10 / 10
外伝 まっすぐで、静かな君へ
第五章:まっすぐで、静かな君へ
しおりを挟む文化祭前日。
夕方の教室には、紙くずと笑い声が散らばっていた。
クラスの飾り付け、出し物の準備、誰かのケンカ、誰かの仲直り。
いろんな「青春」みたいなものが、そこかしこにあって、俺はなんとなくその渦の中にいた。
……けれど。
心だけは、ずっと教室の隅を見ていた。
段ボールを運んでる日向。
何人かの女子と飾りを相談してる日向。
そして、ふと誰もいなくなったときに、静かに窓の外を見つめる日向。
ああ――
たぶん、もう俺は、完全に落ちてる。
*
放課後。
タイミングを見計らって、俺は日向に声をかけた。
「ちょっと、いい?」
「……うん」
彼女は驚いたふうでもなく、静かに俺についてくる。
そのまま、ふたりで階段をのぼり、屋上へ出た。
風の音、少し冷たい空気。
あのときと同じ夕暮れの色。
でも今日は――
「……ここに来たの、二回目だね」
「そうだね。桐ヶ谷くんの“秘密の場所”」
「もう、秘密じゃなくなったけどね」
ふっと笑う彼女の横顔を見て、思った。
──やっぱり、言おう。
伝えないままじゃ、きっと後悔する。
「日向」
呼びかけると、彼女はゆっくりと俺のほうを向いた。
その目は、逃げもせず、強くもなく、ただ、まっすぐだった。
「……俺、君のことが、好きなんだ」
風が少しだけ強く吹いた。
でも、声はちゃんと届いた。彼女の目の奥まで、ちゃんと届いた。
「君って、自分のペースを守るのが上手で、
でも、人のこともちゃんと見てて。
そういうところに、何度も助けられた。
誰にでも見せる笑顔じゃなくて、君にだけ見せたいって、初めて思ったんだ」
言葉にしてみると、ちょっと青臭い。
でも、これが俺の全部だった。
日向はしばらく黙っていた。
それが怖かった。
でも、不思議と逃げたいとは思わなかった。
やがて、彼女がゆっくり口を開いた。
「……私、ね。
誰かに“好き”って言われても、どう返せばいいかわかんないの。
ずっと、期待されたくなくて、期待もしてなくて。
だから、誰かをちゃんと好きになったことって、なかった」
「……うん」
「でも。
桐ヶ谷くんの声は、なんでだろ……
一番、ちゃんと胸に届いてくるんだよね」
その言葉だけで、泣きそうになった。
「……私も、もっと知りたいと思った。
桐ヶ谷くんがどんな音楽を聴いてるのかとか、
どうしてそんなに笑えるのかとか。
……本当の“蒼”が、どんな人なのかって」
名前を呼ばれたのは、初めてだった。
たったそれだけで、世界が少し変わった気がした。
「私も、好きだと思う。……まだ、うまく言えないけど」
「うん、ありがとう」
返事になっていないのに、
これ以上ないほど、嬉しかった。
ふたりの間に、風が吹き抜ける。
その風の音も、鳥の声も、誰かの笑い声も。
全部、遠くにあって、
今だけは、俺と彼女の呼吸だけが、そっと重なっていた。
*
帰り道。
もう一度あのメッセージを開いた。
『君が笑ってるなら、それでいい。』
小さく息を吐いて、画面を閉じた。
「……ごめんな。ありがとう」
その言葉は、送らなかった。
でも、胸の中でずっと残るだろうと思った。
そして、隣を歩く日向をちらりと見た。
彼女は、静かに歩いていた。
だけど、その横顔には、ほんのすこしだけ微笑みが浮かんでいた。
──まっすぐで、静かな君へ。
あの日、何も届かないと思っていたこの心が、
今は、君の隣で、そっと音を立てている。
きっとこれから、何度も戸惑って、すれ違って、
それでも、君と一緒に歩いていきたいと思った。
これは、俺の“最初の本音”だった。
⸻
完
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
恋を質に入れた日
トム
恋愛
路地裏の地下にある質屋では、
“記憶”を売ることができる。
恋人の手術費を工面するため、
俺は彼女と出会った日の幸福を手放した。
愛の熱を失ったまま、
それでも共に生きることはできるのか。
小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!
竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」
俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。
彼女の名前は下野ルカ。
幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。
俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。
だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている!
堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!
『クラスで一番モテない男が、幼なじみと“仮恋人契約”したら、本物の恋に気づいてしまった件』~報酬はプリン100個。彼女が部屋でだけ甘えん坊
月下花音
恋愛
【完結済/ハッピーエンド保証】
「ねえ、私の彼氏になりなさいよ」
「……は?」
大学1年の春。クラスで一番モテない男・藤堂健は、幼なじみの白石玲奈からトンデモない提案を受ける。
彼女は容姿端麗、成績優秀、そして近寄る男を氷のような視線で排除する、通称“氷の女王”。
そんな彼女が差し出したのは、2週間の『仮恋人契約』だった。
条件:完璧な彼氏を演じること。
報酬:高級プリン100個。
「断ったら……どうなるか分かってるわよね?」
「よ、喜んで!」
プリンに釣られて(脅されて)始まった契約生活。
しかし、いざ始まってみると――。
「……健、手繋いでいい?」
「……演技だから、もっとくっついて」
「……帰りたくない。今日は泊まっていっていい?」
おい、ちょっと待て。
これ、本当に演技なのか?
ただの幼なじみだったはずの彼女が、契約期間中だけ見せる無防備な顔、甘い声、そしてとろけるような笑顔。
これは演技なのか、それとも――?
「契約とか関係ない。俺は、お前が好きだ」
モテない男と氷の女王。
嘘から始まった恋が、世界で一番甘い「本物」に変わるまでの、2週間の奇跡。
俺をフッた女子に拉致されて、逃げ場のない同棲生活が始まりました
ちくわ食べます
恋愛
大学のサークル飲み会。
意を決して想いを告げた相手は、学内でも有名な人気女子・一ノ瀬さくら。
しかし返ってきたのは――
「今はちょっと……」という、曖昧な言葉だった。
完全にフラれたと思い込んで落ち込む俺。
その3日後――なぜか自分のアパートに入れなくなっていた。
離した手の温もり
橘 凛子
恋愛
3年前、未来を誓った君を置いて、私は夢を追いかけた。キャリアを優先した私に、君と会う資格なんてないのかもしれない。それでも、あの日の選択をずっと後悔している。そして今、私はあの場所へ帰ってきた。もう一度、君に会いたい。ただ、ごめんなさいと伝えたい。それだけでいい。それ以上の願いは、もう抱けないから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる