王様と喪女

舘野寧依

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第十二章:それなりに幸福

第142話 忙しい合間に

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 久しぶりにわたしはあちらの世界へ帰ることにした。
 サイトも放ったままだし、漫画の増刷をイヴェンヌ達にせっつかれたからだ。
 久しぶりのあちら側だし、わたしは向こうでの習慣だった朝の散歩をすることにした。

「はるかさん」
「わあ、おねえちゃんだ。おねえちゃんだ!」

 南條さんやゆうき君やまなちゃんと運良く遭遇した。森川さんとポメラニアンのポン太には残念ながら会えなかったけど。
 ゆうき君とまなちゃんに抱きつかれ、わたしは二人の柔らかい髪を撫でる。

「お会いできて嬉しいです」

 南條さんが本当に嬉しそうに言ってきた。

「お久しぶりです。こちらに用があったのでここにも来てみました。わたしもお会いできて嬉しいです」

 おもにゆうき君とまなちゃんにだけどね。
 だけど、そのへんはもちろん南條さんには言えるわけはない。

「はるかさん、あの王様と婚約したそうですね。佐藤さんから伺いました」

 そういえば、千花が南條さんに伝えてくれたんだっけね。

「はい、三ヶ月後に婚礼です」

 わたしがにっこりと笑って言うと、ゆうき君とまなちゃんの顔が曇った。
 胸が痛むけど、わたしは二人のママにはなれない。
 「ごめんね」と言って、二人の頭を撫でると、ゆうき君とまなちゃんは泣きそうな顔をした。うわあ。
 わたしはゆうき君とまなちゃんが泣き出すかと思ったけれど、二人とも健気にわたしの手を握って歩き出した。

「おねえちゃん、おさんぽしよ?」
「おさんぽ、おさんぽ」
「うん」

 その様子にほっとして、わたしは笑顔になって二人と公園を散歩した。そして、南條さんはその後をついてきた。

「はるかさんは、婚礼まで忙しいんでしょうね。もうこちらには来られないんでしょうか」
「そうですね。あまり来られないと思います。披露パーティのダンスの練習もしないといけないですし」

 そう言ったら南條さんが立ち止まったので、わたしも彼に向き直った。
 すると、南條さんにわたしは抱きしめられた。

「南條さ……」
「はるかさん、わたしはあなたが好きでした。どうしてあの王様よりも先に出会えなかったんでしょう。悔しいです」

 でも、カレヴィに会わなかったら、きっと南條さんにも会わなかっただろうな。

「ごめんなさい。ご縁がなかったと思って諦めてください」

 こうやって切り捨てるのは簡単だ。
 わたし、凄く残酷なこと言ってる。
 ゆうき君とまなちゃんもとうとう耐えきれなくなったらしく、わたしにしがみついてわんわん泣きだした。

「……本当にごめんなさい。結婚式にはきっとご招待しますから」

 わたしがそう言うと、南條さんはわたしを離した。
 でもゆうき君とまなちゃんはまだわたしにしがみついてえぐえぐ泣いている。

「ゆうき君、まなちゃん泣かないで?」

 困ったなあ。二人を泣かせたくはないんだけど。
 すると、わたしのその様子を見て取ったのか、南條さんが二人に言った。

「ゆうき、まな、はるかさんをママにする夢はもう諦めなさい。これからは仲のよいおねえさんとしておつきあいしていこう」

 南條さんはもうわたしのことを諦めてくれたようだ。よかった。
 ゆうき君とまなちゃんは今度は南條さんにしがみついてわんわん泣いた。……ごめんね。

 やがて二人は落ち着いてわたしは再びゆうき君とまなちゃんと手を繋いで公園巡りをした。
 ザクトアリアの庭園を散策するのも楽しいけど、こんなふうに公園をゆっくり歩いていくのも新しい発見があって楽しい。
 たとえば、公園のリラの花が咲きそうだとか、葉っぱの緑が鮮やかで綺麗だとか。
 こういうのを見ると、最近余裕のなかったのを実感してしまう。
 でも忙しいのも、幸せだからいいんだけどね。

 公園を一周して、南條さん一家とお別れの挨拶をしたら、またゆうき君とまなちゃんに泣かれちゃったよ。困ったなあ。
 そこでわたしのマンションのすぐ傍まで彼らに付いてきて貰って、わたしはゆうき君とまなちゃんを一人ずつ抱きしめてお別れした。
 二人は大きな涙をボロボロと零してたけど、「また会おうね」ということで納得して貰った。



 そして着替えてサイトのメールフォームの返信を終えると、私事が立て込んでいるので、しばらく更新とお返事がとどこおります、と告知した。
 それからわたしは、印刷所に例の漫画本の五千百部の増刷のメールを打ち、そのうちの五千部は千花の契約した倉庫へ、百部を通販サイトに送ってくれるようにメールした。
 そのしばらく後に印刷所に電話して、メールしたことを伝えた。
 担当の人は突然の部数の増量に驚いていたみたいだけれど、大急ぎで刷らせていただきますと約束してくれた。印刷価格もかなり割安になったし、これがさばければわたし的にも大きな売り上げだ。
 千花はわたしの本をザクトアリアの書店に卸すのを交渉してくれたみたいで、本当に千花様々だ。
 これでザクトアリア宮廷の人だけでなく、一般の多くの人に見てもらえたらいいなあ。

 さて、おみやげにシルヴィの好きな和三盆サラダ煎餅を買って帰るかな。可哀想だからたまには彼の様子を窺わないと。
 もちろん、カレヴィと一緒に会うんだけど。

 そしてわたしはあちらでの当面しなければいけないことを済ませて、すっきりしてザクトアリアに帰る。
 向こうでやることはたくさんあるのだ。



「カレヴィ、ちょっとお茶にしない? シルヴィの好きなお煎餅買ってきたから彼も誘ってさ。もちろんマウリスも一緒に食べよう」

 わたしがカレヴィの執務室に顔を出すと、侍女が気を利かせて緑茶を淹れてくれた。

「なんでおまえがシルヴィの好きなものを知ってるんだ」

 カレヴィには妬かれたけれど、彼の好きなおみやげ知らないんだもん。

「まあ、いいじゃありませんか。ハルカ様、ごちそうになります」

 マウリスが間に入ってくれてよかったけれど、カレヴィも大人げないよ。
 やがてシルヴィが複雑そうな顔でやってきたけれど、自分の好きなお煎餅をわたしが買ってきたと聞き、嬉しそうな顔で応接セットに座った。
 カレヴィは面白くなさそうな顔をしたけれど、お煎餅を口にした途端、それをマジマジと見てから咀嚼そしゃくした。

「──美味い。ハルカ、でかした」

 途端に機嫌がよくなったカレヴィに、わたしとマウリスは顔を見合わせて小さく笑った。
 たぶん、兄弟だから味覚が似てるんだろうなあ。だけどちょっと単純かも? なんて失礼なことをわたしは思った。
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