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第2章 聖獣妃
7.想いは流れてしまえばいい
ふ、と意識が浮上した。
ぼんやりとした目に、柔らかな敷布が映る。
体はフワフワして温かい。背中に当たる少し硬い感触が気になるけど……
ハッとして、目が見開く。
後ろから抱きしめられるようにして、寝台に寝ていた。なんでそんな事になってるのか、軽くパニックになりつつ、周りを目だけで見渡す。
「こ、、こ……?」
「ん……ッ」
掠れた声が出るのと、背後から小さく聞こえた声に、慌てて口を押さえる。
意識をなくしている間に、屋敷へ連れ帰られたらしい。第一皇子の屋敷から今に至るまで、事態が目まぐるしくて混乱と疲労感が半端ない。第一皇子の屋敷とその前のカイザーの屋敷、この二つの間の記憶は変わらず抜けたまま。
ふと、第一皇子から向けられた言葉を思い出し、キュッと唇を噛み締めた。
聖獣妃。血脈の次はそれ。なった覚えもつもりもない。しかも、事態は血脈より更に悪い。
聖獣妃は皇族のもの?
冗談ではなかった。
自分で好きな者を決める事も出来ず、ましてや想い合う事すら出来ないなんて、そんなのは真っ平だ。
が、馬鹿の言葉だけなら取るに足らないと思えたが、皇族まで関わってくるなら無視できない。
もし、それが本当なら……俺の処遇を決めるのは皇太子であるリステアになる。
リステアがその気なら、俺は…………
ぞくっとしたものを感じ、体が小さく震える。
リステアの事は好きでも嫌いでもない。
だが、そういう意味で触れ合えるかと聞かれれば、答えはNOだ。
「ッッ…………!」
軽く身動いだ俺を、カイザーが抱き寄せるように抱き竦めてきた。起きたわけではなく、出来た隙間を埋める無意識の動き。
背中に感じる熱。腕の力。首すじにあたる吐息に、気持ちが騒つく。
胸が痛い。
触れられたところが痛くて堪らない!
腕をそっと持ち上げて外し、にじり寄るように寝台の端に移動して抜け出す。
起こす事なく抜け出せた事に小さく息を吐き、いまだ眠っているカイザーを見つめた。
少し手を伸ばせば触れることができる。
伸ばしかけた手が途中で止まり、ギュッと握りしめた。
目を閉じて、踵を返し部屋を出る。
足早に廊下を突き進んで、そのまま屋敷の外へ出た。
ヒンヤリとした夜気に包まれ、フルっと体が震える。
「寒………」
温まった野敷の部屋に慣れた体が一気に冷えた。
冷たい空気を吸い込み、吐き出す。
「酷い話だよな……マジ、ありえねぇんだけど?」
ポツリと呟いて、自棄のように自嘲した。
こんなわけ分からない世界に勝手に連れてこられ、わけの分からない存在に祭り上げられて、挙げ句の果てには、自分の気持ちすら思い通りにいかないって、一体、俺が何をしたんだと当たり散らしたくなるくらい理不尽だ。
何より、一番酷くてマジありえないのは………
「なんで好きになったんだよ……」
自分がこんなに、惹かれるとは思わなかった。同じ性を持つ、しかも、初っ端最悪な出会いをした歳上の男。
元の世界では絶対ありえない。
思い浮かべるだけで、居ても立っても居られないくらいに胸の奥が騒つく。
『聖獣妃が思う相手と結ばれる事はない。皇族以外、お前が結ばれる事はない』
耳の奥に、頭の奥で言葉が繰り返される。
心臓に刺される剣のようだ。
辛くて悲しくて……痛い。
空を仰ぐように上向いた顔に、冷たいものが当たる。
開いた目に、降り注ぐ雫が映る。
「あ、め………」
ポツポツと小さく降るそれが、ザーッと一気に激しくなった。
頭の先から、つま先まで一気に濡れそぼる。
頬を流れる雫に、ほの温かいものが混ざり、そっと目を閉じた。
全部流れてしまえばいい。辛い悲しい気持ちも、俺の想いも……いっそ、この身も………
一歩踏み出した体が、不意に手首を掴まれ後ろへ強く引かれた。
振り仰ぐ俺の目を、紺碧の険しい光が射抜いた。
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