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1(試験前)
しおりを挟む「姫ー」
不本意な形で呼びかけられ、僕はとりあえずそれを無視した。無視して、コーヒー牛乳にストローを刺す。
「姫?」
「姫やない」
言葉が標準語でないのは、中学まで西の方にいたせいだ。面倒なので、今のところ直すつもりはない。
「いいじゃんか。合ってるし」
「そんなん、合うても嬉しない」
僕は渋面をつくり尋ねた。
「相澤、俺の名前覚えとる?」
「覚えとる」
相澤は僕の言葉尻を、ずれたイントネーションで繰り返した。
「白雪姫?」
「姫、は要らへん」
白雪、というのが僕の名字だ。そのせいで、相澤に姫呼ばわりされている。
「姫、昼そんだけ?」
姫呼びに突っ込むのは放棄して、パンと一緒に買ってきたプリンと苺大福を袋から取り出す。
「や、この後デザート」
「ああ、やっぱし。細いのによく入るな」
むにっと、脇腹を掴まれるとくすぐったい。
「ほら、全然肉がついてない」
「あかんて、それ……っ」
「それって?」
このドS。内心で悪態をつくと、ぱしっと相澤の手が払いのけられる。やったのは僕ではない。「瀬戸」と僕が言うと、彼が僕の気持ちを代弁した。
「相澤、やり過ぎ」
「姫の反応がおもしろいから、つい」
僕はおもんない。
瀬戸はそれを冷たい目で一瞥し、僕の後ろの席に座った。
瀬戸もまた、相澤と同じく高校に入ってからできた友人だ。ただし、相澤とはかなりタイプが違う。成績は入学後ずっと学年三位以内から落ちたことがないし、部活には入っていないがどのスポーツも人並み以上にこなす。加えて眉目秀麗と来れば、もはや嫉妬を通り越して、そういうひともいるんやな、というふうにしか思えなかった。
「姫」
「なん?」
「テスト勉強、してる?」
「しとるよ」
この手の質問に正直に答えるのはどうかと思うが、相手が相澤なので、僕は気を回すのをやめた。
「何で?」
「何で、ってもう一週間前やし」
「あー、姫何気に勉強できるもんな。数学以外」
確かにそうだけれど。
「相澤には、言われたない」
君は数学以外もアウトやん。
「てか、範囲広過ぎ……」
「じゃあ、勉強しろよ」と瀬戸。
「……やだ」
やれやれ、と僕と瀬戸は顔を見合わせた。向上心って、大事だな。
「白雪、数学大丈夫そう? 困ってるとこあれば教えるけど」
瀬戸はクラスメイトに勉強を教えていることが多い。訊かれたら答える、というのが基本のようだが、僕については今みたいに瀬戸から話を振ってくれたりもする。友人として放置できないレベル、と認識されているのかもしれない。
「やりたないけど、やらなあかんもんな……。今日、空いとる?」
「空いてる。じゃあ、どっか寄ってくか」
「よろしくお願いいたします」
僕はパートタイムの先生に向かって、深々と頭を下げた。
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