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番外編
42.5──3
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「村上さん、ごめんなさい。いじめ過ぎました」
「うー……っ」
「俺が悪かったです。泣かないで」
背中をさする手のひらが温かい。その動きに合わせて僕はゆっくりと息を吐いた。
「さっきのは、嘘です」
「さっきの……?」
こどもみたいなたどたどしさで問い返すと、佐藤君が言った。
「洗うだけ、じゃないです」
「じゃ、ない……?」
「洗うのと、いちゃつくのを、同時にしようとしてました」
「……っ」
必ずしも、何もかも素直に言うのがよいことだとは限らない。ぱくぱくと意味もなく口を開閉し、僕は彼を見つめた。
「だから、遠慮せずに感じてください」
その言葉を皮切りに、彼の手は明確な意図を持って動き出した。胸、腹、腰、その下まで。
「さとーくん……」
「はい」
「それ、や……」
「悦く、ないですか?」
いいから、嫌なのだと。どうして分からないんだろう。
浴室中に反響する声も。自ら濡れていく身体も。自分のすべてが、彼が好きだと訴えている。
ベッドに移動してからも、甘い意地悪は続いた。先程洗った場所を確かめるようにして上から順に触れていく、唇と指の動き。気持ちがいいのは事実だったが、つらかったのは、なかなか彼が一線を越えてくれないことだった。
「佐藤君、もう、していいから……」
入口が今にも溶けそうになっているのに、彼は指を止めてくれなかった。
「あと少し」
彼にも、この熱は指先から伝わっているはずだった。塗りつけたときにはひんやりとしていたはずの潤滑剤も、まるで中から自然に溢れて出てきたかのように熱くなっている。最初にしたときとは比較にならないくらい、丁寧かつ慎重に、彼は行為を進めていた。
「何でこんな……」
早くしてくれないことへの不満が、中途半端に口を突いて出る。優しくされることが、痛くされるより苦しい場合もあるだなんて、知らなかった。
「俺に反応してるところ、たくさん見たくて」
「前のときだって、見たでしょう……っ?」
「前回は、焦ってたからあまり悦くしてあげられなかったし。それに、あなたには他に好きなひとがいて、俺としてるのは惰性だと思ってたから。あんまり、顔見れなかった」
このひとは、俺のことが好きなわけじゃない。だからどんな気持ちで俺に抱かれているのか、考えるのも怖かった。彼はそう言って、切なそうに瞳を細めた。
僕は手を伸ばし、彼の頬を掴む。頬の肉が少ないので、引っ張ってもさほど伸びはしない。口を開いた彼はおそらく、村上さん、と言ったのだろうが。僕が頬を伸ばしているせいで、ふははみはん、と聞こえた。
「僕は好きでもないひとと、こういうことはしないよ。あのときも、……今も」
頬から手を離し、彼の首へと腕を回す。恥ずかしいことを口にするときには、相手に顔が見えない方がいい。
「早く、中に来て」
顔を見られたくない一心で抱きつくと、自然と耳元でささやく形になった。
それ以上焦らすことなく入ってきた彼の質量に、涙がにじむ。次々溢れ出しそうになる声を僕は必死で押し殺した。
「ぁ……、ん、ん」
彼はそれを咎めたりはせず、ただ、黙って動きを激しくした。
彼は僕を抱いている間、ずっと僕のことを見ていた。僕自身は何度か恥ずかしくて目を逸らしたり、与えられる愉悦に翻弄されて目を閉じたりしていたが、その間も常に視線は感じていた。
愛しくて仕方ないといった、愛情に満ちた眼差しにさらされつつ、何度も自分から彼を求めた。
僕が素直に欲しいと訴える度に、彼が嬉しそうに微笑むので、初めての相手が彼でよかったと心から思った。
「上書き、できてる?」
一瞬何のことか分からなかったが、最初のやりとりを思い出して頷く。
