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第一話
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「多っ」
思わず漏れた声は誰にも聞こえなかったようだ。
3号館の201教室は、300人は優に収容できる教室だ。4月の前半ということもあって、そのほとんどが学生で埋まっていた。
後列はほとんど埋まっていたので、仕方なく前から3番目の列の、一番端の席に座った。
普段なら開始数分前に教室に入ったとしても、誰かが席を取っていてくれたりするのだが、生憎この授業を取っている友達は誰もいない。
教科書とペンケースをリュックサックから取り出す。面白味のない『宗教学入門』とでかでかと書かれた表紙をめくる。
先週、季節遅れのインフルエンザに罹ってしまい、全ての授業を休んでしまった。
また、この授業はレジュメがネット上に上がっていないので、先週何をやったのか全く分からない。
パラパラと教科書をめくりつつも、多分、先週はオリエンテーションで終わったんだろうな、とぼんやりと物思いにふけっていた。
だから、声を掛けられるまで側に人が立っていることに気付かなかったのだ。
「あの」
「はい!」
声を掛けられ、思わず上ずった声が出てしまった。
「隣、いいですか?」
「あ、はい」
隣に座って来たのは、髪を茶色く染め、ゆるくパーマをかけている、すこしチャラそうな感じの男子学生だった。
彼はガサゴソとトートバックを漁ると、ふと動きを止めた。そして、こちらに顔を向けた。
「すいません。教科書忘れちゃったんで、一緒に見せてもらってもいいですか?」
「あ、はい」
僕は反射的にそう答えていた。そしてすぐに、後悔した。
彼のようなタイプのやつとは普段つるんでいないし、なんなら苦手意識すらあるので、できるだけ関わりたくはなかった。
まあ、言葉使いはそんなにおかしくないし、教科書を見ようと思う心意気はあるのだからそんなにヤバいやつではないだろうな。僕はそう思うことにした。
だから、なるべく何事もなく90分を終えようと思っていたのに、そうはさせてはくれなかった。
「1年生ですか?」
「いや、2年です」
「あ、俺も2年です。え、学部ってどこですか?」
「法学部です」
「え、俺も! 奇遇ですねー」
妙になれなれしい感じがするが、それは僕がいわゆる陽キャではないからそう感じるだけかもしれない。
始業のチャイムが鳴ったので会話はそこで終了した。意外にも、授業はちゃんと聞くタイプのようだった。
予想通り、先週はオリエンテーションのみだったようで、配られたレジュメは教科書の第一章の内容からだった。
90分を終え、荷物をまとめていると、彼が一枚の紙を差し出してきた。
「これ、先週のレジュメ。良かったら写真撮っときます?」
確かにそれは、『第一回』と印刷された先週のレジュメだった。
なぜ僕が先週のレジュメを持っていないことを知っているだろう、という疑問で頭がいっぱいになっていると、
「いや、なんか先週言ってた内容メモってるのが見えたから、もしかしたら持ってないのかなって思って」
そう、彼が説明した。
「あ、はい。そうです。あ、ありがとうございます」
詰まりながらも、僕はそう言い、ありがたく写真を撮らせてもらうことにした。
だが、内心は少し薄気味悪く思っていた。
観察力が、少し怖い。
まあ、こういうタイプはそういうことに長けているのだろう。僕はそう納得させることにした。
それから一週間後。まだ出席率が高いことが頭から抜け落ちており、僕は再び前列に座ることになってしまった。
先週はここに座ったせいで陽キャに絡まれてしまった……。
そんなことを思っていると。
「あっ」
また顔を合わせてしまった。そのままスルーするのも何なので、僕は口を開いた。
「先週はどうも」
「いやいや、こちらこそ。助かりました」
そう言って、彼は流れるようにまた僕の隣の席に座った。
「あ、俺、飯塚翔っていいます。飛翔の翔でカケル」
本格的に関係を築きたいのかなんなのか、彼は自己紹介を始めてしまった。
こうなれば仕方がないと、僕も名乗る。
「和泉健っていいます。健康の健でタケル」
同じように名乗ると、飯塚翔は目を見開いた。
「名前似てますね! 最初と最後、同じだ!」
何がそんなに嬉しいのか、彼ははしゃいだようにそう言った。
「ていうか、同じ学年なんだからタメでよくないっすか?」
同じテンション感のまま、そう言われてしまい、僕は勢いに負けてしまった。
「え、あ、はい」
「じゃあ、俺、和泉くんって呼ぼう」
何なら呼び方まで決められてしまった。
彼との会話はすべて彼が主導権を握っている。
