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第1章 指導編 初日
1-4 ……お引き受けします、ボス(フォウ視点・回想)
◇
「ねえフォウ君。色事って得意? まさか童貞じゃあないよね」
執務机で書類とにらみ合っていたハサンが、開口一番にそんな質問をぶつけてきた。
組織の長からの用件不明の呼び出しということで、がちがちに緊張していたフォウは毒気を抜かれる。
「……心臓に悪い呼び出し方しておいて初手セクハラっすか?」
無意識のうちに耳の後ろに手を持っていってしまい、フォウは慌てて姿勢を正した。ボスと面会するのに失礼がないよう、きっちりと結び、整髪料で固めた髪が崩れてしまう。
緊張したりストレスを感じると、頭を掻いてしまうのは昔からの癖だ。気を付けているつもりだがなかなか抜けない。
「ああ、聞き方が悪くてごめんねえ。戻ったばかりで申し訳ないんだけれど、次のお仕事に関わることでね」
ハサンは気分を害した風もなく、にこにこと笑っている。
年齢不詳を具現化したような男だった。皴のないつるりとした顔は、頼りない若造に見える時もあれば、老練さを垣間見せることもある。退色したような白髪がよりいっそう年齢不詳に拍車をかけていた。
「君と同郷のリヤーナちゃんっているでしょう。ほら、亜麻色の髪で、青っぽい目をした可愛い子。彼女がちょっと失敗しちゃってね。大事には至らなかったんだけど、ペナルティとして少し面倒なお仕事をお願いしたくてね」
リヤーナの名前が出た瞬間、フォウは自分でも頬の肉が引きつるのがわかった。
ハサンは笑顔のまま話を続ける。
「フォウ君にはそのサポートについてもらいたいんだ。こういうのは見知った人間のほうがいいと思ってさ。ノエル、資料を渡してあげて」
彫像のように微動だにせずハサンの近くに控えていた長身長髪の美女――ノエルが、持っていた冊子と水晶パネルをフォウに手渡した。
組織の経理担当らしいが、実質ハサンの秘書のような存在だ。人形めいた体温を感じさせない美貌の持ち主で、本当に人間サイズの人形ではないかとフォウは疑っている。
だが、ハサンと男女の関係にあるような匂いが微かにした。
あくまでもフォウの勘だ。根拠はない。的中率は半々。
「失敗って、リィ――リヤーナは何やらかしたんですか」
水晶パネルを小脇に抱え、フォウは冊子をぱらぱらと流し見た。
冊子の中には挿絵付きで男女のあれやこれな技術について記されている。
「は……?」
「失敗についてはもう済んだことだしねえ。フォウ君が気にすることじゃないよ。リヤーナちゃん自身は五体満足なんだから問題ないでしょ」
唖然としているフォウに気付いていないのか、ハサンはのんびりとした口調で答えた。
「は、はぁ、そうですか……っていうか、なんなんすかコレ……」
フォウはためらいつつも、一番アレなページを開いてハサンに見せつける。
「ノエル、喉が渇いたから二人分の飲み物持ってきてくれる? できれば挽きたてのコーヒーがいいなぁ」
ハサンはノエルを退出させ、気配が完全に消えてからフォウと向き合った。
「手引書だよ。そこに書いてあること、しっかりリヤーナちゃんに教え込んでね」
「なんであいつに、こんな……」
フォウは頭を掻きむしらずにはいられない。
「慈善事業をやってるわけじゃあないからねえ。人を殺せないなら、うちのエース級を狂わせるほどの魅力を駆使して男を転がしてもらおうかと思って」
ハサンは終始同じ笑顔だった。髪の毛筋ほども口角の高さが変わらない。
「リヤーナちゃんにはとある伯爵を手玉に取ってほしいんだ。そのための仕込みだよ。猶予はリヤーナちゃんの偽の経歴を用意するまでの一ヵ月。よろしくね」
「ま、待ってください。あいつは……」
現状を打開できるような言葉が思いつかず、フォウは冊子を強く握りしめた。
「君にとってのペナルティでもあるんだよ、フォウ君」
ぽん、とフォウの肩が叩かれる。
執務机をはさんで正面にいたはずのハサンが、いつの間にかフォウの背後に立っていた。
フォウは全身の血がさっと冷えるのを感じた。心臓が針で刺しぬかれたように鋭く痛む。
「いくらリヤーナちゃんが可愛いとはいえ、組織の人間を消すのはやり過ぎだと思うんだ。正面格闘が得意とはいえない君ごときに後れを取る無能をふるいにかけてくれたのはありがたいけれど、使えないなりにも用途はあるからねえ」
肩に置かれたハサンの手が、とん、とん、とん……とゆったりと、しかし急かすようにリズムを刻む。
ハサンの手は刃物のように異常に冷たく、服越しであるにもかかわらず肌や骨にまでも染みた。
「今回の話はあくまでお願いだから断ってくれてもいい。その場合、別の人間が指導役としてつくだけだよ。君が構わないというなら、それでもいいけれど」
(構うに決まってんだろうがばーか!)
