Tycoon1-呪われた王女は逆ハーよりも魔女討伐に専念したい-

甘酒ぬぬ

文字の大きさ
96 / 103
空色の章

8 どうして真面目に戦わないのか

しおりを挟む
「リュミド――」
「はい、ストップ」

 リュミドラに先制で飛び蹴りを叩きこもうと駆けだした瞬間、サヴィトリはナーレンダに服の裾をつかまれた。大きく前につんのめる。

「飛び蹴りなんかして、もし棘につかまったらどうするのさ」

 ナーレンダは先んじて指摘し、サヴィトリの文句を封じた。

「よく私が飛び蹴りするってわかったね」

 サヴィトリは素直に感心する。
 単純な運動能力ならサヴィトリのほうが上だ。予測していなければ止められない。

「ふん、僕を誰だと思ってるわけ」

 ナーレンダは高慢に言い、サヴィトリの額を人差し指でつつく。

「ついでに――」

 見覚えのある笑みがナーレンダの顔に浮かぶ。サヴィトリの記憶が正しければ、これは予備動作だ。
 ナーレンダは目だけを動かす。その先にあるのは、数日前と同じく、広場の中央に鎮座した、緑の棘と黒い布きれとをまとった肉塊――棘の魔女リュミドラ。

「先制攻撃っていうのは、こうやってやるのさ!」

 ナーレンダの背中から大きな青い翼が生える。正確には、蒼炎の身体を持つ鳥が生じていた。
 炎の鳥はナーレンダの背を蹴るようにして一気に加速し、地面と平行を維持しながら飛翔した。獲物を狩る猛禽のような速さと獰猛さをもってリュミドラに襲いかかる。

「あはっ、ナーレちゃんは最初から本気なのねぇ」

 リュミドラを守るように幾重にも棘が編まれ盾を作る。
 炎の鳥と接触すると、激しい光と熱風が発生し、双方共に跡形もなく消え失せた。しかしすぐさま新たな棘がリュミドラの周囲の地面から伸びる。

「当たり前だろう。これ以上、お前ごときに費やす時間なんてないんだよ」

 ナーレンダは更に間髪入れず炎の鳥を放つ。
 南中を迎える前に決着をつけるつもりなのだろうか。
 サヴィトリも他人のことを言えた義理ではないがナーレンダも結構脳筋で出たとこ勝負なところがある。心配性なくせにどこか大雑把だ。

(そもそも師匠が超脳筋だから仕方ないか……)

 クリシュナは基本的に力でねじ伏せることしか解決法を持たない。その弟子がどう育つかは言わずもがなだ。

「そりゃあリュミリュミと遊ぶより、サヴィトリちゃんといちゃいちゃらぶらぶしてたほうが楽しいし気持ち良いものねぇ。うふふっ」

 リュミドラは嘲るように目を細め、ありあまる贅肉をたぷんたぷんと揺らした。

「誰がするかそんなこと!!」

 ナーレンダはあっさりと挑発に乗ってしまう。いい歳をした大人のわりに心理誘導に弱い。もっと簡単に言うと色々ちょろい。

「まぁ、そんなに声を荒らげちゃって。あれこれ理由をこじつけて手を出さなかったヘタレ野郎のく・せ・に♪」
「はぁ!?」

 色素の薄いナーレンダの額に、くっきりはっきりと青筋が浮かぶ。

「その点については同意ですね」

 なぜかカイラシュがリュミドラの意見に賛同した。

「手を出さなかったことにより、逆にサヴィトリ様に攻められるなんて本当に羨ましい……わたくしもサヴィトリ様と色んな所にキスマークつけ合いたい……!」

 カイラシュは血の涙を流して悔しがる。

「カイラシュ! 本当にお前はどこからどこまで見てたんだ!!」

 ナーレンダは火球をカイラシュの方にも投げつけた。
 サヴィトリが取りなしても結局喧嘩になるようだ。

「サヴィトリちゃんはどうしてこの二人を連れてきたのかしらん?」

 リュミドラは自分そっちのけで喧嘩を始めてしまった二人を見やる。

「単純に近接タイプより遠距離攻撃できる方が棘との相性いいかなーと」
「結構ドライな人選理由なのねえ」
「正直失敗だったと思ってる。今からでもヴィクラムとジェイにメンバー交代したい」

