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カサブランカ
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『こちらなんていかがでしょうか』
目の前に揺れる白い花。名前はなんだっけ、今この花を持ってきてくれたお姉さんが説明してくれたはずなんだけど思い出せない。いや、正しくは聞いてなかったんだな、お姉さんが可愛くて見惚れていた。
『ありがとうございます』
クールなフリをして代金を支払い花を受け取る。何が「彼女に贈る」だ。もうかれこれ数年は彼女なんてできたことが無いのに。
ここひと月、何かと理由をつけては花を買いにいている。ライブのノルマを払うのもやっとの生活の癖に彼女に会いに花を買っている。
これと言った進展はない、だがそれでいい。どうせ関係を深めても、いずれ壊れてしまうから。
『いい加減まともな仕事探しなよ』
初めての彼女はそう言ってアパートを出て行った。仕事をしていないわけではなかったが日雇いや短期のアルバイトをしてはバンドの練習や機材、ノルマの支払いに消えたので生活費は彼女持ちだった。
今考えれば大学時代から付き合って、同棲をしたものの大学卒業後は彼女も就職して働いている中自分は大学時代と同じような生活を送っていたのだ。そりゃあ呆れられるのも得心がいく。まぁ、時間のたった今だからわかるんだけどね。当時は訳も分からなかったね。
二人目の彼女はフリーターだった。だからか知らないが生活リズムを全部合わせてくれていた。休みの日以外でも一緒にいられる時はいつも一緒で風呂やテレビ、トイレにも着いてこようとしてきた。そんな彼女も愛想を尽かして出て行った。
理由は「私はあなたのためにこんなに尽くしているのにあなたは私に何もくれないね」とのことだった。これに関しても今なら理解はできる、一緒にいる時にもっと同じものを楽しんだりプレゼントや記念日を祝ってあげていればよかったんだろう。
だがまたしても気付かなかったわけだ。仕方ないさ、バンドのことで頭がいっぱいだったんだから。思えばそれが最後の交際だったかな、我ながら経験が少ない。バンドマンはチャラいとか、モテるとかよく言うけどあんなものは幻想だ。
バンドをやってても根暗なやつはモテないし、口下手なやつだってモテない。顔が良くてもつまらなければすぐに振られるし。結局センスとか話術がないとモテない。それは集客にも顕著に現れた。どんなに打ち上げに参加しても、飲めない酒を飲んで他バンドと仲良くしようとしても、つまらないバンドや人間には声などかからないものなんだ。
そしてひと月ほど前、
『ちょっともう、お前が何を考えてるのか分からない』
ついにバンドメンバーからも愛想を尽かされた。こちらからしたってメンバーが何を考えているのか分からない。十年近く一緒にやってきたメンバーもみんな結婚し、子供ができたやつもいる。それでもバンドは続けてくれていた。
だから俺は諦めなかった。それなのに突然「何を考えてるのか分からない」からと言う言葉だけ置いて去って行ってしまった。
『ありがとうございました』
バンドという最後の居場所を失ってすぐのことだ、彼女の存在を知ったのは。気の幹から漏れる樹液に向かっていく昆虫のようにいつの間にか足が彼女に向かって動いていた。
『あの』
普段あまり話すことが無いせいでうまく言葉が出てこない。思わず足元にあったチューリップを指さして「これください」などと宣ってしまう。「ありがとうございます」と言われただけなのに心が躍るような感覚になる。こんなにワクワクした気分になるのはいつぶりだろうかと舞い上がってしまい、気付けばひと月が経っていた。
気付けばこのひと月で機材は全て売っぱらってしまった。バンドに見捨てられた今、自分に用のないものは持たない。そのかわりに今部屋にはたくさんの花が置いてある。
赤、黄、紫など所狭しに置いてある。花瓶など買って前ば花を買うお金がなくなってしまうのでそこら辺に敷き詰めている。ここにまた今日買った白い花が加わる。
そろそろ機も熟した頃だ。気持ちを彼女に伝えよう。彼女は花屋さんだし、花を贈ろう。どれがいいか、よし、この黄色い花にしよう。
