その声だけ、まっすぐ届いた

しっくん

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外伝 まっすぐで、静かな君へ

第五章:まっすぐで、静かな君へ

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文化祭前日。


夕方の教室には、紙くずと笑い声が散らばっていた。



クラスの飾り付け、出し物の準備、誰かのケンカ、誰かの仲直り。


いろんな「青春」みたいなものが、そこかしこにあって、俺はなんとなくその渦の中にいた。



……けれど。



心だけは、ずっと教室の隅を見ていた。



段ボールを運んでる日向。


何人かの女子と飾りを相談してる日向。


そして、ふと誰もいなくなったときに、静かに窓の外を見つめる日向。



ああ――



たぶん、もう俺は、完全に落ちてる。







放課後。



タイミングを見計らって、俺は日向に声をかけた。


「ちょっと、いい?」



「……うん」


彼女は驚いたふうでもなく、静かに俺についてくる。


そのまま、ふたりで階段をのぼり、屋上へ出た。



風の音、少し冷たい空気。


あのときと同じ夕暮れの色。


でも今日は――



「……ここに来たの、二回目だね」



「そうだね。桐ヶ谷くんの“秘密の場所”」




「もう、秘密じゃなくなったけどね」



ふっと笑う彼女の横顔を見て、思った。



──やっぱり、言おう。




伝えないままじゃ、きっと後悔する。



「日向」



呼びかけると、彼女はゆっくりと俺のほうを向いた。


その目は、逃げもせず、強くもなく、ただ、まっすぐだった。



「……俺、君のことが、好きなんだ」



風が少しだけ強く吹いた。


でも、声はちゃんと届いた。彼女の目の奥まで、ちゃんと届いた。



「君って、自分のペースを守るのが上手で、

 でも、人のこともちゃんと見てて。

 そういうところに、何度も助けられた。

 誰にでも見せる笑顔じゃなくて、君にだけ見せたいって、初めて思ったんだ」




言葉にしてみると、ちょっと青臭い。


でも、これが俺の全部だった。


日向はしばらく黙っていた。


それが怖かった。


でも、不思議と逃げたいとは思わなかった。




やがて、彼女がゆっくり口を開いた。



「……私、ね。

 誰かに“好き”って言われても、どう返せばいいかわかんないの。

 ずっと、期待されたくなくて、期待もしてなくて。

 だから、誰かをちゃんと好きになったことって、なかった」



「……うん」



「でも。

 桐ヶ谷くんの声は、なんでだろ……

 一番、ちゃんと胸に届いてくるんだよね」



その言葉だけで、泣きそうになった。



「……私も、もっと知りたいと思った。

 桐ヶ谷くんがどんな音楽を聴いてるのかとか、

 どうしてそんなに笑えるのかとか。

 ……本当の“蒼”が、どんな人なのかって」




名前を呼ばれたのは、初めてだった。

たったそれだけで、世界が少し変わった気がした。




「私も、好きだと思う。……まだ、うまく言えないけど」



「うん、ありがとう」




返事になっていないのに、

これ以上ないほど、嬉しかった。


ふたりの間に、風が吹き抜ける。


その風の音も、鳥の声も、誰かの笑い声も。



全部、遠くにあって、

今だけは、俺と彼女の呼吸だけが、そっと重なっていた。










帰り道。

もう一度あのメッセージを開いた。



『君が笑ってるなら、それでいい。』



小さく息を吐いて、画面を閉じた。



「……ごめんな。ありがとう」



その言葉は、送らなかった。


でも、胸の中でずっと残るだろうと思った。


そして、隣を歩く日向をちらりと見た。



彼女は、静かに歩いていた。



だけど、その横顔には、ほんのすこしだけ微笑みが浮かんでいた。



──まっすぐで、静かな君へ。



あの日、何も届かないと思っていたこの心が、


今は、君の隣で、そっと音を立てている。



きっとこれから、何度も戸惑って、すれ違って、


それでも、君と一緒に歩いていきたいと思った。



これは、俺の“最初の本音”だった。






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