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女神選抜試験

第16話 新たな戦い

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「お嬢様、お帰りなさいませ……随分と慌てているご様子、どうなさったのですか」

 メイドの鑑のノーラはクリスの醜態にも慌てずにやんわりと尋ねてきた。
 しかし、本当のことなど言えるわけはない。

「な、なんでもないわ。それより、少し一人にして頂戴」
「かしこまりました。お食事は一時間後でよろしいですか」
「ええ、それで結構よ」

 そしてクリスは寝室にこもるとばふっとベッドに沈んだ。
 そしてハーヴェイにキスされた自分の唇にそっと触れた。

 ──憧れのハーヴェイ様からのキス……。
 でもまだ、あの方のことよく知らないのにどうしたらいいの……。

 クリスは真っ赤な顔をして身悶えた。
 次にどんな顔をして彼に会ったらよいのか、クリスには思いつかなかった。
 会ったら必ず思いが顔に出てしまうと容易に考えが及び、クリスはため息をついた。
 クリスが悶々としているうちに、一時間がたっていたらしい。ノーラが食事に呼びにきた。



 どうにか平静を保って食事を終わらせると、クリスはハーヴェイにもらったという本を探した。
 それは書棚の手前にあったので簡単に見つけることが出来た。
 『女神育成~異世界の育成と手順~』というその本には栞が挟まれていた。どうやら記憶を失う前までに読んだところらしい。
 しかし、ここ数日の記憶が消えている以上、最初から読まなければならないらしい。

 ──ああ、そうだわ。魔物討伐のところを読まなければ。

 そこでハーヴェイの秀麗な顔を思い出してしまい、クリスは赤くなる。
 そして魔物討伐の項目を開けると、浮かんでくるハーヴェイの顔を振り切って、一心不乱に読み出した。
 そこには祈りの壁の出し方や、祈りの鉄槌という無属性の打撃魔法が書いてあった。
 そして討伐した折りには、浄化の祈りを捧げると魔物が出にくくなるともあった。

 とりあえずクリスは祈りの壁を練習してみる。
 すると、透明な壁が簡単に現れた。
 対トロル戦にはこれよりも大きな壁を作ればいいだろうと、クリスは出した壁を消しながらとりあえずほっとする。
 明日の討伐はルーカスもいることだし、なんとかなりそうだとクリスは感じた。



 記憶をなくして初めての魔物討伐の日。
 クリスは少し寝不足のまま、ルーカスの部屋を訪ねた。
 ハーヴェイのことを何度も思い返してしまい、よく寝られなかったのだ。

「やあ、よく来たね」
「おはようございます、ルーカス様。魔物討伐のお願いに参りました」

 いつものようにワンピースドレスの脇をつまんでお辞儀をすると、ルーカスが色気を滲ませてクリスを見てきた。

「今日は君と二人きりということか」
「二人きりではありませんわ。魔物もいます」

 つんとすまして言うと、ルーカスが苦笑した。

「君はつれないな。昨日告白もしたというのに」

 そういえば、彼からも告白されたのだった。
 おまけにハーヴェイの告白とキスを思い出してしまい、クリスは思い切り赤面する。
 すると、それを知らないルーカスは嬉しそうにくすくすと笑った。

「やはり君は可愛い」
「ルーカス様、からかわないでくださいませ」

 育成資料で赤い顔を隠したクリスは抗議する。
 しかし、ルーカスには一向に効かないようで、楽しそうに微笑んだままだ。
 そしてクリスの一房の巻き髪に触れると、そこにキスしてきた。

「ルーカス様!」

 調子に乗るルーカスにクリスが赤い顔で叫ぶと、彼は仕方なさそうに肩を竦めた。

「分かったよ。お姫様の機嫌が悪くならないうちに出かけようか」
「……お願いいたしますわ」

 クリスはどっと疲れた気がしたが顔には出さなかった。
 そしてクリスとルーカスは魔物討伐をしに、楽園へ出かけた。



 初めて向かい合うトロルは大きかった。
 漂ってくる獣臭にクリスは眉を顰めそうになりながらも、祈りの壁を出現させた。
 それに思い切りぶち当たったトロルは怒りの咆哮をあげながら、持っていた棍棒で自らの足元辺りを叩きまくった。
 すると、地面に大きな穴が開いて、クリスは思わずぞっとする。
 しかし、ルーカスは落ち着いたもので、少し長めの詠唱をしてトロルに氷の呪文をぶつけた。
 すると、みるみるトロルが弱ってくるのが見て取れた。
 クリスは仕上げとばかりに、祈りの鉄槌をトロルに下す。
 そこで、トロルは力尽きて倒れた。
 クリスが浄化の祈りを捧げると、トロルが光り輝きながら消え、その土地が浄化された。

「祈りの鉄槌なんていつの間に覚えたんだい」

 やるじゃないかというふうにルーカスが見たので、クリスは正直に答えた。

「ハーヴェイ様にいただいた本に書いてありました。おかげさまでわたくしでも戦闘に参加できそうです」

 すると、ルーカスは途端に眉を顰めた。

「あれから君はハーヴェイに会ったのかい?」

 なぜ急にルーカスが不機嫌になったのか分からず、クリスは首を傾げた。

「はい、お会いしました。その時に以前いただいた本に魔物討伐のことが書いてあると教えていただきました」

 その時に例のキスのことを思い出してしまい、クリスは頬を染めた。
 すると、それをどう取ったのか、少しだけ怖い顔でルーカスがクリスに近寄ってくる。

「ルーカス様……?」
「君はハーヴェイのことが好きなのかい?」

 確かにハーヴェイは理想ではある。でも好きかと問われれば……。

「……分かりませんわ。第一選抜試験が始まったばかりで、おまけにわたくしとマリーは記憶を失ってしまいました。好きとか嫌いとか言っている場合では……」

 その時、クリスはルーカスに折れんばかりに抱きしめられた。

「だが、わたしは君を愛している。君だけを愛している」

 ルーカスに情熱的に告げられてクリスは少々困惑する。
 昨日も彼に愛してると言われた。そして、ハーヴェイにも。
 本当にこの短期間にめまぐるしいことが起こってばかりだ。
 その間にも彼の抱擁はやまず、クリスはしばしルーカスの腕の中で困惑するのだった。
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