王様と喪女

舘野寧依

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第四章:対抗手段

第38話 有効手段

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 しばらくわたしはカレヴィに抱きしめられたりキスされたりしていたけれど、宰相のマウリスがカレヴィを呼びに来たことで、この恥ずかしいお茶の時間はお開きになった。

 わたしの趣味の時間も少なくなっていたけれど、カレヴィの気持ちを考えたら文句は言えない。
 とりあえず、お昼までの時間、趣味にひた走ろう。


「それにしても、素敵でしたわー」
「本当に陛下はハルカ様のことを愛していらっしゃるのですね」
「陛下があれほどハルカ様に執着しておられるのなら、ザクトアリアの将来は安泰ですわね」

 ベタ塗りの練習をしてもらいながらの侍女三人のおしゃべりに、わたしは原稿のペン入れをしつつ曖昧な笑みを浮かべていた。

 ちなみに、わたしの侍女アシスタント養成計画はいい感じで進んでいる。
 さすがに背景とかモブとか描いてもらうことは無理だろうけど、この調子でトーン貼りまで覚えてもらえたらすごく助かるな。

「……うーん、でもわたしがカレヴィのことを好きにならないと、なんとなく悪いような気がするんだよね……」

 もやもやしながらわたしがそう答えると三人はいきなりトーンダウンした。

「ま、まあ、それはいきなりはどうしようもないことですし」
「あれだけ陛下に愛されておられるのですもの、そのうち陛下のことをお好きになられますわ」
「そうです、そうです」
「……そうかなあ……」

 カレヴィのことはもちろん嫌いじゃないけど、彼に好きとか言ってる自分が想像できない。
 まあ、カレヴィには悪いけど、この点は我慢してもらうしかないかな。自分でもすごく残酷だと思うけど、今すぐどうこう出来るものでもないし。


「それにしても、ハルカ様が今まで描かれた原稿は本になされないのですか? せっかくのハルカ様の力作を他の方がご覧になられないのはもったいないですわ」

 モニーカにそう言われて、わたしは一瞬ペンを止める。

「うーん、まあ、いずれ本にしたいなあとは思ってたんだけどね」

 だいぶ枚数も溜まってきたし、ここらでまとめとくのもいいかもしれない。

「まあ、そうなのですか? ではぜひ、そうしてくださいませ。わたくし絶対に購入しますわ」
「え、ええっ!?」

 イヴェンヌの言葉にわたしは驚いて、思わず大声を上げてしまった。

「そんなことしなくても、ただであげるよ」

 いずれアシになってもらうんだし、お金取るなんてとんでもない。

「ハルカ様、ただなんていけませんわ。このお話にはハルカ様の技術と努力と情熱がこもっているのです。そんなことは絶対に駄目です」

 ソフィアの反対に他の二人も頷いた。
 うーん、悪いような気もするけど、せっかくこう言ってくれてるんだし、仕方ない、譲歩するか。

「そうだね、そうする」

 わたしが頷くと、三人は笑顔になって他の侍女達にも宣伝しますと力強く宣言してくれた。頼もしいなあ。

 ……けど、本作るとなったら、コピー本は労力的にたぶん無理だから、オフセットでサイト通販分併せてとりあえず百部くらい刷ればいいかなあ。
 もし、売れ残ってもそれも記念として取っておいてもいいし。

 とりあえず、千花にも相談して印刷所とか決めよう。それと、装丁とかも懲りたいなあ。
 実際に作ると決めると現金なもので、ああしたいこうしたいと次々欲が出てくる。
 でも、本頼んでる時間あるかなあ。通販も手間がかかるし、向こうにちょくちょく行かなくちゃいけないかもしれない。
 今は礼儀作法とかあるから、時間的に無理かもしれないなあ。

 そうすると、本を作るのは結婚後しばらくしてからになるかもしれない。
 その辺りはカレヴィや千花によく相談しよう。

 そんなことを考えているうちに、昼食の時間になって趣味の時間はとりあえずお開きとなった。
 今日はカレヴィと一緒に食事を取る約束があるから、その時に本のことをちょっと聞いてみようかな。



