてアルティとの会話に集中する。

「アルティ!俺にも魔法が使えるのか?」

 "当たり前だよ。レインは魔法が使えないんじゃない。使い方を知らないだけだ。
 そもそもレインはあの場所で強化のスキルを使えるように肉体を鍛えただけだ。
 余った時間で比較的簡単に扱えそうな武器を教えただけで時間があるなら魔法も教えてたさ!"


 「そう…なのか……俺にも魔法が……」


 "とりあえず炎系の魔法をイメージしろ!アンタ、料理は出来るんだから火を使ってただろ?簡単さ。難しくない"


「料理って言ったってあれは火が出る魔法石に触るだけだから……いや、やってみる。どうやればいい?」


 ここでそんな事を言っている場合ではない。街への被害は最悪どうでもいいが、エリスを苦しめた元凶を取り逃がす事はあり得ない。

 
 "いいかい?魔法で大事なのはイメージだ。あの魔法女みたいに複雑なのはいらない。もっと単純でいい。炎は熱い、赤く燃える、敵を焼き尽くす為の攻撃手段だ。
 でも自分を焼くわけにはいかないから球体にして飛ばす方が安全だ。なら生み出した炎を球体の中に押し込める必要がある"


「………………うん」


 "その後は敵に向けて真っ直ぐ飛ばすだけだ。押し出すように勢いをつけて飛ばす。
 投げると変な方向へ行く可能性もあるからね。味方に当ててしまうかもしれない。ただ敵へ向けて一直線に飛ばすんだ"


「………………うん」


 "お前はそれしか言えないのか!分かったんだろうね?!"


「………………あー、ちょっと……はい」


 レインは3つ以上のことを同時にできなかった。

 
 
 
 
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