陽キャって凄いなと、僕は心底そう思った。
思わず漏れた声は誰にも聞こえなかったようだ。
3号館の201教室は、300人は優に収容できる教室だ。4月の前半ということもあって、そのほとんどが学生で埋まっていた。
後列はほとんど埋まっていたので、仕方なく前から3番目の列の、一番端の席に座った。
普段なら開始数分前に教室に入ったとしても、誰かが席を取っていてくれたりするのだが、生憎この授業を取っている友達は誰もいない。
教科書とペンケースをリュックサックから取り出す。面白味のない『宗教学入門』とでかでかと書かれた表紙をめくる。
先週、季節遅れのインフルエンザに罹ってしまい、全ての授業を休んでしまった。
また、この授業はレジュメがネット上に上がっていないので、先週何をやったのか全く分からない。
パラパラと教科書をめくりつつも、多分、先週はオリエンテーションで終わったんだろうな、とぼんやりと物思いにふけっていた。
だから、声を掛けられるまで側に人が立っていることに気付かなかったのだ。
「あの」
「はい!」
声を掛けられ、思わず上ずった声が出てしまった。
「隣、いいですか?」
「あ、はい」
隣に座って来たのは、髪を茶色く染め、ゆるくパーマをかけている、すこしチャラそうな感じの男子学生だった。
彼はガサゴソとトートバックを漁ると、ふと動きを止めた。そして、こちらに顔を向けた。
「すいません。教科書忘れちゃったんで、一緒に見せてもらってもいいですか?」
「あ、はい」
僕は反射的にそう答えていた。そしてすぐに、後悔した。
彼のようなタイプのやつとは普段つるんでいないし、なんなら苦手意識すらあるので、できるだけ関わりたくはなかった。
まあ、言葉使いはそんなにおかしくないし、教科書を見ようと思う心意気はあるのだからそんなにヤバいやつではないだろうな。僕はそう思うことにした。
だから、なるべく何事もなく90分を終えようと思っていたのに、そうはさせてはくれなかった。
「1年生ですか?」
「いや、2年です」
「あ、俺も2年です。え、学部ってどこですか?」
「法学部です」
「え、俺も! 奇遇ですねー」
妙になれなれしい感じがするが、それは僕がいわゆる陽キャではないからそう感じるだけかもしれない。
始業のチャイムが鳴ったので会話はそこで終了した。意外にも、授業はちゃんと聞くタイプのようだった。
予想通り、先週はオリエンテーションのみだったようで、配られたレジュメは教科書の第一章の内容からだった。
90分を終え、荷物をまとめていると、彼が一枚の紙を差し出してきた。
「これ、先週のレジュメ。良かったら写真撮っときます?」
確かにそれは、『第一回』と印刷された先週のレジュメだった。
なぜ僕が先週のレジュメを持っていないことを知っているだろう、という疑問で頭がいっぱいになっていると、
「いや、なんか先週言ってた内容メモってるのが見えたから、もしかしたら持ってないのかなって思って」
そう、彼が説明した。
「あ、はい。そうです。あ、ありがとうございます」
詰まりながらも、僕はそう言い、ありがたく写真を撮らせてもらうことにした。
だが、内心は少し薄気味悪く思っていた。
観察力が、少し怖い。
まあ、こういうタイプはそういうことに長けているのだろう。僕はそう納得させることにした。
それから一週間後。まだ出席率が高いことが頭から抜け落ちており、僕は再び前列に座ることになってしまった。
先週はここに座ったせいで陽キャに絡まれてしまった……。
そんなことを思っていると。
「あっ」
また顔を合わせてしまった。そのままスルーするのも何なので、僕は口を開いた。
「先週はどうも」
「いやいや、こちらこそ。助かりました」
そう言って、彼は流れるようにまた僕の隣の席に座った。
「あ、俺、飯塚翔っていいます。飛翔の翔でカケル」
本格的に関係を築きたいのかなんなのか、彼は自己紹介を始めてしまった。
こうなれば仕方がないと、僕も名乗る。
「和泉健っていいます。健康の健でタケル」
同じように名乗ると、飯塚翔は目を見開いた。
「名前似てますね! 最初と最後、同じだ!」
何がそんなに嬉しいのか、彼ははしゃいだようにそう言った。
「ていうか、同じ学年なんだからタメでよくないっすか?」
同じテンション感のまま、そう言われてしまい、僕は勢いに負けてしまった。
「え、あ、はい」
「じゃあ、俺、和泉くんって呼ぼう」
何なら呼び方まで決められてしまった。
彼との会話はすべて彼が主導権を握っている。
陽キャって凄いなと、僕は心底そう思った。
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