強く、踏み込んで

七賀ごふん

文字の大きさ
30 / 51
時々雨

#10

しおりを挟む



「風月。ハンバーグ、洋風と和風どっちがいい?」

ちなみにおろしポン酢かデミグラスソースな、という声が台所から聞こえた。
洗濯物を畳みながら、再び訪れた幸せに深く息をつく。
「デミグラスで頼む!」
「了解」
幸耶が家に来るようになり、また一週間が過ぎた。
大学は夏休みに入り、幸耶は教習所に行く日が増えた。もう高速教習も終えたので、あと数回実技教習を受ければ卒検だ。

早いなぁ。俺が通ってた時、こんなにあっという間だったっけ。

三カ月不登校してたからボケてるのかもしれないけど、幸耶の進み具合の速さにビビってしまう。
俺も幸耶も無事に卒業できたら万々歳。だけど……心のどこかで、その時が来るのを恐れている。

「いただきまーす」
「召し上がれ」

幸耶が作った美味いご飯を食べて、二人で勉強して、ゲームして。彼と出会ってから、ある意味毎日が夏休み。
今まで手をつけなかった家計のことや、将来のことを考え始めていた。

「幸耶はさ……マジで将来就きたい仕事ないの?」
「今のところはな。でも、できれば手堅い方にいきたいな。若い時に金貯めて、老後はのんびりしたい」
「もう老後のこと考えてんのか。早いなー」

確かに、二十歳を過ぎたら後は老いてくだけと言う。ても二十代はまだピチピチ世代だと思うし、仕事も大事だけどいっぱい遊ぶべきな気もする。

難しい……とりあえず一年生だからとうかうかしないで、自分が進みたい業界ぐらいは考えとくか。
幸耶が作ってくれたハンバーグは、やっぱり店で食べるのと同じぐらい美味かった。

「風月はどう? なりたいものある?」
「なりたいもの……働かないでいい金持ち」
「アホ。職種を訊いてるんだよ」
 
食後、テーブルに問題集を広げていたが、集中力が切れてしまった。最近人気のお笑い動画を見ながら、左手を握ったり開いたりする。

「職種……うーん……まぁ計算は嫌いじゃないし、技術系も良いかも。それこそ車関係とか」

今までは絶対ないと思ってたけど、考えが変わってきている。そのことに自分自身も驚いた。
幸耶は目を丸くし、コーヒーを淹れる。
「……そうか。もしかして作る方?」
「まだ全然考えてないよ。……でも、よく考えたら免許持ってなくても作る側に回れるのか」
それもいいな、と言って手を開いた。

「うん。……ところでさっきから何してんだ?」
「しばらく乗ってないからクラッチ忘れないようにしてんの。あ~あ、運転は好きだけど試験が憂鬱」
「あぁ、お前マニュアル選んだのか。そりゃ大変だ」
「え、幸耶ってオートマなの?」
「当たり前だろ。乗りたい車がマニュアルなら仕方ないけど、そうじゃなきゃ売ってんのもオートマばっかなんだし。年取った時なんか絶対オートマしか乗りたくないと感じるぞ」

うは。びっくりするぐらいの模範解答が返ってきた。

「レンタカーでも何でも、もう全然マニュアル車に出会わないよ」
「幸耶、マニュアルにロマン感じないのかよ。あのめんどくささが良いんだろ」

エンストした時は恥ずかしいけど。隣に彼女を乗せてたら、ドン引きされること間違いなしだ。
「風月は案外形から入るっていうか……体裁を気にするよな」
「う、うるさいな! いいだろ別に!」
幸耶が子どもを見るような目で見てきたから、必死に言い返した。

くそ、恥ずかしい。こっちが意地張ってるみたいになって、顔が熱かった。

「ははっ。ま、頑張れよ。さっさと免許とって、大学の方に集中しないと」
「……あぁ」

そう。
だけど、どうしても暗くなってしまう。
せっかく幸耶と一緒にいられるようになったのに。……終わりが来てしまうことを考えたら。

「……」

幸耶は静かにコーヒーを飲んでいたが、急になにか思い出したように指を鳴らした。

「風月、明日の夜って暇?」
「うん? ええと……あ、暇」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>

はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ② 人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。 そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。 そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。 友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。 人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!

クリスマスには✖✖✖のプレゼントを♡

濃子
BL
ぼくの初恋はいつまでたっても終わらないーー。 瀬戸実律(みのり)、大学1年生の冬……。ぼくにはずっと恋をしているひとがいる。そのひとは、生まれたときから家が隣りで、家族ぐるみの付き合いをしてきた4つ年上の成瀬景(けい)君。 景君や家族を失望させたくないから、ぼくの気持ちは隠しておくって決めている……。 でも、ある日、ぼくの気持ちが景君の弟の光(ひかる)にバレてしまって、黙っている代わりに、光がある条件をだしてきたんだーー。 ※※✖✖✖には何が入るのかーー?季節に合うようなしっとりしたお話が書きたかったのですが、どうでしょうか?感想をいただけたら、超うれしいです。 ※挿絵にAI画像を使用していますが、あくまでイメージです。

邪魔はさせない

春夏
BL
【完結しました】 病棟で知り合った2人。生まれ変わって異世界で冒険者になる夢を叶えたい!

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

【完結】俺とあの人の青い春

月城雪華
BL
 高校一年の夏、龍冴(りょうが)は二つ上の先輩である椰一(やいち)と付き合った。  けれど、告白してくれたにしては制限があまりに多過ぎると思っていた。  ぼんやりとした不信感を抱いていたある日、見知らぬ相手と椰一がキスをしている場面を目撃してしまう。  けれど友人らと話しているうちに、心のどこかで『椰一はずっと前から裏切っていた』と理解していた。  それでも悲しさで熱い雫が溢れてきて、ひと気のない物陰に座り込んで泣いていると、ふと目の前に影が差す。 「大丈夫か?」  涙に濡れた瞳で見上げると、月曜日の朝──その数日前にも件の二人を見掛け、書籍を落としたのだがわざわざ教室まで届けてくれたのだ──にも会った、一学年上の大和(やまと)という男だった。

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

処理中です...