呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない

波崎 亨璃

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第二章

015 待ってしまう

 その夜、発作は起きなかった。
 魔力もしっかりと安定している。
 つまり――今日も、“する理由”はない、という事。
 なのに俺は、レオニスの執務室の前に立っていた。

「……何してんだろ、俺」

 自分でも分からない。
 用事はない。
 役目もない。
 発作もない。
 でも部屋に戻る気にもなれず。
 ノックをしようとして手が止まる。

「……」

 数秒迷ってから、軽く叩いた。

「入れ」

 いつもと同じ声のトーン。
 中に入るとレオニスは書類を読んでいたらしい。
 顔を上げ俺を見るも、また視線は書類へと戻した。

「……どうした」
「いや、別に」

 完全に来た意味がない。
 なんてぐるぐる考えるうちに沈黙が続いた。
 レオニスは少しだけまた俺を見る。

「……発作か」
「違う」
「体調か」
「違う」
「では、何だ」

 言われて、詰まってしまった。
 自分でも分からない。
 でも、正直に言うしかない。

「……来たかっただけ」

 その瞬間レオニスの動きが止まった。

「……理由にならない」
「知ってる」

 俺は、苦笑する。

「でも部屋へ戻る気もしなくて」

 返事をすればまた二人の間に沈黙が落ちる。
 さっきと違って今度は、重い沈黙。
 レオニスは、ゆっくり席を立つ。

「……こちらへ来い」
「命令?」
「お願いだ」

 珍しい言い方だった。
 俺は素直に近づく。
 距離が近い、昨日までならここで額キスをしていた。
 でも今日は理由がない。

「……今日は、必要ないよ」

 俺は、そう言った。
 だがレオニスは答えなかった。
 代わりに俺の額に、そっと手を当てる。

「……必要かどうかはお前が決めることだ」
「俺が?」

 その言葉に、俺の胸が跳ねた。

「……じゃあ」

 俺は小さく息を吸って言う。

「今日は……してほしい」

 どう伝えたらいいのかわからないなりに、それでも彼を見てしっかり言葉にした。
 答えるようにレオニスの指が、わずかに震えた。

「……理由は」
「……分からない」

 本当だった。

「でも、今日は」

 視線を逸らしながら、ゆっくりと言葉を続ける。

「俺の方が落ち着かない」

 その瞬間、レオニスの手が俺の後頭部に回った。
 昨日より強い、でも優しい力。
 唇が俺の額に触れる。

 ――逆だった。

 今までは俺がする側だったのに、今日はされる側。
 魔力は動かない。
 鎮静も、暴走も、起きない。
 ただ胸の奥だけが、静かになる。

「……あ」

 思わず、小さく声が漏れた。

「……今の」

 レオニスは低く言った。

「治療ではない」
「……分かってる」
「役目でもない」
「……うん」
「……それでも」

 レオニスは額を離さずに言った。

「俺はお前に触れたい」

 心臓が変な音を立てる。
 俺は、ようやく理解する。
 今日は、キスをしたかったんじゃない。
 キスを“待っていた”。
 それに気づいた瞬間もう言い訳は、全部壊れた。
 依存でもない。
 治療でもない。
 ただこの人に、触れられたかっただけ。
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