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3(バレンタイン)
しおりを挟む味噌ラーメン、煮卵トッピング。食券に書かれている文字を一瞬見ただけで読み上げて、番号札をこちらに手渡す。さすがのスムーズさやなあと感心しつつ、僕は学食のテーブル席に腰を下ろした。
「姫、明日は何の日?」
相澤が楕円形の番号札をテーブルの上で回転させる。僕は何となく、その回転を目で追った。
「リーディングの、小テストの日やろ」
「真面目かっ」
ノリのよいツッコミと同時に、番号札がパタンと倒れた。
「えと、何やったっけ」
「バレンタインだろ?」
素で間違えた。
「姫、そういうの気にしないよなー。姫ってもしかして、普通にチョコもらったり、告白されたりしてきたタイプ?」
僕は首を横に振る。
「なわけないやん」
告白されたことはない。加えていうなら、したことも、ない。
「友チョコ? くらいやな。もらえたとして」
「そっかー。瀬戸は……すっげえもらってそう」
「そうやろなあ」
まあ、もらってるやろな。
「結局、彼女もできなかったしな……」
「俺がチョコあげよか」
「いらん、って言いたいけど、ほしい気もする……」
大分参ってるな。
明日相澤にチョコ系のお菓子を買ってあげよう、と心に決めて。味噌ラーメンを受け取るべく僕はカウンターへと移動した。
バレンタイン当日、登校してすぐに僕はクラスの女子から友チョコをもらった。席が近かったり、同じ委員会だったり、という繋がりで、計二つ。もらえるのは、単純に嬉しい。
「ありがとぉ」
「姫、甘いもの大丈夫だよね」
相澤効果で浸透する姫呼び……。
「う、うん」
「よかった」
片方のチョコはお昼のデザートにしよう、と僕は思う。もう片方は妹へのお土産にするとしよう。
自分の席に座り、戦利品の甘いものを見てほわーっとした気持ちになっていると。
「おはよう」
後ろから瀬戸の声。
「おはよ。……て、何か疲れてへん?」
振り返り確認すると、ほんのり不機嫌そうな様子の友人がいた。
「……テロに遭った」
「はい?」
話を聞いてみると、朝から三件、「もらってください」とチョコを押しつけては消えていく、バレンタインテロに遭遇したのだという。一部の男子には、憧れのテロだった。
相澤が聞いたら、贅沢者、とか言いそうやなあ……。
「嫌なんか? チョコもらうの」
甘いもの、嫌いじゃなかったはずだけど。そう思い問いかけると、彼は言った。
「欲しいひとからもらえなかったら、意味がない」
「……そお、やな」
最近は友チョコとかお礼チョコとか、幅が広がってきているようだが、基本的には、好きなひとに愛を告げるイベントだ。
たくさんのひとからのチョコよりも、好きなひとからのたったひとつのチョコがほしい、というのは、分かる気がした。
難しいな、いろいろ。
「白雪も、もらったんだ?」
「ああ、うん。俺のはテロやなくて、普通の友チョコやけど」
「ふうん……」
「どうかしたか?」
「何でもない。よかったな」
確かにおやつが増えたのはよかった、と思いながら頷く。頷いた顔を上げたくらいのタイミングで、相澤がやってきた。
「はよっ」
おはよう、と返す声が瀬戸とハモる。
「あ、チョコやん」
相澤が既にいくつかチョコをもらっているふうだったので、僕は思わず笑ってしまった。
「よかったやんか」
「全部義理。……まあ、いつも通りだけど」
毎年もらうことはもらえるのだけど、ひとつも恋愛には繋がらないのだと、嘆くように相澤は言った。
ほんまに、難しいな、いろいろ。
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