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しおりを挟む「ミスター、冥王様からのお達しです。今夜の宴の為に、人間の美男美女を連れてくるように、と」
「あれ……。一昨日厳選して十五人連れてきたばかりだけど、おかしいな。とうとうボケたとか……?」
「いいえ、正気です。その十五人はあまり好みではなかったらしく、全員昨日のうちに下界に帰してます」
太陽の光が一切届かない闇の世界、冥府。生者が入ることは決して許されないこの地に、ここ最近では生きた人間が行き来している。
理由はひとつ。長らく仕える主、冥王の遊宴によるものだ。
本来であれば亡者の魂を導く厳格で冷徹な王のはずだが、俺が仕える冥王は享楽主義で、酒と美人(男女問わず)を求める最低最悪の変態野郎だった。
彼は生きた人間の熱を何よりも欲し、俺達従者に拐かすように命じた。彼に骨抜きにされた者はこの冥府に残り、そうでない者は記憶を消されて下界に帰る、というしょうもない状況が続いている。
もっとも、今までここに残った人間はひとりだけだ。洗脳されてるわけでもないのにどっかり居座っている、物好きな青年。
「お、天使ちゃん。今日も不機嫌そうだね」
冥王の城の中枢にある、天井の高い檻にワゴンを押しながら入った。檻と言っても格子の先にある大部屋は常に扉が開け放たれており、好きに出入りできる。中は家具が揃っており、少し暗い以外は快適に過ごせる。
この人間の青年に三食届けることも俺の業務の一環だ。
現状、俺は貪欲な冥王にこき使われている。
「今日も肉か」
「嫌ですか? ベジタリアンじゃないでしょう?」
「ベジタリアンじゃなくても野菜は食べたいよ」
そういうものなのか。自分は食事なんて必要ないから知らない。
というか、人間に対する知識そのものが少ない。ここにくる人間は、皆既に死んでいるから。
「それなら今度地上に行く時は野菜も買ってきます。奥様」
「ああ、嬉しい。……けど奥様って呼ぶのだけはやめてくれないか。本気で鳥肌が立つ」
艶のある黒髪と、健康的な肌。たまたま訪れた国で見つけたが、サラリーマンというやつらしい。彼は青ざめながら自分の腕をさすった。
「でも冥王は旦那様で、貴方は彼の妻だから奥様ということになるんですよ」
「いや男だし。百歩譲って愛人だろ。あと俺にはアケミっていう名前があるから、そう呼んでほしいな」
彼はステーキを口に運びながら、横目に見てきた。
「アケミ様」
「おお、そうそう。ありがと♪」
たったそれだけのことで彼は満面の笑みを浮かべ、ワインをあおった。
何が嬉しいのかさっぱりだが、彼の落ち着きようが異常ということだけは分かる。
「アケミ様は人間界に帰りたいと思わないんですか?」
「俺を連れ去った張本人がそれを訊くのか……」
「すみません、命令でしたので……でも生きてる貴方には拒否権がある。一言でも帰りたいと言えば、旦那様は帰してくれますよ」
ところが、彼は少し考えてから肩を竦めた。
「心配してくれてありがと。でも俺、ここ結構気に入ってるんだよね。黙ってても食事は出るし、仕事に行かなくて済むし。何だかんだ、その冥王サマは手を出してこないし?」
「気が移ろいやすい方ですからね。今夜も端麗な人間を連れ去るように、とのお達しです」
「マジか。性欲オバケじゃん」
「でも、きっと明日には誰もいませんよ。もうずっと、そんな宴が開いてます」
ただ酒を飲み交わし、大騒ぎするだけの遊宴。冥王は権力を私利私欲につかっているが、遊んで帰れる人間達もある意味役得だ。最初こそ恐れ戦きパニックに陥るが、城内の絢爛豪華な宴が始まった途端、皆大はしゃぎする。それで次の日には自分の家に帰っているのだ。彼らの身近にいる物は、一晩限りの神隠しと思うだろう。
「そ。じゃあ天使ちゃん、今日も人間を誘拐してくるんだ」
「ええ……まあ」
頷き、窓際に寄りかかる。彼は食べるペースが早く、あっという間に皿を空にした。これだから、後で下げに来るよりここで待ってた方が好都合に思える。
まだ若いのに、……若いからか、怖いもの知らずで明るい。この暗い城を照らす、唯一の灯火のようだ。
「……口にソースついてますよ」
「あ、サンキュー」
彼はナプキンで口を拭うと、何故かこちらを見てにやにや笑った。なにかと思っていると、自身の膝に頬杖をつき、頭を軽く傾げる。
「時々は笑うんだな。そうやって笑うとすごい可愛い」
どこか安心したような、なにかを見守るような視線だった。
こういうの何て言うんだっけ。昔はよく聞いた気がするんだけど、思い出せない。
覗いても闇しか見えない窓に手をかけると、彼も隣にやってきた。
「ね、冥王サマの好みのタイプってどんなん? 俺をここに残してくれたってことは、俺の顔もタイプって認識で良いのか?」
「そうじゃないですか?」
「適当だなぁ」
「主の嗜好や性癖なんて知りたくありませんよ。でもまぁ……俺が連れて行こうと思った辺り、貴方は綺麗なんじゃないですか」
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