「ハルカ」

 共同の間に行くと、わたしが来るのを待ちわびたように、カレヴィはわたしの手を引くと抱きしめてキスしてきた。
 まだ侍女達の前だから恥ずかしいのも我慢しているけど、これがシルヴィとか他の貴族の人の前だったら、わたしもちゃんと拒否しないといけないな。

 ……そういえば、そう思ってたこと、まだカレヴィに告げてないや。
 まだいちゃいちゃしそうなカレヴィをゼシリアが止めてくれて、ようやく昼食の段となり、わたしはほっとした。

「カレヴィ、貴族の人達の前とかではこういうことはやめてね。恥ずかしいから」

 わたしがそう言うと、カレヴィはちょっと肩を竦めた。……ちょっと、本当に分かってるのか?
 カレヴィの態度にわたしはむっとする。
 すると、カレヴィはわたしの顔色を見て焦ったのか、慌てて言ってきた。

「まあ、おまえの頼みだ。一応努力はする」

 ……一応ってなんだ、一応って。
 なんだか、約束してもすぐに破られそうな気がするのはわたしの気のせい?

「ほんっとうに、お願いね。頼むからね!」

 それでわたしが必死になって言うと、カレヴィはようやくわたしが本気でそう思っていると気づいたらしく、「ああ」と神妙に頷いてた。

 ……よし、これで人前で恥ずかしい思いをすることは、一応食い止めたぞ。
 さすがに侍女や、近衛、宮廷魔術師のイアス達の前では無理だろうけど。
 カレヴィには前に彼らのことを空気と思えって言われたもの。
 そのくらい割り切らないと王族やっていけないってのも、なかなか厳しいなあ。



 まあ、それはともかくとして、早速わたしは昼食の席で、カレヴィに本作りたい、そのために時間取りたいけど、大丈夫かなあと一応確認を取ってみた。

「今は駄目だ。……せめて婚礼後、落ち着いてからにしろ」

 ちえっ、やっぱり駄目か。

「……でも本は作っていいんだよね?」

 ちらりと窺いながら聞くと、カレヴィは渋い顔をして頷いた。

「……ああ。だが、おまえには本よりも優先して作るものがあるだろう」

 う、子作りのことだね。
 わたしはひきつり笑いをしながら頷いた。……ここで了承しておかないと、本は作るなと言われかねない。

「もちろん、それは分かってるよ。自分の責務は果たすから」

 わたしが真面目な顔をしてそう言うと、カレヴィはちょっと苦笑した。

「……俺はそんなに早々と子は作らなくてもいいと思っているがな。楽しみは長い方がいい」
「ええ?」

 カレヴィ、それじゃさっき言ったことと違うじゃない。子はそんなに早くいらないってなにごとだ。

「それじゃわたし、いつまでも本作れないじゃない」

 楽しみにしていた分、わたしはかなりむっとしてしまった。
 けれど、カレヴィは肩を竦めてこともなげに更に言ってきた。

「時間を取るなら、無理に本にしなくてもいいだろう。別に今のままでもいいじゃないか」
「カレヴィ、ひどいよ。子を成すなら趣味に没頭してもいいって言ったじゃない」

 ……正しくは、「趣味に没頭する前に子を成してもらわなければ困る」だったけれど。
 わたしが立ち上がって抗議すると、カレヴィはちょっと動揺した。

「なんでわたしの楽しみを邪魔するような意地悪言うの。そんなこと言うなら、カレヴィなんて嫌いになるからね!」

 わたしが年甲斐もなく涙目になりながらそう訴えると、カレヴィは明らかにうろたえた。

「……いや、ただ俺は、おまえといる時間が減るのが嫌なだけで、意地悪をしたいわけじゃないんだ」

 とかなんとかカレヴィがいろいろ言い訳してたけど、約束はきちんと守ってもらわなくちゃ困るよ。


 ……ただ「嫌いになるから」攻撃はかなり有効なことを確認できたのは、今回唯一の収穫だったかもしれない。
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