俺(40歳成人男性)が魔法少女に?!

桃田正介

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1話 夢が叶った

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 もう、朝6時に目が覚めてしまう。
 40歳になった今、若い頃とは違って、2度寝をする体力もない。
 早めの朝食を終え、身支度を整えて7時半。
 毎日、毎日、スーツを来て、同じ道を通って、同じ会社に行って、同じ仕事をしている。家に着いて、ひと息つくころには21時や22時。
 会社と家の往復を繰り返し、仕事以外はコンビニ飯を食ってるか寝てるかだけだ。
 管理職に着任してからはずっとこうだ。年俸制になって残業代がつかなくなってから、こうやって会社の良いようにコキつかわれている。
 ただただ、生きるために金を稼ぐだけの毎日。
 そこにやりがいや生きがいは、もうない。

「はぁ……」
 
 今日も日が沈んだころ、誰もいないオフィスで、気がつけばため息がでていた。
 時間は20時半。そろそろ帰ろう。

「なんで若手より仕事してんだ俺……。まぁ、課長だから、仕方ないか」

 独り言はストレスの吐き方としては正しいらしい。そう“ある人”から教えてもらったんだ。
 自分が壊れないように、その教えに従って10年、今はすっかりいつものクセになっている。それは家に帰ると激しくなり、酒を飲むともっとひどくなる。

「くそっ! もう会社やめたい! 独身でずっと彼女もいない、家も車もない! なのに何で! 金がないんだ!」

 誰もいないリビングに、自分の声が木霊する。
 傍目からみれば、ひたすらに虚しい光景だろう。
 ……でも、俺は1人じゃない。

「はぁーー、舞ちゃぁん、俺はどうしたらいいんだ。競馬をやめたら金は貯まるのか? でも、日ごろの鬱憤を晴らす方法が、もうギャンブルしかないんだ。心から何かが楽しいって思えないんだ。君のグッズは揃えきった感あるし、他のアニメも面白くないし、情熱を向ける先がないんだぁ」

 フィギュアに向かって、そう助けを求める。
 ――小鳥遊 舞(たかなし まい)ちゃん。
 俺の初恋であり、人生を狂わせた女の子。そして、俺を救ってくれた人。
 彼女の職業は魔法少女。14歳。
 仕事で荒んだ俺の心に、君の活躍や言葉が染みた。放送が終わって10年経った今も、同人誌や過去作品を見ては癒やされている。
 ただ、君は中学生のまま年を取らないのに、俺はもうおっさんになってしまった。そこに次元の壁を感じては、死にたい気持ちになる。
 でも、心は出会ったあの頃のまんまだ。

「舞ちゃんと結婚したいぃーー、俺も魔法少女になって一緒に戦いたいおぉーー。部長の相手とか、部下のクレーム対応とか、そういうのもう嫌だよーー。俺も、俺だって! 一緒に宇宙を救ったりしたいよぉぉぉ!!」

 気がついたら泣いていた。
 今日は特にしんどかった。俺は悪くないのに、ひたすら謝罪と残業。周囲のヘマを俺がカバーしている。
 部長からは、君に期待している、という悪魔の言葉で仕事から逃げられない。部下からは、すがるような目で見られる。そして、俺は課長という名前がついてしまった。だから、逃げられないんだ。
 どこにも逃げられないまま、ここまで来てしまったんだ。
 思い返せば、若手のころから、そんなのばっかだった。誰よりも仕事をこなして、役職もないのにチームを指揮して、マネージメントの一部を任されて……。

「あぁぁぁあ! あーーーっ!」

 俺は生き方が下手なんだろうか。一生懸命働いているのに、それは素晴らしいことのはずなのに、どうしてこんなにも心が満たされないのか。俺は今、泣いているのか。 と、懊悩していた――そんな時だった。

「やぁ」

 聞き慣れた声がした。
 俺の最愛の人の横にいつもいて、いつも楽しそうで、可愛い見た目にもてはやされて、俺がいてもおかしくなかったポジションにいる奴。舞ちゃんを観ていたら嫌でもそいつが目に入るから、だから、間違えるはずはなかった。

「君はエントロピーって言葉を知ってるかい?」
「はぁ?」

 酒を飲み過ぎたんだろうか。
 ついに、俺はおかしくなってしまったのな。
 アニメの世界のキャラクターが、俺の目の前にいる。
 でも、なんでだ? なんでよりにもよって、舞ちゃんじゃなくて、魔法少女の横にいる淫獣なんだ?

「知ってるよ、そんなこと。俺、課長だもん。宇宙の話だろ?」

 せっかくだから返事してみた。
 何故か、不思議と俺は冷静だった。
 こうなったときのシュミレーションは、40歳になるまでの間に何度と繰り返してきたからだろう。

「じゃあ話が早いね」

 そいつはニッコリ笑った。リスのような見た目をした、白いモフモフ。俺はお前になりたかったんだ。いつも舞ちゃんの隣にいて、一緒に生活して……羨ましかったんだ。でも、それ以上に、俺は……。

「僕と契約してくれない?」
「おいおい、それってつまり……お前、俺に……」

 そいつの言葉に、少しの間うろたえた。
 しかし、迷いは無かった。

「いいよ。しよう」
「ありがとう! これで君は――」
 

――俺は、魔法少女になった。


 田中大二郎。(たなかだいじろう)
 40歳。
 独身の彼女なし。
 ハゲ。
 車も家もない、貯金0。
 趣味はアニメと競馬。
 職業、魔法少女。
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