魔法の国のティカ

舘野寧依

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第二章:お姫様で庶民な二重生活

第18話 ほだされてはいけない

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「あれ、カイルなにやってるの?」

 カイルが自転車に向けてなにか呪文を唱えたので、千花は首を傾げた。

「拘束魔法と防御魔法をかけた。珍しいものだからな。盗まれたり、壊されたりしたら困るだろう」

 そう言われて千花は少し驚いてカイルをまじまじと見てしまう。

「……なんだ」

 カイルが少し居心地が悪そうに聞いてきたので、千花は慌てて首を横に振った。

「ううん、ちょっと意外だなと思って。……でもありがとう」

 にこ、と千花が微笑むと、カイルはなぜか少し後ろに退いた。

「べ、別におまえのためを思ってやったわけじゃない。第二王子もそれの構造を調べると言っていたし……」
「うん、分かってるよ。それでもありがとう」

 もう一度千花は礼を言うと、カイルに頭を下げた。

「……」

 黙り込んだカイルを千花は少し不思議に思ったが、今は街を見て回ることに集中することにした。見ると、近くにはアクセサリーの店がある。

「あ! あれ、かわいい!」

 千花が入ったところはどうやら天然石を扱っている店らしく、いかにも女の子が好きそうな色合いのかわいらしいアクセサリーが綺麗にディスプレイされていた。

「女の子だなあ」

 千花が目を輝かせてアクセサリーを見ているのを目にして、レイナルドが微笑ましそうに笑った。
 店内は女性客がほとんどで、並外れた美貌の男性二人を引き連れた千花はかなり注目を浴びていたのだが、本人は物色するのに夢中で気がつかない。

「どっちにしよう、迷っちゃう~……」

 千花は店内をくまなく見てまわって、天然石二つと水晶を丸く磨いたものを連ねた同じデザインの腕輪を先程から二つ見比べていた。要するに色違いで悩んでいるのだ。

「いつまで悩んでいるんだ。小遣いなら充分渡してあるだろう。迷うくらいなら両方買え」
「でもあまり無駄遣いしたくないし。うーん。……よし決めた、こっちにする!」

 淡い青色系統のものと、淡い黄緑色系統の腕輪をさんざん見比べた結果、千花は黄緑色を選んだ。決めれば行動は早いもので、千花はさっさとアクセサリーを手にして支払いに向かった。

「ご購入ありがとうございます。お嬢さん、あまり見ない顔立ちですが、もしかして異国の方ですか?」

 二十代半ば程と思われる感じの良い男性店員にそう聞かれて、千花は素直にはい、と答えた。

「ルディアに来たのは初めてなんです。それにしてもこのお店素敵ですね! 値段も手頃だし、とてもかわいいし、すごく気に入りました!」

 かわいいアクセサリーを手に入れたことで、上機嫌で千花が言うと、目の前の青年はにっこりと笑った。

「それは店主冥利につきますね。とても嬉しいです。ありがとうございます」

 若いので店員と判断したが、どうやら店主だったらしい。
 支払いを終えて包装をするという段になって青年が千花に聞いてきた。

「腕輪、今つけて行かれますか?」
「はい」
「では手をお出しください」

 青年に言われた通りに千花は腕を差し出すと青年が触れた指先からバチンッと静電気にも似た衝撃が来た。

「きゃっ!?」

 千花がびっくりして叫び声をあげたので、付き添いのカイルとレイナルドはすぐに彼女の傍に寄って来た。

「ティカ?」
「どうした」
「いえ……、今、摩擦による軽い電撃がはじけまして。お嬢さん、驚かせてしまってすみません。痛くなかったですか?」

 購入した腕輪を巻き付けられながら聞かれて、千花は頷いた。

「あ……、大丈夫です。わたしこそすみません」

 大げさに叫び声をあげてしまったことに少々恥ずかしさを覚えながら千花も謝った。

「いえいえ。あ、これはお嬢さんがルディアに来られた記念の品です。よかったらもらってやってください」

 そう言って青年が出してきたそれは、大きさはそれほどではないが、中に金の線がいくつも入った水晶を鎖で通したペンダントだった。
 ここの世界ではどうか分からないが、金の線が入った水晶って結構いいものなんじゃないだろうか、と千花はそれを受け取るのをためらってしまった。

