喪女と野獣

舘野寧依

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第二章:婚約者を迎えて

第23話 意外に小悪魔

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 散策の後、共同の間に戻ったカレヴィとハルカは、応接の卓についていた。

「これがハルカの世界の菓子か。……塩辛いが旨い。癖になりそうな感じだな」

 カレヴィは塩気のきいた『ポテトチップス』なるものを時折興味深く眺めながらつまんでいた。
 作れるのかと聞いたら可能らしいので、その作り方をハルカに聞きながら、ゼシリアにそれを書き取らせる。
 料理のことなどほとんど知ることもないカレヴィだったが、ここで作るのは訳もないらしいのだけは分かった。

「そうか。では今後こちらで作らせよう。……ハルカはあちらでいろいろな菓子を買ってきたようだな」

 カレヴィはそう言いながら、ハルカが持ち帰ってきた菓子の入った袋の中身を確認する。

「うん、こっちには甘いお菓子しかないって聞いてたから。カレヴィもいろいろ試してみて」

 そう言われてみれば確かにない。
 彼女が菓子を買って来なければ、塩気の効いた菓子がある国から来たハルカにはさぞや物足りなく感じただろう。
 それに、異世界から新しい菓子の知識を得るのも悪くない。それになにより美味であるし。

「ああ、分かった。俺には珍しいものだから楽しみだぞ」

 カップを口に運びながら、笑って言うと、ハルカがほっとしたように笑った。
 どうやら、異世界人のカレヴィの口に合うか心配だったらしい。
 ポテトチップスを味わいながらルイエを飲んでいると、近衛と取り次ぎをしていたゼシリアがカレヴィの近くに寄ってきた。

「陛下、ハルカ様にお目通りを希望なさっておられる方々がいらっしゃいます」

 ゼシリアのその報告にカレヴィは思わずうんざりした。
 昨日の今日で、またあの貴族連中にかかずらう気にはとてもなれない。

「……またか。ハルカはまだこちらに来て間もないのだ。今から疲れさせるのは良くない。帰ってもらえ」

 こちらとしてはハルカを妃に据えるのはもう決定事項なのだ。それを変える気はさらさらない。
 だがしかし、カレヴィの思惑とは別なことをゼシリアは言ってきた。

「……それが、リットンモア公爵家のアーネス様とイアス様なのですが」

 そこでカレヴィは思わず飲んでいたコーヒーを気管に詰まらせ、思い切りむせてしまった。

「だ、大丈夫?」

 ハルカが慌てたように立ち上がると、カレヴィの背中をさする。やはりハルカは人がいい。だが、今はそれが心配だ。
 カレヴィはひとしきり咳こんだ後、どうにかそれを治めた。

「ああ、大丈夫だ。ハルカすまない」

 カレヴィがハルカに頷くと、彼女はほっとしたように笑って自分の席に戻る。
 それを確認してから、カレヴィはおもむろに言った。

「アーネスがハルカに会うなら俺も立ち会う」

 一瞬ハルカは不思議そうな顔をしたものの、カレヴィが厚意で言っていると思ったらしい。カレヴィの言葉に素直に頷いてきた。

「うん、お願い」

 カレヴィは侍女に命じて、茶を片づけさせる。
 これから会う二人は既知の仲であるし、別に一緒に茶をしても構わないが、なにせ今回の奴の目的はハルカだ。そんな不届きな奴に出す茶などない。
 カレヴィがそんなことを思っていると、少し不安そうにハルカが尋ねてきた。

「ねえ、その公爵家の方々はおいくつなの?」
「アーネスは公爵で俺と同い年だ。イアスは十七だったか」

 そうなんだ、と頷くハルカの肩をカレヴィはがしっと掴み、彼女に言い聞かせるように言った。

「……いいか、ハルカ。絶対にアーネスに見とれるな。口車に乗るな。惚れるな」

 はっきり言って、アーネスは美形だ。
 それを言うならイアスもそうだが、ハルカとは実年齢が十は離れているので、その点では安心だ。
 ハルカはいきなりの説得に少々驚いたらしく、何度も瞬きを繰り返した。
 しかし、ふと思案げな顔になるとややしてハルカが言った。

