シャッターを切るときは

七賀ごふん

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観察③

#3

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矢代の速い反応のおかげで、階段から転落せずに済んだ。
一瞬、本気で心臓が止まりそうになった。体勢を立て直し、彼に向き直る。

「あ……ありがと」

そもそもの元凶は彼にあると思うが、助けてもらったら一応お礼を言っとくべきだろう。
「……ふぅ。久しぶりにヒヤッとした」
矢代は秋の肩を引き寄せると、手すりから手を離した。
「お前が軽くて助かったよ。もう少し重かったら、片手じゃ支えられなかった」
「俺も軽いわけじゃないと思う、けど……」
別に体重なんてどうでも良かったのに、変に反論してしまった。

「とにかく、何もなくて良かった」

矢代は優しい顔で息をつく。さっきの一件さえなければ、本当に惚れ惚れしてしまいそうな表情だ。
無論、惚れたりなんてしない。今回の恨みは末代まで語り継ぐつもりだ。

「く……」

手すりを掴みながら少しずつ階段を降りて行く。だが歩く度に後ろが擦れて、嫌な感覚が抜けきらない。
まるでまだ彼のモノを入れられているような……そんな耐え難い妄想に駆られそうだ。

「秋、ひとりで帰れるか?」

後ろから掛けられた声に、振り向きはしないが一応答える。
「帰れなきゃしょうがないだろ」
「……そうだな。悪い」
舌打ちしたくなる。謝るなら最初からやるなと思ったが、もう文句を言う元気もなかった。
「くれぐれも気をつけて帰れよ」
矢代の言葉に秋は何も返さず、ゆっくり降りて行った。



「…………」

沈黙。鳴り響いていた靴音が止んだ時、矢代は秋が無事に下へ降りたことを悟った。
しかし彼は未だ最上階の踊り場で立ち尽くしている。
もちろん格好を直して、誰と会ってもいいようにしているが。

……さて。

矢代が取り出したスマホの画面には、先程の乱れた秋の姿が映っていた。さっきの行為中に後ろから撮ったものだが、彼の感じた表情まで綺麗に映し出されている。
これは我ながらナイスショットだ。
もっとも、秋は行為に精一杯で撮られていたことには全く気付いてない様子だったけど。

いつも誰かを撮ることに夢中だから、自分が撮られる可能性に思い至らないんだろう。
隠れながらこそこそ撮るなら小学生でもできる。大事なのは、相手に自分を認識させて、如何に気付かれずに撮るか。

「やっぱり……綺麗だな」

矢代はスマホの画面にキスをして、大事そうに内ポケットに仕舞った。





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