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5、すっぴん or スッポン

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 「インフル美円サー(いんふるびえんさー)」とは、極めて優れたメイク術や肌質、芸能人並みに整った顔立ちにより、「美円」の最大値「5」を数多くたたき出してきた、チートな顔面偏差値を持つインフルエンサーのことだ。

 SNSで「5美円ゲット」のハッシュタグがつけば、それだけで何万という「いいね!」がつく時代、「インフル美円サー」として認められた彼らは、今やマスコミもたびたび取り上げるほど大きな影響力を持つようになっていた。


「あの~、もしかして、『インフル美円サー』の方ですか?」

 件の男に直行すると、私は体をねじ込ませるように彼の行き先をさえぎって声をかけた。

 周囲の注目から逃れようと足早にレジを離れかけていた男は、私と真正面から対峙する形となり、私は男のフードの中の顔を臆面もなくのぞきこんだ。

「ん? え?」

 困惑する男の顔は、フードの中でも光を放っているような美肌だった。

「やっぱり! マッシュ・マロウさんですよね! 私、かなり前からフォロワーなんです!」

 顔をよく見た私は、思わず甲高い声で叫んだ。

 またたくまに胸の鼓動が早鐘を打ち始める。

 陶器のように滑らかで、赤ちゃんのように瑞々しい肌。

 1ミリのズレも分からないほど綺麗に切り揃えられた前髪。

 理想の黄金比に限りなく近い、人形のようにくっきりと整った目鼻立ち。

 年齢は三十路近いとのSNS情報がフェイクニュースにしか思えない、「完全美」の持ち主だった。

 SNSの写真でもウットリするレベルなのに、こうやって真正面から見るとその身震いするほどの圧倒的な美しさに、私は束の間ボーっと見入ってしまった。


「……あ! ごめんなさい! いきなりお声がけして! でも、私、ずっとあなたに憧れてて、4美円以上目指して頑張ってるんですけど……」

 私の声は、どんどん尻すぼみに小さくなっていった。

 この人と私は、まさに月とスッポン。

 いや、スッポンはスッポンでも便所に使われる方の「スッポン」くらい差があると、自分の価値の低さに気づかされたのだ。

「……4美円、ですか。フッ」

 彼は、フードの中で吐息のような笑い声を漏らした。

 私は自分の頬がサッと赤くなるのを感じた。

「あ……すみませんでした。私みたいなのが話しかけたりして」

 こんな神様みたいな人から見れば、4美円にも満たない私なんてとるに足りない存在なのは明らかだった。

 推しのアイドルに街中で出会ってテンションが上がったあとに、鏡に映る自分の姿を見たらその落差にガックリしたと言っていた人の気持ちが、いま痛いほど身に沁みて分かる。

 自分のした行動を恥ずかしいと思う気持ちが、今さらながら胸に迫ってきた。

 私は90度近いお辞儀をして、マッシュ・マロウさんに頭を下げた。

「……急に話しかけたりして、本当にすみませんでした。フォロワーとして、これからも応援させてください!」

 改めて彼に一礼して、かかとを向けて立ち去ろうとした瞬間だった。


「キミは、4美円以上とりたいんですか?」

 美少年な外見には合わない、落ち着いた声がフードの中から聞こえた。

「……へ?」

 期待半分、諦め半分で振り返ると、彼はフードから頭を出した。

 途端にフワッと金髪のマッシュルームカットが露わになった。

 髪の毛の1本1本が人工物みたいに均一化され、髪の表面に浮かぶ綺麗な光が、天使の輪さながらに輝いている。

 彼の姿を踏み絵にしたら、絶対に踏めない。余裕で処刑を選ぶくらいの神々しさだ。

「協力してあげますよ。ただし、一つだけ条件があります」

 背中から見えない羽を広げて、彼が人差し指を立てた。

「……条件って、なんですか?」

 生唾を飲みこんで私は尋ねた。

 彼の表情に一瞬、「新しいおもちゃを見つけた!」的な無邪気な笑みが浮かんだ。


「ボクがサポートしても4美円以上取れなかった場合、キミのすっぴんをライブで動画配信してもらいます」

 目の前の「神」からの御宣託に、私は思考回路が真っ白になった。

(第6章へ)
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