呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない

波崎 亨璃

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第一章

012 夜の発作

 その夜、目が覚めた。

 ――何か、変だ。 

 城は静かなはずなのに廊下の方から、微かに魔力のうねりを感じる。

「……嫌な予感」

 俺は上着を掴んで部屋を出た。
 感覚はレオニスの執務室の方。
 近づくほど空気が重くなり、うまく息ができない。

「……これ俺は平気だけど、普通の人が死ぬやつじゃない?」

 扉の前に立つと中から声がした。

「……来るな」

 レオニスの声だった。

「セバスチャン、下がれ」
「しかし、閣下――」
「いいから、出ろ!」

 怒鳴る声。
 でもその声は明らかに不安定だった。
 俺はノックもせずに扉を開けた。

「来るなって言われたんだけど」
「……カルマ」

 レオニスは椅子に座ったまま額を押さえていた。
 魔力の圧が、部屋を満たしている。
 息が重い。
 空気が、粘つくみたいにまとわりつく。
 レオニスは椅子に座ったまま額を押さえていた。

「……来るな」
「それは無理、かな」

 俺はそう言いつつもためらいながらレオニスの顔を窺いながらゆっくり近づいた。
 普通ならここで倒れる所だけど俺は、平気で歩ける。

「触るな……危険だ」
「俺には危険じゃない」

 俺はレオニスの手を取ると、彼の指が小さく小刻みに震えていた。

 ーーー魔力暴走!?

 でもただ触るだけじゃ、完全には収まらない事は明白で。
 それに。

 ーーーさっきより、強い。

「……これ、どうすればいい?どうすれば、元通りになる!?」

 レオニスの呼吸は荒く視線も定まっていない。

「……離れろ」
「無理だって言ってる」

 だが彼は自分の心配より俺を優先する。
 俺が今ここでレオニスから離れれば、この人は壊れると言うより色々削除してしまうんだろうな。
 ……なんて考えてしまった。
 ま、どうにでもなればいいか。
 少し背伸びをするとレオニスの額に、そっと自分の唇をゆっくり落とした。
 一瞬だけのほんの、触れる程度のキス。
 その瞬間。

「おお!凄い凄い!」

 ――ー空気が、静まった。

 同時に魔力の圧が嘘みたいに薄れていくのを感じた。
 レオニスの体から力が抜け落ちていく。

「……カルマ」

 名前を呼ばれて俺は少しだけ顔が熱くなる。

「今の……何をした」
「……分かんない」

 正直に答えた。

「なんかこれが一番効きそうーーーかなと」

 レオニスはしばらく俺を見つめてから、ゆっくり言った。

「……お前は、本当に」

 そして、低く。

「俺の理性を、全部奪う存在だな」
「それ褒めてないよね」
「褒めている」

 はっきり言われると言葉に詰まってしまう。

「……次からは」

 レオニスは俺の額に、自分の額を重ねた。

「発作が起きたらお前に、そうしてもらわないといけないな」
「それ、治療法としてどうなの」
「最適解だ」

 真顔で言うのやめてほしい。
 でも、確かに。
 事実、俺のキスでこの人は救われた。


「……こういう時、誰にも触れられないって、しんどいと思う」

 俺は照れくささを隠すように静かに言った。

「一人で、全部耐えるのってなんか寂しい」

 レオニスは答えなかったが、手に力が入っている。

 ――痛いくらいに。

「……俺がいるだろ」

 その言葉に、彼の動きが止まる。

「役職とか契約とか、そういうの抜きでさ」

 俺は、視線を合わせる。

「今はただ隣にいるだけでもいいんじゃない?」

 しばらく、口を閉じ俯いてしまったレオニス。
 そして。

「……怖い」

 レオニスが、初めてそう言った。
 呪われた辺境伯が。
 誰も近づけない男が。
 彼は立派な成人男性だというのに、拗ねる子どもの様な声で。

「お前に拒まれるのが怖い」

 胸が、少しだけ締め付けられた。

「それなら安心して、拒まないよ」

 俺は、即答した。

「少なくとも、今は」

 レオニスの指が、俺の手を掴んだ。
 力加減を覚えた掴み方だった。

「……離れるな」
「分かってる」
「約束だ」
「……努力するって言っただろ」
「今回は努力では足りない」

 そう言って、彼は俺を優しく引き寄せた。
 レオニスの胸の中にすっぽりと収まる状況になるも、嫌な気はしなかった。
 しばらくしてセバスチャンの足音が遠くで聞こえた。

「……助かった礼を言う」

 だけどまだ俺はレオニスの腕の中に収まったまま。
 レオニスが俺の耳近くで話すからなんだか少しくすぐったかった。

「これ、毎回一人で?」
「……今までは」

 俺は、少し考えてから言う。

「じゃあ、今後は違うね」
「……何が」
「こういう時は、呼んでって事」

 レオニスは、目を伏せる。

「それは、お前の負担になる」
「もうなってるよ」

 笑みを含み即答してやった。

「だって俺もう関係者だろ?」

 レオニスが初めて声を出して笑う。
 残念ながらその表情は見れなかったが、腕の中でも伝わった。

「……逃げられなくなったな」
「何を今更」

 すっぽりと収まっていた顔を腕の中から出し、いたずらっ子のようにツッコミを入れた。
 そう言うと彼は、また笑った。
 今度はしっかり歯を見せて、楽しそうに。


 それは辺境伯の笑顔じゃなくて、
 ただの一人の男の笑顔だった。
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