王様と喪女

舘野寧依

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第十一章:障害に囲まれて

第127話 再びの習い

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 そしてカレヴィの執務が終わり、晩餐の時間となった。
 ようやくわたしはカレヴィと大手を振って会えるわけだ。
 共同の間に行くと、既にカレヴィがいて、わたしはぱっと顔を輝かせた。

「カレヴィ」
「ハルカ」

 わたし達はお互いの名を呼び合うと、抱き合う。
 カレヴィ、カレヴィ、会いたかったよ。
 そう言おうとして上を向いたら、カレヴィにキスされた。
 幾度となく繰り返される彼のキスをうっとりと受け取っていたら、毎度の事ながらゼシリアに食事が冷めますと注意された。
 ああ、ごめんね。食事が終わってからやるからね。
 わたしはゼシリアに心の中で謝るとカレヴィの隣の席に着いた。
 カレヴィはいつものようにわたしのために料理を取り分けてくれ、わたしもいつものようにありがとうと言った。
 ──ああ、幸せだな。
 こんななんでもない日常がカレヴィと一緒だとすべて愛しく思える。

「今夜から習いだな。楽しみにしているぞ」

 相変わらずあけすけなカレヴィにわたしは思わず赤くなる。

「もしかしたら発作が出るかもしれない。そうなっちゃったらごめんね」

 言いながらわたしは申し訳なくなり、カレヴィに謝った。

「そうなったらそうなったまでだ。ハルカ、おまえに無理はさせない。発作が出そうになったら正直に言え」
「うん、ありがとう……」

 カレヴィの優しさにわたしはきゅんとしてしまってなにも言えなくなってしまった。
 カレヴィがこう言ってくれるのなら『待て』の呪文はいらないかもしれない。
 そしてそのうちカレヴィと食べさせあいっこが始まった。



「ハルカ様、ああいう時は適度なところで切り上げなければなりません。習いの時間にも影響が出ますわ」

 あれから二人で『はい、あーん』をやっていた結果、食事時間が大幅に伸び、またしてもゼシリアに食事が冷めると怒られてしまった。
 うん、ごめん。ちょっと調子に乗りすぎたよ。
 わたしはお風呂の中で反省する。
 わたしは今、夜の習いに向けて、侍女達に磨き上げてもらっている最中だ。
 そうしていると、これからカレヴィに愛されるんだなって感覚が蘇ってきて、思わず叫びだしたい心境にかられる。でも、それをやったらおかしな人だからやらないけど。
 お風呂から上がった後、わたしは香油を使ってのマッサージを受けていた。
 それはいつもより気合いが入っていて、わたしは侍女に揺り起こされて、はっと気が付いた。
 危ない、危ない。あまりにも気持ちよかったから寝ちゃったよ。
 そうしてわたしは寝間着を着せられて、わたしの寝室に送り込まれた。



「ハルカ」

 千花の作ってくれた薬を飲み、ベッドの端に腰掛けてしばらく待った後、カレヴィがやってきた。
 夜の習いでこれほどカレヴィの訪れが待ち遠しかったことはなかったかもしれない。……まあ、以前は自分の気持ちに気がついてなかったからね。
 カレヴィの胸に飛び込んでいきたい気持ちを抑えて、わたしはそのまま待つ。
 そしてカレヴィがわたしの横に座った。

「カレヴィ……」

 わたしは不安もあって彼を見上げると、カレヴィはわたしの頤を軽く掴んでキスしてきた。
 そして、それはだんだんと深くなっていく。
 わたしは息苦しくなり、つい言ってしまった。

「カレ、ヴィ、ちょっと待って……っ」

 そうすると、カレヴィは一瞬硬直した。
 ──しまった。『待て』の魔法はこんなにアバウトでも発動するんだ。
 明日にでも千花に言って修正してもらおう。

「……今のはティカ殿の魔法か」

 思ったよりも早く回復して、カレヴィが言う。

「うん、そう。わたしが無理そうと思ったら『待て』って言えって言われてたんだけど、こんなに簡単に発動するとは思わなかったんだ。ごめんね」

 申し訳なくて謝ると、彼は苦笑いをした。

「それでもハルカは待ってほしかったんだろう? これくらいなら大したことはないからハルカは気にするな」

 それでわたしは感激してしまって、思わず自分から彼にキスしちゃった。

「ハルカ」

 カレヴィが苦しそうな顔になると、わたしを抱きしめてゆっくりと押し倒す。
 ……ああ、これでカレヴィと習いができるんだね。
 わたしは目を瞑ると、カレヴィのキスを待った。



