王様と喪女

舘野寧依

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第十章 再出発

第115話 幸せにするために

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 そしてわたし達は、出来上がった婚約誓約書を執務室にいる宰相のマウリスに届けに行った。

「思ったよりも先王陛下と王太后陛下がお戻りになられるのが早くて良かったです。おかげさまでハルカ様が戻られて早々、婚約復活と相成りました」
「あ、それで一ヶ月時間をくれって言ったんだね」

 わたしの要請に対してマウリスがそう言ったのは、先王陛下と王太后陛下のお帰りを待っていたのか。

「はい。それがこんなに早く実現するとは、誠にめでたいことです」
「……なんだ、ハルカはマウリスに婚約回復を願い出ていたのか。それを俺に知らせないとは二人とも人が悪いな」

 カレヴィがそう言うと、先王陛下が間に入ってくれた。

「そう言うな。はっきりとしたことが決まるまでは動けなかったんだろう。……ハルカの体の事もあるしな」
「カレヴィ、こんな肝心なこと教えなくてごめんね」
「しかし、それで陛下には予想外の喜びがございましたでしょう」

 マウリスが悪戯っぽそうに、片目を瞑って言うと、カレヴィは苦笑した。

「確かにそうだが……仕方ないな」

 わたしはカレヴィに肩を抱かれると、彼に寄り添った。
 マウリスはそれをにこやかに見つめると、「それではわたしも署名いたしましょう」とわたしとカレヴィの婚約誓約書にさらさらとサインした。

「これで元老院も文句の付けようのない誓約書が出来上がったのですね。はるか、おめでとう」
「ありがとう、千花」

 らしくもなく頬を染めながら、わたしは千花にお礼を言う。

「両陛下、どうもありがとうございます。マウリスもありがとう。おかげで助かりました」

 これだけ後押しがあれば、シルヴィが元老院と組んできても大丈夫だ。

「念のため、誓約書に強化魔法をかけておきますね。万が一、シルヴィ殿下に破られないとも限りませんから」
「ああ、頼む」

 さすがにそこまではやらないと思うけど、カレヴィは当然というような顔をして返した。
 千花はマウリスの持つ誓約書に向けて短い呪文を唱えると、それがぽうっと明るく発光した。

「これでひとまずは安心です。それではマウリス殿、元老院にこれを提出してください」
「かしこまりました」

 マウリスが礼をすると、千花が彼を元老院まで送ったらしく、その場から姿が消えた。

「……付いていかなくて大丈夫かな」

 なにせ向こうにはシルヴィがいるから提出をなかったことにするのも可能そうだし。……本当はそんなことするとは思いたくないけど。

「大丈夫だよ。正式な手順によって宰相が提出するんだもの。あの誓約書は元老院も受け取らざるを得ないものだよ」
「……そっか。なら安心だね」

 それでわたしはほっとしてカレヴィにしがみついちゃった。

「ハルカ」

 カレヴィがわたしを抱き寄せてキスしようとしたところで、先王陛下が言ってきた。

「おい、それは俺達がいないところでやってくれ」
「まあ、口づけくらい、いいじゃありませんか。微笑ましいですわ」

 ……微笑ましいんですか、王太后陛下?
 ちょっと、いやかなり恥ずかしいんですけど。

「そうですか、それなら──」

 そう言ったカレヴィの顔が近づいてきたその時。

「これはどういうことです!?」

 前触れもなしにいきなりシルヴィが執務室に飛び込んできた。見れば、後ろにはマウリスとグリード財政大臣、ヘンリック内政大臣もいる。

「なんだ、いきなり不作法だな」

 カレヴィがちょっと不満そうにシルヴィに抗議する。
 それを無視してシルヴィは両陛下にくってかかった。

「父上と母上もどうかしています。一度婚約破棄したハルカを兄王とまた婚約させるなんて」
「だが、こういうのは想い合っている同士がくっついた方が一番いいんだ。後継者を作るにも相性が大事だからな」

 先王陛下がそう言うと、後ろにいたグリード財政大臣が前に出てきた。

「その後継者が作れないとあれば、元老院はいつまでも反対いたしますぞ」
「その点はティカ殿の協力を得られるから大丈夫だ。これでなんの心配がある」

 カレヴィのその言葉にも財政大臣はひるまなかった。

「陛下がハルカ様に溺れすぎていることについても我々は反対です」

 すると先王陛下がはあーっと大きく息を付いて言った。

「……グリード、相変わらず頭がかてーなあ。習いの期間に相手に熱を上げる事なんて過去にもあっただろうが」
「しかし、離宮建築などありませんでした」
「そこで王の態度を諫めるのがおまえらの役目だろ。安易な婚約反対なんぞ、はなから職務怠慢だ」
「……これはきついお言葉ですね」

 ヘンリック内政大臣が先王陛下の言葉に苦笑する。

「なんにせよ、婚約は成されたんだ。ここは諦めて退け」
「……かしこまりました。ですが、元老院はシルヴィ殿下を支援し続けますよ」

 うー、しつこい!
 するとカレヴィも同じ思いだったようで「しつこいぞ」と顔をしかめていた。

「まあ、お待ちください。この国に利用されるわたしとしては、はるかにとって一番よい嫁ぎ先を条件に出したいですね。今ははるかがカレヴィ王を好いているので、この婚約を認めたわけですが」

 千花がそう発言したことでグリード財政大臣も黙り込んでしまった。
 これって、わたしの意思を無視して事を進めるならば、協力体制を無くすって言っているのと同じ事だよね?
 千花ほどの強力な魔術師は存在しないんだし、その協力を失ったらこの国は手痛いはずだ。

「ティカ様、我々を脅す気ですか」

 一瞬絶句したグリード財政大臣が果敢に挑んだ。
 でも、天下無敵の千花にはそんなものは効きはしない。

「脅すもなにも、事実です。わたしははるかを幸せにするために、この国に協力することを決めたのですから」

 それは、まったく揺るぎのない宣言だった。
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