呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない

波崎 亨璃

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第一章

006 名前を教えられた

 その場の空気が微妙に重いまま、しばらく沈黙が続いた。
 俺の手首を掴んだままの辺境伯様は、自分が何をしているかに気づいてようやく手を離した。

「……失礼した」
「いや、別に」

 別に、って言ったけど、正直ちょっとドキッとした。
 触れられるのが嫌とかじゃなくて、この人が“必死な顔”をしていたのが予想外すぎて。
 そこへ執事が咳払いをひとつ。

「……改めて、ご挨拶を」

 そう言って、背筋を伸ばした。

「私はセバスチャン。この城で、長年旦那様にお仕えしております
 」

 名前、セバスチャンか。
 すごい執事感。

「で、旦那様っていうのは……」

 ちらっとレオニスを見ると彼は一瞬だけ間を置いてから、口を開いた。

「レオニス・フォン・グレイヴ」

 低い声。

「私がこの地を治める、辺境伯だ」

 改めて聞くと、肩書きが重い。
 しかも、本人がそれを誇る様子はまったくない。

「……じゃあ俺の事はカルマって呼んでほしいかな。元の世界でも下の名前で呼ばれていたし」

 二人とも、俺の言葉を驚きながらも黙って聞いてくれた。

「多分俺、こことは別の世界から来たんだよね。ま、別の世界から来たって言われても俺自身まだ実感ないけど……」
「信じる」

 レオニスが、即答した。

「……え、信じるの早くない?」
「お前が嘘をつく理由がない」

 その言い方が、やけに真っ直ぐで、逆に戸惑う。
 セバスチャンが続ける。

「この世界では、稀にですが……異界より人が迷い込む例は記録に残っています」
「そんなメジャーイベントなの?」
「生きて帰れた者は、ほとんどおりませんが」

 さらっと怖い補足やめてほしい。

「ちなみに……カルマ様が“平気”なのは、やはり異界の影響でしょう」
「影響って?」
「この世界の魔力法則に縛られていない存在……という意味です」

 という事は。

「俺、バグ枠?」
「そういう言い方もできます」

 ひどい。
 でも辺境伯様改め、レオニスはその説明を聞いてなぜか少しだけ安心したような顔をした。

「……なら、理屈はある」
「理屈?」
「お前が例外である、という理屈だ」

 それ、安心材料になるのか?
 俺としては、ますます不安なんだけど。

「じゃあ俺、どうなるの?」

 この城にい続けるのか。
 それとも、いつか元の世界に戻れるのか。
 正直、どっちも現実感がない。
 レオニスは、少し考えるように目を伏せてから、言った。

「……少なくとも」

 ゆっくり顔を上げて、俺を見る。

「お前がここを離れるのは、許可しない」
「え?」

 あまりに自然な口調で言われて、聞き返してしまった。

「今のお前はこの城にとって……いや、俺にとって重要すぎる」

 その言葉に、セバスチャンが目を見開く。
 でも、レオニスは気にする様子もなく続けた。

「だから、カルマ。お前はしばらくここで暮らせ」

 ……しばらく、って言ったよな。
 でも、その言い方。
 期間を決める気、最初からないだろ。
 胸の奥が、少しだけざわついた。
 助かったはずなのに。
 居場所をもらえたはずなのに。
 なぜか俺は今、城に招かれたんじゃなくて、捕まった気がしている。
 しかもこの檻、見た目はめちゃくちゃ安全で出る理由も、今のところ一つもないときた。
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