と、フォウは思いっきり悪態をついてやりたかったが、ハサンに顔を覗き込まれた瞬間、喉が、舌が、凍りついた。
「……お引き受けします、ボス」
自分のものではないかのように、フォウの口が勝手に動く。
ハサンを前にすると、いつもこうだった。本能的な部分に、ハサンに抗えない何かが刷り込まれている。
(くそったれが)
声に出せない思いが、フォウの頭の中で暴れる。
どんな理由があろうとも、リヤーナを他の男に触れさせたくない。だがひと月後には、リヤーナはどこかの伯爵に抱かれることが決まっている。底意地の悪いペナルティだ。反吐が出る。
しかし、上手く片付けられなかった自分にも落ち度はある。リヤーナにまとわりつく虫を処分したこと自体については後悔はない。
「いつもみたいに誓約書にサインお願いね」
ハサンは軽い足取りで執務机に戻り、引き出しから一枚の髪を取り出した。机の上に紙とペンを几帳面に揃えて置く。
ちょうどそのタイミングで、二人分のコーヒーを用意したノエルが戻ってきた。
フォウは誓約書に自分の名前を書きなぐり、ノエルの運んできた味のしないコーヒーを飲みほした。
「ねえフォウ君。色事って得意? まさか童貞じゃあないよね」
執務机で書類とにらみ合っていたハサンが、開口一番にそんな質問をぶつけてきた。
組織の長からの用件不明の呼び出しということで、がちがちに緊張していたフォウは毒気を抜かれる。
「……心臓に悪い呼び出し方しておいて初手セクハラっすか?」
無意識のうちに耳の後ろに手を持っていってしまい、フォウは慌てて姿勢を正した。ボスと面会するのに失礼がないよう、きっちりと結び、整髪料で固めた髪が崩れてしまう。
緊張したりストレスを感じると、頭を掻いてしまうのは昔からの癖だ。気を付けているつもりだがなかなか抜けない。
「ああ、聞き方が悪くてごめんねえ。戻ったばかりで申し訳ないんだけれど、次のお仕事に関わることでね」
ハサンは気分を害した風もなく、にこにこと笑っている。
年齢不詳を具現化したような男だった。皴のないつるりとした顔は、頼りない若造に見える時もあれば、老練さを垣間見せることもある。退色したような白髪がよりいっそう年齢不詳に拍車をかけていた。
「君と同郷のリヤーナちゃんっているでしょう。ほら、亜麻色の髪で、青っぽい目をした可愛い子。彼女がちょっと失敗しちゃってね。大事には至らなかったんだけど、ペナルティとして少し面倒なお仕事をお願いしたくてね」
リヤーナの名前が出た瞬間、フォウは自分でも頬の肉が引きつるのがわかった。
ハサンは笑顔のまま話を続ける。
「フォウ君にはそのサポートについてもらいたいんだ。こういうのは見知った人間のほうがいいと思ってさ。ノエル、資料を渡してあげて」
彫像のように微動だにせずハサンの近くに控えていた長身長髪の美女――ノエルが、持っていた冊子と水晶パネルをフォウに手渡した。
組織の経理担当らしいが、実質ハサンの秘書のような存在だ。人形めいた体温を感じさせない美貌の持ち主で、本当に人間サイズの人形ではないかとフォウは疑っている。
だが、ハサンと男女の関係にあるような匂いが微かにした。
あくまでもフォウの勘だ。根拠はない。的中率は半々。
「失敗って、リィ――リヤーナは何やらかしたんですか」
水晶パネルを小脇に抱え、フォウは冊子をぱらぱらと流し見た。
冊子の中には挿絵付きで男女のあれやこれな技術について記されている。
「は……?」
「失敗についてはもう済んだことだしねえ。フォウ君が気にすることじゃないよ。リヤーナちゃん自身は五体満足なんだから問題ないでしょ」
