強く、踏み込んで

七賀ごふん

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真夏日

#8

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「大丈夫だ。……どこにも行かないから」

頭を撫でる、温かい掌。
帷が優しく受け入れてくれた時、再び涙が零れた。手を繋いだまま、彼の胸に額だけあてる。
狭い玄関で立ち尽くし、名前のない時間を過ごした。



「迎」

一時間ほど経っただろうか。
明かりを消した居間に戻り、互いに背中を向けてベッドで寝ていた。もう入眠したと思った帷が、突然俺の名前を呼んだ。

「……ん?」
「俺も、ずっと頭の中とっ散らかってる」

彼は「家の中もぐちゃぐちゃだけど」と苦笑混じりで付け足した。

当然だ。恐らく、お母さんが亡くなってからそう日が経ってないのだろう。
精神的にまいっている。このアパートの前で座り込んでいた時も、きっとお母さんのことを思い出していたんだ。

なのに全然力になれていない。むしろ助けてもらってばかりだ。

「ごめん、帷」

自分が許せない。悔しくて情けなくて、歯ぎしりした。

「いっぱいいっぱいな時に、こんな……無理に引き留めて」

段々思考の糸も解けて、気持ちが落ち着いてきた。勢いよく上体を起こし、隣で寝ている帷に向き直る。
「そ、そうだ。悪い、すぐタクシー呼ぶ」
家に帰さないなんて、ほとんど拘束してるようなもんじゃないか。急いでテーブルに置いてるスマホを取ろうとすると、後ろから腕を掴まれた。

「帷?」
「眠いんだ。このまま泊まらせてくれないか」
「で、でも。自分の家の方が、落ち着いて寝られるだろ?」
「家じゃ眠れないんだよ。……色々考えちゃって」

帷の声は低く、抑揚がない。疲労がたまってることは容易に想像できた。
でも、だからこそ申し訳ない。そんな時に家に呼んで、ご飯を作ってもらってたんだから。

けど帷は、俺の思考も全て読み取っていた。

「迎。変なこと考えるなよ」
「変なことって?」
「俺に罪悪感とか覚えてそうだから」

帷は苦笑し、静かに息をついた。

「実際はお前に会えて、すごく楽になった。飯作るときは何もかも忘れられるし……こうして独りで夜明かさずに済むのも、内心ホッとしてんだ」

彼は手を離すと、俺の背中に寄りかかった。重いけど心地良い。独りじゃないと安心できる重さだった。
こんな俺でも、支えることができる人がいる。そう感じられる重さた。

なんて有り難いんだろう。

「独りの夜って悪いことばっか考えるだろ?」
「……そうだな」

帷の言葉に頷く。確かに、夜は恐ろしい。昼間のポジティブどこ行った? って訊きたくなるほど、不透明な未来に押し潰されそうになる。

誰にも助けを求められない。その事実だけで、息が止まりそうになる。

「帷……マジで帰んなくていいの?」
「あぁ。むしろ帰りたくないから、泊まらせてくれ。頼む」

帷はややげんなりした顔で答えた。もう家よりここの方が居心地良いんだ、と頭を押さえている。

「そっか。……ありがとう」

スマホをテーブルに置き、笑いかけた。
優しい彼のことだから、俺を気遣って無理してるんじゃないか。それだけが心配だったが、すっかり寛いでる帷を見てホッとした。

ここが彼の第二の安息の地になるなら、そんな嬉しいことはない、

「帷、俺さ……信じられないと思うけど、今までは何でも器用にこなしてたんだよ」

心の状態が部屋に現れると言うけど、まさにそれだ。片付かないこの部屋は、現状維持しようと殻にこもる俺を表している。

「でも、ちょっと転んだらがたがたに崩れた。独りになるまで、自分がこんな弱いと思わなかった」

帷は少し考えて、「お前だけじゃない」と呟いた。

「……弱いのは皆同じだよ」

帷は俺の隣に移動し、微笑んだ。
電気も点けてない、真っ暗な部屋。窓から射し込む月明かりだけを頼りに見つめ合う。

「独りになってようやく、誰かと一緒にいたいと思うんだ。だから俺らは、良いタイミングで会えたんじゃないの?」
「はは。……そうかも」

淡々と生活できてるようで、実はずっと温もりを求めていたんだ。
でも指摘されなければ気付かなかった。帷が優しく寄り添ってくれたから、独りの怖さも、繋がりの大切さも実感できた。

彼には感謝しかない。

「ありがとう、帷」
「お互いさまだろ。声掛けてくれてありがと、……迎」

帷は嬉しそうに目を細める。その目元は、わずかに光って見えた。

彼も泣いてるんだろうか。手を伸ばして確かめようとしたが、やめた。
泣きたいときは思いっきり泣けばいいんだ。さっき俺が泣かせてもらったみたいに。

夜は安心できる人の傍で、疲れるまで泣けばいい。
そしたらいつの間にか眠って、眩しい朝が来る。

────大丈夫。

明日からは俺が、帷を笑顔にする。


横になり、瞼を伏せる。夢の世界に傾くまで、迎は心に強く誓った。





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