 結論から言うと、わたしはカレヴィとできなかった。
 いざことに至ろうとしたらわたしは発作を起こしてしまったのだ。
 それから後は侍女を呼んだり大騒ぎで、最終的にはイアスまで出てきた。……ああ、恥ずかしかったなあ。
 それで昨日の夜は、結局カレヴィは自分の寝室に戻って行ってしまった。
 抱きしめて一緒に寝てほしいって頼んだんだけど、誘惑するな、と言われてわたしは彼に酷いことを頼んだことを知った。
 やることできないのに、本当に悪いことをしたな。
 カレヴィにはまた謝っとこう。
 朝食の席でそんなことを思っているうちにカレヴィがやってきた。
 わたしは慌てて席を立ち上がるとカレヴィに歩み寄った。

「カレヴィ、おはよう」
「おはよう、ハルカ」

 わたしはカレヴィに抱きしめられてからキスされて、ほっと息をついた。
 例の発作の件でわたしは彼に嫌われるんじゃないかと冷や冷やだったのだ。

「カレヴィ、昨日はごめんね」
「……まあ、仕方ない。俺は気にしてないからハルカは気に病むな」
「うん……」

 カレヴィ、優しい。
 わたしはじーんとしてしまって、カレヴィに抱きついた。
 それからわたしとカレヴィは朝食の席に着いておいしい食事を堪能した……かったけれども、昨日の習いの失敗が気にかかって味がよく分からなかった。
 ──ああ、気力を上げる薬でなんとか大丈夫かと思ったんだけどなあ。
 やっぱりそう簡単にはいかないよね。

「……カ、ハルカ」
「え、なに? ごめん、聞いてなかった」
「いや、なにも言っていない。食事の手が止まっていたから名を呼んだだけだ」
「あ、そうなんだ。ごめんね、心配かけて」

 重大なことを聞きそびれた訳ではなかったことにわたしはほっとする。
 ──せっかくカレヴィと一緒にいるのにぼうっとするなんてもったいないよ。
 そう思うと味気なく思われた料理が一気においしく感じられるようになった。
 それから、カレヴィとお互いの今日の予定を話し合って朝食の時間は終わりを告げた。



 カレヴィが執務に入るのを見届けて、わたしはガルディア式庭園の桜の大木があるところまで散歩に来ていた。
 ああ、やっぱり桜の花を見ると和むなあ。

「──ハルカ様」

 桜の花に見とれていると、突然イアスが傍に現れた。

「イアス」

 わたしが彼に向き合うと、イアスはじっとわたしを見つめてくる。

「お体は大丈夫ですか」

 それで昨夜の騒ぎを思い出してしまって、わたしは赤くなった。

「うん、大丈夫だよ。……昨日は騒がしてしまってごめんね」

 それに対して、イアスは首を振った。

「いえ、あなたがお元気ならばよいのです」
「……心配して見に来てくれたの? ごめんね。ありがとう」

 イアスも忙しい身だろうに、わざわざ悪かったなあ。
 感謝を込めて見つめると、彼はそれを超える熱心さでわたしを見つめてきた。

「……ハルカ様。陛下との習いはやはり無理があるのではないかと僕は思うのですが」
「え……」

 あまりにも意外なことを言われた気がして、わたしは呆然とその場に立ち尽くした。

「ティカ様の薬を飲まれていらっしゃっても、あの様子では婚礼までに間に合いません」
「で、でも、カレヴィは間に合わなくてもいいって言ってくれてるし」

 わたしはしどろもどろになりながらもなんとかイアスに返す。

「いえ、建前で話すのはやめましょう。僕はあのように苦しそうなあなたを見たくないんですよ。これからあなたはいつまであんな思いをされるのです」
「いつまでって……治るまでだよ。それはカレヴィもわたしも承知していることだよ」

 するとイアスはたまらないというような顔をしてきた。

「陛下は酷すぎます。……僕はもうこんな状況に我慢できません」

 そう言うと、イアスは移動魔法でその場から消えた。



 イアスの言っていたことは気になったけれど、それから千花が訪ねてきたこともあって、それをすっかり忘れてしまった。
 けれど、次にカレヴィが目の前に現れたとき、わたしは嫌がおうにもイアスが言っていたことを思い出さずにはいられなかった。
 ……どういうわけか、カレヴィがわたしに対して酷く冷たくなっていたからである。
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