「サヴィトリ!! 人のことを失敗って言うんじゃあない!!」
「サヴィトリ様ああああああああっ!!」

 耳ざとく聞きつけた二人が異議を申し立てる。
 その瞬間、世界が音を立てて凍りついた。ガラスの砕けるような音がし、世界から色彩がはがれ落ちていく。サヴィトリ、ナーレンダ、カイラシュ、リュミドラの四人を残して、すべてが無彩色へと塗りこめられる。

(うだうだしているうちに南中になってしまった)

 「あらぁ、何か用意してるとは思ったけど、意外と手の込んだ鳥籠ねえ」

 リュミドラは縦横に棘を伸ばす。すると一定の範囲で、見えない何かに弾かれた。本当に物理的な障壁が張られているようだ。地面から棘が生えてくる様子もない。
 舗装がはがれていたり、棘が張っているにもかかわらず、地面を踏んだ感触は平面だ。ちゃんとニルニラの説明を聞かなかったが、おそらく不可視の四面体の中にいるような感じなのだろう。

「お前のような十二分に肥え太った脂肪肝のカモにはお似合いだろう」

 サヴィトリは腐毒入りの小瓶を取り出し、蓋を親指で弾き飛ばす。
 いつものように矢を番える構えを取る。青みがかった透明の氷の矢ではなく、黒曜石のような光沢のある黒の矢が手の中に現れた。
 近接武器を扱う兵には武器に直接塗布するタイプのものを、術士には術力に感応するよう調整した腐毒が配布されていた。

 サヴィトリは出来うる限り連続して黒い矢をリュミドラに射かける。狙いはさほど定めない。ジャガンナータがやっていたような射撃が理想だがそこまでの技術はまだない。
 黒い矢はかするだけで棘を黒く腐らせた。接触面から腐食が進んでいき、自重に耐えきれず崩れ落ちる。
 中にはかすったにもかかわらず、なんの変化もないものもあった。あれがナーレンダの言っていた幻視の棘なのだろう。

「やぁん、何その汚いの。腐った蛇の匂いがするわぁ」

 リュミドラは知覚する価値のない屑でも見るような目を腐った棘にむける。 

「うふっ、こちらもお返しをしなくっちゃあね」

 リュミドラの身体に巻きついていた棘がずるりと伸びる。蛇に似た動きをするそれは、何度見ても気持ちが悪い。
 棘が不規則にうねりながらサヴィトリにだけ襲いかかる。

「サヴィトリ!」

 ナーレンダは叫び、両手に蒼炎を集め始めた。渦を巻きながら炎が体積を増していく。

「また、一番の足手まといである私を狙うか」

 サヴィトリは迫りくる棘を見つめた。笑わないでいるのが精一杯だった。

「ええ。過保護な子達が勝手に守ってくれるでしょう?」

「ふん。何より大事なんだから、当たり前だろう」

 リュミドラを冷たく一瞥し、ナーレンダは集めた炎を放った。
 渦巻く炎は螺旋を描きながらリュミドラへとむかっていく。

「ナーレちゃん、言ってることとやってることが違うんじゃなぁい?」

 リュミドラは更に棘を繰って盾を編む。
 サヴィトリに向かう棘は減速することなく、眼前にまで迫っていた。

「違ってなどいないさ。一度やられたことに、僕が策を講じないわけがないだろう」

 それが合図となり、サヴィトリを囲うように火柱が上がった。迫っていた棘が一瞬にして炭化する。
 砦に来る前にナーレンダがかけた術だ。攻撃に対して一度だけ反撃をする。
 行軍の途中で抱きついてきたカイラシュに対して発動してしまったため、かけてもらうのは二度目だ。