唖然としているフォウに気付いていないのか、ハサンはのんびりとした口調で答えた。
「は、はぁ、そうですか……っていうか、なんなんすかコレ……」
フォウはためらいつつも、一番アレなページを開いてハサンに見せつける。
「ノエル、喉が渇いたから二人分の飲み物持ってきてくれる? できれば挽きたてのコーヒーがいいなぁ」
ハサンはノエルを退出させ、気配が完全に消えてからフォウと向き合った。
「手引書だよ。そこに書いてあること、しっかりリヤーナちゃんに教え込んでね」
「なんであいつに、こんな……」
フォウは頭を掻きむしらずにはいられない。
「慈善事業をやってるわけじゃあないからねえ。人を殺せないなら、うちのエース級を狂わせるほどの魅力を駆使して男を転がしてもらおうかと思って」
ハサンは終始同じ笑顔だった。髪の毛筋ほども口角の高さが変わらない。
「リヤーナちゃんにはとある伯爵を手玉に取ってほしいんだ。そのための仕込みだよ。猶予はリヤーナちゃんの偽の経歴を用意するまでの一ヵ月。よろしくね」
「ま、待ってください。あいつは……」
現状を打開できるような言葉が思いつかず、フォウは冊子を強く握りしめた。
「君にとってのペナルティでもあるんだよ、フォウ君」
ぽん、とフォウの肩が叩かれる。
執務机をはさんで正面にいたはずのハサンが、いつの間にかフォウの背後に立っていた。
フォウは全身の血がさっと冷えるのを感じた。心臓が針で刺しぬかれたように鋭く痛む。
「いくらリヤーナちゃんが可愛いとはいえ、組織の人間を消すのはやり過ぎだと思うんだ。正面格闘が得意とはいえない君ごときに後れを取る無能をふるいにかけてくれたのはありがたいけれど、使えないなりにも用途はあるからねえ」
肩に置かれたハサンの手が、とん、とん、とん……とゆったりと、しかし急かすようにリズムを刻む。
ハサンの手は刃物のように異常に冷たく、服越しであるにもかかわらず肌や骨にまでも染みた。
「今回の話はあくまでお願いだから断ってくれてもいい。その場合、別の人間が指導役としてつくだけだよ。君が構わないというなら、それでもいいけれど」
(構うに決まってんだろうがばーか!)
と、フォウは思いっきり悪態をついてやりたかったが、ハサンに顔を覗き込まれた瞬間、喉が、舌が、凍りついた。
「……お引き受けします、ボス」
自分のものではないかのように、フォウの口が勝手に動く。
ハサンを前にすると、いつもこうだった。本能的な部分に、ハサンに抗えない何かが刷り込まれている。
(くそったれが)
声に出せない思いが、フォウの頭の中で暴れる。
どんな理由があろうとも、リヤーナを他の男に触れさせたくない。だがひと月後には、リヤーナはどこかの伯爵に抱かれることが決まっている。底意地の悪いペナルティだ。反吐が出る。
しかし、上手く片付けられなかった自分にも落ち度はある。リヤーナにまとわりつく虫を処分したこと自体については後悔はない。
「いつもみたいに誓約書にサインお願いね」
ハサンは軽い足取りで執務机に戻り、引き出しから一枚の髪を取り出した。机の上に紙とペンを几帳面に揃えて置く。
ちょうどそのタイミングで、二人分のコーヒーを用意したノエルが戻ってきた。
フォウは誓約書に自分の名前を書きなぐり、ノエルの運んできた味のしないコーヒーを飲みほした。
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