強く、踏み込んで

七賀ごふん

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時々雨

#3

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「あれ。迎、免許とんの?」
「うん」

大学で教本を広げたのは初めてだったから、仲のいい友人が話しかけてきた。
松川という同じ一年の青年は、興味深そうに隣の席に座った。

「いーなー。俺もとりたいけど、親が自分の金でとれって。だからバイトして金貯めないと」
「そっか。合宿なら費用も抑えられるんだけどな。夏休みにとってきたら?」
「あぁ、それいいかも! ついでに可愛い女の子と連絡先交換して、仲良くなって……!」
「それは夢見すぎ」

苦笑して、必要な箇所に赤線を引く。しかし松川はテンションが高く、色々訊いてきた。
「しょうがないだろー。サークルやバイト以外で知り合うとなると、やっぱ限られるし。てか、教習所はどう? 気になる子とかいなかった?」
「気になるっていうか……そもそも、知り合いでもいなきゃ他の学生と喋る機会なんてないよ」
俺が真面目に通っていた時は、いつもぎりぎりで教室に入り、終わったらさっさと帰る。空き時間は休憩所で勉強したりしてたから、誰かと話す機会も必要もない。

「ひとりで入学したらマジで孤独。でも困らないけどね。高速教習だけは一緒に乗る子と仲良くなったりしたけど、それが限界」
「マジかー……全然青春できないじゃん」
「だから、青春する場所じゃないから諦めろ。教習所ってのは教官に心をへし折られる場所なんだよ」

実際俺も車停めさせられて、しばらく路肩で説教されたことがある(※ちなみにショック過ぎて何について説教されたのか一ミリも覚えてない)。

免許とって車を運転するということは、リスクと責任が伴う。
下手したら人の命を奪うのだから。下心を持って挑むなんて論外だ。

と、松川には言ったが……今の俺が教習所に通うのは、まさに幸耶という存在がいるからで。窘めておきながら、自分の最低さに辟易した。

マジで反省しろ俺。卒業することも、免許をとることも人生のワンステップでしかないんだ。そこに帷という動機を当てはめてはいけない。

「そうか~。就活前のメンタルトレーニングだな。とりあえず頑張れよ」
「おう、サンキュー」

肩を叩き、松川は去っていった。
メンタル補強されるのは間違いない。バイトしたことがない者は、恐らく最初にぶち当たる社会の壁だろう。 

教習所って不思議な場所だ。年齢も立場も違う人達が集まって、黙々と勉強する。その目的も様々で、卒業したらまるで違う道へ向かっていく。高校や大学と同じぐらい、幅広い未来を描く場所な気がした。

俺達が学ぶのはルールと技術。身につけるのは咄嗟の判断力。
それがないと運転してはいけない。
何よりも大事なのはルールを守ること。その「当たり前」が、ハンドルを握るととてつもなく重い。

ルールを守ってたって巻き込まれることはあるし……車に乗ること自体、本来は非日常と思った方がいいのかもしれない。

ある日突然人生がひっくり返される。

俺も幸耶も、それを痛いほど知っている。

教本を閉じ、椅子を引く。天井を仰ぎ、深く息をついた。

幸耶……。

苦しいよな。
車で大事な人を失ってなお、免許をとろうと頑張るのは。

不安と恐怖、葛藤が付き纏い、正常な判断を鈍らせる。
誰かを傷つけるかもしれないと思う度、息が苦しくなるのだ。

ギアを変えることができず、俺は一度車から降りた。
もう乗ることはできないと思っていたけど……。

「よし。続きやろ!」

幸耶の覚悟が俺の背中を押す。何度倒れそうになっても、その度に手を差し伸べてくれる。

強くて優しい青年を想い、ペン先を滑らせる。そして、今夜のご飯を予想しながら密かに笑った。





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