「お力があることは認めますが、そのイキリ癖なんとかなりませんかイェル術士長殿」

 蔑んだ目をしながら、カイラシュは黒い刀身の飛刀を投擲する。

「さっきからお前は僕のやる気を削ぐことしかしないね」

 ナーレンダは手を払うように振るい、前方の広範囲にこぶし大の火球をばら撒く。カイラシュを巻き込むように。

(……またやり始めた)

 ぷちっとサヴィトリの中で何かが切れる音がした。

 十分しか猶予がないと知っていてどうして真面目にやらないのか。

 サヴィトリは呼吸を整え、氷の矢をつがえた。
 凍らせるのではなく、すべてを貫き、あらゆるものを凍結させるイメージを矢に乗せる。
 サヴィトリの願いに応じるように氷の矢が膨れ上がる。

「全員凍って砕け散れっ!!」

「え?」
「え?」
「え?」

 サヴィトリは腹の底から吠え、氷の矢を放った。前の戦いの時ほどの勢いはないが、それでも普段の数倍は大きく、まばゆい白光を放つ氷の矢がまっすぐにつき進んでいく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

乙女ゲームの世界に転移したら、推しではない王子に溺愛されています

砂月美乃
恋愛
繭(まゆ)、26歳。気がついたら、乙女ゲームのヒロイン、フェリシア(17歳)になっていた。そして横には、超絶イケメン王子のリュシアンが……。推しでもないリュシアンに、ひょんなことからベタベタにに溺愛されまくることになるお話です。 「ヒミツの恋愛遊戯」シリーズその①、リュシアン編です。 ムーンライトノベルズさんにも投稿しています。

俺様外科医の溺愛、俺の独占欲に火がついた、お前は俺が守る

ラヴ KAZU
恋愛
ある日、まゆは父親からお見合いを進められる。 義兄を慕ってきたまゆはお見合いを阻止すべく、車に引かれそうになったところを助けてくれた、祐志に恋人の振りを頼む。 そこではじめてを経験する。 まゆは三十六年間、男性経験がなかった。 実は祐志は父親から許嫁の存在を伝えられていた。 深海まゆ、一夜を共にした女性だった。 それからまゆの身が危険にさらされる。 「まゆ、お前は俺が守る」 偽りの恋人のはずが、まゆは祐志に惹かれていく。 祐志はまゆを守り切れるのか。 そして、まゆの目の前に現れた工藤飛鳥。 借金の取り立てをする工藤組若頭。 「俺の女になれ」 工藤の言葉に首を縦に振るも、過去のトラウマから身体を重ねることが出来ない。 そんなまゆに一目惚れをした工藤飛鳥。 そして、まゆも徐々に工藤の優しさに惹かれ始める。 果たして、この恋のトライアングルはどうなるのか。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

キズモノ令嬢絶賛発情中♡~乙女ゲームのモブ、ヒロイン・悪役令嬢を押しのけ主役になりあがる

青の雀
恋愛
侯爵令嬢ミッシェル・アインシュタインには、れっきとした婚約者がいるにもかかわらず、ある日、突然、婚約破棄されてしまう そのショックで、発熱の上、寝込んでしまったのだが、その間に夢の中でこの世界は前世遊んでいた乙女ゲームの世界だときづいてしまう ただ、残念ながら、乙女ゲームのヒロインでもなく、悪役令嬢でもないセリフもなければ、端役でもない記憶の片隅にもとどめ置かれない完全なるモブとして転生したことに気づいてしまう 婚約者だった相手は、ヒロインに恋をし、それも攻略対象者でもないのに、勝手にヒロインに恋をして、そのためにミッシェルが邪魔になり、捨てたのだ 悲しみのあまり、ミッシェルは神に祈る「どうか、神様、モブでも女の幸せを下さい」 ミッシェルのカラダが一瞬、光に包まれ、以来、いつでもどこでも発情しっぱなしになり攻略対象者はミッシェルのフェロモンにイチコロになるという話になる予定 番外編は、前世記憶持ちの悪役令嬢とコラボしました

処理中です...