「今のお詫びもありますし、どうか受け取ってください」
「いいんですか? 何か悪いみたいですけど……、でも本当にありがとうございます」

 あまりにも青年が熱心に言うので、千花はついに根負けした。

「良かった。では、これも付けていってくださると嬉しいですね」
「あ、はい。お願いします」

 千花の言葉に、店主の青年はほっとしたように微笑むと、千花に後ろに向かせて首の後ろで金具を止めた。

「本当にありがとうございます」
「いえいえ、いいんですよ。もしかしなくてもあなたはカイルの弟子でしょう? その就任祝いの品と思ってくだされば結構です」
「え」

 思っていなかった店主の言葉に、千花はカイルと目の前の青年を見比べた。

「知り合いだったんですか?」
「まあな、魔術師仲間だ」

 魔術師だったのか。言われてみなければ分からなかった。
 千花は俺様なカイルにも一応仲間と呼ぶ人がいることにちょっと驚いた。

「はい、わたしはアルフレッドと言います。以後お見知り置きを。カイルはとても良いお弟子を見つけられたようですね。とてもうらやましいですよ」
「いや、いい弟子かどうかは分かりませんが……」

 日本人の習性で、千花はつい謙遜してしまう。
 けれど、この世界に連れてこられた過程からかなり反抗的な態度も取ってきたので、その点に関して言えば、けっして良い弟子とは言えないだろう。

「いえ、良いお弟子ですよ。魔力もかなり高いようですし」

 アルフレッドと名乗った青年にそう言われて、千花は瞳を見開く。

「なんで分かるんですか?」
「今、あなたはとっさに張ったわたしの魔防壁を無意識に破壊しましたよ。……いや、末恐ろしい才能ですね」

 てっきり静電気と思っていたが、今のは魔防壁といわれるものを破壊した衝撃だったのか。
 それで、こんなちょっと高そうなプレゼントをもらってしまっては申し訳ない。千花はアルフレッドを不安そうに見上げてそう言うと、彼は少し困ったように笑った。

「いや、言ったでしょう。カイルの弟子就任祝いだと。どうか遠慮なく受け取ってください」
「ティカ、アルフレッドがこう言ってるんだ。気にせず受け取れ」

 カイルまでそう言ってきたので、千花はありがたく受け取ることにした。

「それなら、ありがたくいただきます。アルフレッドさん、これからもたびたびここに寄らせてもらいますね」

 千花はアルフレッドに頭を下げると、彼はにこにこしながら頭を下げ返した。

「はい、ありがとうございます、ティカさん。常連の方が増えて嬉しいですよ。……あと、ここにはアクセサリーの他にも魔法道具もあるんです。興味があったら見ていってくださいね」
「はい」

 にこにこと人好きのする笑顔で言われて、千花もつられてにっこりする。

「……ティカ、それは別の機会にしろ。他も見るんだろう?」
「あ……」

 カイルの言葉でまだここが一件目の店だということに気がついて、千花は慌てた。それに、かなり時間もたっているようだ。

「すみません、アルフレッドさん。それはまた来たときにします。ペンダント、本当にありがとうございました」

 千花がぺこりと頭を下げると、アルフレッドはにっこりと笑った。

「いいえ、次にはぜひ見ていってくださいね。わたしも楽しみにしてますよ」



「それにしても随分と時間を取ったな。もう昼だ」
「……う、ごめんね。付き合わせちゃって」

 幾分辟易とした様子のカイルに、千花は小さくなる。
 実際、無駄に時間を取らせてしまったのは事実だ。

「……別にいい。一件目で早速やつに会うとは思わなかったが」

 やつとは先程のアルフレッドのことだろうか。

「感じのいい人だったね」
「……まあ、それは認めるが」

 カイルのそれが渋々、といった感じだったので千花は思わず笑ってしまう。
 少しだけしかカイルのことは知らないが、とてもすごい魔術師らしいのに、こと人間関係となるととても不器用だ。

 千花が弟子になることに際して言った「生活の保障はない」という脅し文句も、ひょっとして本当はそこまでするつもりもなかったのかもしれないな、とそこまで思って、千花ははた、と我に返って頭を横に振った。

 いやいや、ほだされてはいけない。こいつは鬼畜魔術師。鬼畜魔術師。

 心の中でそう何度も唱えてぶんぶんと頭を振る千花をカイルが哀れなものを見る目で見た。

「おまえ……、頭は大丈夫か?」

 その一言で、やはり認識を改めるのはやめようと、千花は新たに決意するのだった。
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