「……ふうん、格好いいんだ」

 その言葉に思わずカレヴィがぎょっとする。男に興味のなさそうなハルカから、まさかそんな言葉が出てくるとは思ってもいなかった。
 彼女に興味津々なアーネスに対してハルカが興味を持ってしまい、その美貌に騙されてうっかり奴に惚れたりしたりしたら目も当てられない。

「絶対に惚れるな!」

 ハルカに指を指してそう命じると、カレヴィにの焦りとは反して、のほほんと返事が返ってくる。

「……いや、そんなの会ってみないと分からないし」

 その笑顔はなんだ、ハルカ。
 アーネスに会う気満々なのか。そうなのか。
 それに、会ってみて気に入ったら惚れてもいいような言い方も気に障る。

「会うな!」
「……冗談だよ。カレヴィ、なんでそんなに必死なの?」

 そこでハルカにからかわれていたらしいと知ったカレヴィは、己がすっかりムキになっていたことに気がついた。

「……っ、そ、それは……っ」

 アーネスは女の扱いにたけている。
 その上、あの美貌だ。奴がその気になれば男に慣れていないハルカは、すぐに熱を上げそうな気がした。

 ──そうなれば俺の立場がないではないか。

 しかし、そうとは言えずに黙っていると、ハルカがカレヴィの心を探るかのようにじっと見つめてきた。無邪気そうに見えるが、もしかしたら、心の狭い男とでも思っているのかもしれない。
 カレヴィはしばらくハルカのその視線を無言で受け止めていたが、だんだんそれに耐えられなくなり、叫ぶように言った。

「く……っ、分かった、認める! 奴に合わせればいいんだろう!」

 本当は会わせたくなどないが、あいつの地位からすればこれからもこんな機会はいくらでもあるのだ。我慢するしかない。
 すると、それまでカレヴィで遊んでいたハルカはびっくりしたように彼を見てきた。
 ……なんだ、今の必死云々はからかって言ってきたのではないのか? だが、そうとしか見えなかったぞ、ハルカ。

「まあ、陛下を翻弄するハルカ様はまるで『小悪魔』のようで、素敵ですわね」

 ハルカの侍女の一人が嬉しそうな溜息をつきながらふいに言ってきた。
 すると、ハルカがついさっきまでカレヴィをからかっていたのを忘れたかのようにぎょっとしていた。
 ……なんだ、その反応は。その自覚がないのか?

「小悪魔! 確かに陛下のお心をこれほどまでに乱されるハルカ様にぴったりの表現ですわ」

 ……そう言われてみると確かに、アーネスにハルカを奪われるかもしれないと随分とうろたえてしまったかもしれない。

「まあぁ、本当ですわね!」

 侍女達が嬉しそうに頬を染めて盛り上がる。
 ……侍女達にはカレヴィがハルカにすっかり夢中だと思われているようだ。
 確かに、ハルカの体は大変魅力的だし、その笑顔も愛らしく感じるのだ、が……。

「そうか、小悪魔か。……ぴったりだな」

 確かに短期間でここまで己を振り回すことのできるハルカは、まさにそうとしか言えまい。
 カレヴィが頷いて侍女に同意すると、ハルカが驚いたように彼を見てきた。

「えええ、わたしが小悪魔なんてありえない!」

 すっかり自分がもてない女だと思いこんでいるハルカはそう主張してくるが、どうやったら彼女がそう思えたのか、カレヴィには逆に不思議なくらいである。

「……自覚がないというのも、恐ろしいものだな」

 ハルカにはその才能が間違いなくある。
 現に今、一人の男の心を取り込もうとしているのだから。
 熱心にカレヴィがハルカを見つめていると、彼女は居心地悪そうに辺りを見回した。

 ……こういうところは本当に男に慣れていないのだがな。
 さて、己の気持ちに気づいたところで、この小悪魔をどうしてくれよう。

 甘さを込めてハルカをさらに見つめると、ハルカはさらに挙動不審になって侍女達に助けを求めるように見る。
 しかし、その侍女達もカレヴィの気持ちを察したらしく、期待する目で二人を見つめている。
 そんな周りの様子に困惑するハルカを可愛らしく思いながら、カレヴィはどうやって彼女を攻略するか思案し始めていた。
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