28回の後悔

おまめ

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12/19 Ⅰ

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朝起きると、天気も良いし出掛けようと誘われた。断る理由もないので頷いたが、昨日からの元気の無さが気になって、つい聞いてしまった。
「え?元気だよ?気のせい気のせい~」
と笑って誤魔化された。

いつものように支度をして、玄関の姿見を見て気付いた。数日前の私とは大違いで、おしゃれになっている。髪も、顔も、服も、前とは段違いだ。そして、私をこんなに変えてくれたのは
紛れもなく竜斗だ。
「竜斗」
「はい?」
「ありがとう」
「ど、どういたしまして?」
竜斗は困惑しながらも笑って、私の頭をワシャワシャとかき乱した。
「さ、行こ。ちょっと遠出になるけど」
「うん」

電車からバスに乗り継いで、しばらく揺られていると、どうやら海を渡っているようだった。
「だいぶ遠いね」
「俺の好きな場所でさ。気に入るといいけど」

その後はダラダラと喋り続けた。というか、一方的に聞かれ続けた。子供の頃の話とか、好きな食べ物とか、色とか。竜斗と関わったお陰で好きなものはなんとなく思い出せた。小学3年の夏休みにメダカの世話を押し付けられて、放ったらかしもあれだからちゃんとお世話してたら二回りほど太らせてしまった話はかなり笑われた。

着いた。
バスを降りると心地よい風が吹いた。
遠くに海が見える。
「ちょっと歩いたところに俺が…一番長く住んでたところがあって。いい場所だよ」
微笑む竜斗を横目に、私は遠くで光る海を眺めていた。綺麗だ。こんな気持ちも久しぶり。
時計は見てないけど、多分、5分くらい。あまりにも目を奪われて動けなかった私にしびれを切らしたのか、竜斗は私の手を引いて歩き始めた。
「もっと近くで見れるよ」
「海って遠くから見たほうが青くて綺麗だよ」
「あるじゃん、音とか風とかさぁ」
ちょっと不貞腐れてる。歩くの早い。
「パンケーキ」
「え?」
「ふわっふわの。食べたくないの?」
「食べたい」
勢いよく答えたらクスッと笑って、歩くスピードを落としてくれた。手の繋ぎ方も優しい。 

海の見える坂道の途中に店はあった。入ると甘い匂いが漂った。
オーシャンビュー。
「俺チョコにしようかな」
「じゃあイチゴ」
「シェアする?」
「うん」
空と海の境目をボーっと見つめているうちにパンケーキはぷるぷるしながら運ばれてきた。
「うわ……」
「うまそー…」
3枚だったので1枚交換した。イチゴソースとチョコソース。ふわっふわ。
「おいし~…来てよかった」
「連れてきてよかった~」
ペロッと食べ終わってしまった。悲しい。
「まさかこれだけとは言わないですよね」
「言いませんよ。さぁ行きましょうか」

次にやってきたのは静かな住宅地だった。しかも裏道っぽい所。雑草が生い茂る。
「どこ行くの…」
「まぁ安心して」
怖い怖い。
薄暗い裏道を抜けて、辿り着いたのはもう使われていないような公園だった。古いブランコに、錆びた滑り台。寂しい砂場。木々の間から海の青い光が漏れる。
「こんな放ったらかしにされるものなの?」
「多分今でも子どものたまり場だよ。大人が知らない秘密基地的な。そっちに民家あるし。でね」
竜斗が指差した方向に、まつはらと書かれた看板があった。
「目的はあそこ。穴場中の穴場、なんと美味しいおにぎりが食べれます」
「おにぎり…?こんなところに…?」
「オススメは日替わり海の幸にぎり」
「なにそれ美味しそう」
「おばちゃーん来たよー」
どうやら店になっているのは民家の庭で、竜斗は家の奥に声をかけた。はぁいと返事して、パタパタと足音が近づく。
「はいはい、って竜ちゃんかい…!?よく来たねぇ」
「久しぶり。おにぎりくださーい」
「良かったねぇ、今日は竜ちゃんの好きな漬けマグロだよ」
「やったぁ!俺これが一番好きー」
「そこの女の子も同じのにするかい?」
「あっはい、お願いします」
「じゃあちょっと座って待ってな」
おばちゃんはパタパタと中に戻っていった。手入れされた庭は何だか落ち着く。
「子供の頃からよく来ててさ。公園で遊んだ帰りに、ここに寄って」
「へぇ…」
と返した所、奥からおばちゃんの声が響いた。
「そういや竜ちゃーん、その娘は?彼女?」
「んーそんなかんじー」
「えっ」
「ここに実家があって家族がいるわけでもないけど、近所の人は結構気にしてるみたいで…ごめん」
「いや、いや別に…その気持ちは分からんでもないし…今回はそーゆーことにしとく」

しまった、べらべらと喋ってしまった。後から恥ずかしい。恐る恐る竜斗の方を見ると驚いた顔が、徐々にニヤけていった。
見なきゃ良かった。
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