「……うん……っ」
続けて、気持ちいい? と訊く意地悪な唇に、僕は無言でそっと口づけた。
「うー……っ」
「俺が悪かったです。泣かないで」
背中をさする手のひらが温かい。その動きに合わせて僕はゆっくりと息を吐いた。
「さっきのは、嘘です」
「さっきの……?」
こどもみたいなたどたどしさで問い返すと、佐藤君が言った。
「洗うだけ、じゃないです」
「じゃ、ない……?」
「洗うのと、いちゃつくのを、同時にしようとしてました」
「……っ」
必ずしも、何もかも素直に言うのがよいことだとは限らない。ぱくぱくと意味もなく口を開閉し、僕は彼を見つめた。
「だから、遠慮せずに感じてください」
その言葉を皮切りに、彼の手は明確な意図を持って動き出した。胸、腹、腰、その下まで。
「さとーくん……」
「はい」
「それ、や……」
「悦く、ないですか?」
いいから、嫌なのだと。どうして分からないんだろう。
浴室中に反響する声も。自ら濡れていく身体も。自分のすべてが、彼が好きだと訴えている。
ベッドに移動してからも、甘い意地悪は続いた。先程洗った場所を確かめるようにして上から順に触れていく、唇と指の動き。気持ちがいいのは事実だったが、つらかったのは、なかなか彼が一線を越えてくれないことだった。
「佐藤君、もう、していいから……」
入口が今にも溶けそうになっているのに、彼は指を止めてくれなかった。
「あと少し」
彼にも、この熱は指先から伝わっているはずだった。塗りつけたときにはひんやりとしていたはずの潤滑剤も、まるで中から自然に溢れて出てきたかのように熱くなっている。最初にしたときとは比較にならないくらい、丁寧かつ慎重に、彼は行為を進めていた。
「何でこんな……」
早くしてくれないことへの不満が、中途半端に口を突いて出る。優しくされることが、痛くされるより苦しい場合もあるだなんて、知らなかった。
「俺に反応してるところ、たくさん見たくて」
「前のときだって、見たでしょう……っ?」
「前回は、焦ってたからあまり悦くしてあげられなかったし。それに、あなたには他に好きなひとがいて、俺としてるのは惰性だと思ってたから。あんまり、顔見れなかった」
このひとは、俺のことが好きなわけじゃない。だからどんな気持ちで俺に抱かれているのか、考えるのも怖かった。彼はそう言って、切なそうに瞳を細めた。
僕は手を伸ばし、彼の頬を掴む。頬の肉が少ないので、引っ張ってもさほど伸びはしない。口を開いた彼はおそらく、村上さん、と言ったのだろうが。僕が頬を伸ばしているせいで、ふははみはん、と聞こえた。
「僕は好きでもないひとと、こういうことはしないよ。あのときも、……今も」
頬から手を離し、彼の首へと腕を回す。恥ずかしいことを口にするときには、相手に顔が見えない方がいい。
「早く、中に来て」
顔を見られたくない一心で抱きつくと、自然と耳元でささやく形になった。
それ以上焦らすことなく入ってきた彼の質量に、涙がにじむ。次々溢れ出しそうになる声を僕は必死で押し殺した。
「ぁ……、ん、ん」
彼はそれを咎めたりはせず、ただ、黙って動きを激しくした。
彼は僕を抱いている間、ずっと僕のことを見ていた。僕自身は何度か恥ずかしくて目を逸らしたり、与えられる愉悦に翻弄されて目を閉じたりしていたが、その間も常に視線は感じていた。
愛しくて仕方ないといった、愛情に満ちた眼差しにさらされつつ、何度も自分から彼を求めた。
僕が素直に欲しいと訴える度に、彼が嬉しそうに微笑むので、初めての相手が彼でよかったと心から思った。
「上書き、できてる?」
一瞬何のことか分からなかったが、最初のやりとりを思い出して頷く。
「……うん……っ」
続けて、気持ちいい? と訊く意地悪な唇に、僕は無言でそっと口づけた。
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