黄色い花を束にしてもう一度花屋にいくことにした、この気持ちが枯れないうちに彼女に想いを伝えるんだ。そして彼女の隣が新しい居場所になる。完璧だ、完璧だと思ったのに。
彼女は男と抱き合っていた、それもかなり整った顔をした長身の男だった。彼女はこちらに気づくと恥ずかしそうに「どうしたんですか?」と顔を熱らせながら言ってきたものだから思わず花束を投げつけ、構えている男を殴った。殴って、殴って、殴った。
彼女が止めに来たが構わず殴ったのだがあまりにも鬱陶しいので彼女も殴った。後ろから男にはがいじめにされそうになったので近くにあったハサミで腕を刺した。
「大丈夫ですか」彼女は男に駆け寄る。どうしてだ、そこは俺の場所だろう。なぜ俺じゃない奴がいる。そこは俺の場所だ、どけ。
気づくと目の前には血に塗れた二人が転がっていた。お前たちが悪いんだ、俺を騙すから。お前たちが悪いんだ。その黄色い花はお前らにやる。さて、俺も疲れた、一息つこう。
俺はハサミを突き刺した。
目の前に揺れる白い花。名前はなんだっけ、今この花を持ってきてくれたお姉さんが説明してくれたはずなんだけど思い出せない。いや、正しくは聞いてなかったんだな、お姉さんが可愛くて見惚れていた。
『ありがとうございます』
クールなフリをして代金を支払い花を受け取る。何が「彼女に贈る」だ。もうかれこれ数年は彼女なんてできたことが無いのに。
ここひと月、何かと理由をつけては花を買いにいている。ライブのノルマを払うのもやっとの生活の癖に彼女に会いに花を買っている。
これと言った進展はない、だがそれでいい。どうせ関係を深めても、いずれ壊れてしまうから。
『いい加減まともな仕事探しなよ』
初めての彼女はそう言ってアパートを出て行った。仕事をしていないわけではなかったが日雇いや短期のアルバイトをしてはバンドの練習や機材、ノルマの支払いに消えたので生活費は彼女持ちだった。
今考えれば大学時代から付き合って、同棲をしたものの大学卒業後は彼女も就職して働いている中自分は大学時代と同じような生活を送っていたのだ。そりゃあ呆れられるのも得心がいく。まぁ、時間のたった今だからわかるんだけどね。当時は訳も分からなかったね。
二人目の彼女はフリーターだった。だからか知らないが生活リズムを全部合わせてくれていた。休みの日以外でも一緒にいられる時はいつも一緒で風呂やテレビ、トイレにも着いてこようとしてきた。そんな彼女も愛想を尽かして出て行った。
理由は「私はあなたのためにこんなに尽くしているのにあなたは私に何もくれないね」とのことだった。これに関しても今なら理解はできる、一緒にいる時にもっと同じものを楽しんだりプレゼントや記念日を祝ってあげていればよかったんだろう。
だがまたしても気付かなかったわけだ。仕方ないさ、バンドのことで頭がいっぱいだったんだから。思えばそれが最後の交際だったかな、我ながら経験が少ない。バンドマンはチャラいとか、モテるとかよく言うけどあんなものは幻想だ。
バンドをやってても根暗なやつはモテないし、口下手なやつだってモテない。顔が良くてもつまらなければすぐに振られるし。結局センスとか話術がないとモテない。それは集客にも顕著に現れた。どんなに打ち上げに参加しても、飲めない酒を飲んで他バンドと仲良くしようとしても、つまらないバンドや人間には声などかからないものなんだ。
そしてひと月ほど前、
『ちょっともう、お前が何を考えてるのか分からない』
ついにバンドメンバーからも愛想を尽かされた。こちらからしたってメンバーが何を考えているのか分からない。十年近く一緒にやってきたメンバーもみんな結婚し、子供ができたやつもいる。それでもバンドは続けてくれていた。
だから俺は諦めなかった。それなのに突然「何を考えてるのか分からない」からと言う言葉だけ置いて去って行ってしまった。
『ありがとうございました』
バンドという最後の居場所を失ってすぐのことだ、彼女の存在を知ったのは。気の幹から漏れる樹液に向かっていく昆虫のようにいつの間にか足が彼女に向かって動いていた。
『あの』
普段あまり話すことが無いせいでうまく言葉が出てこない。思わず足元にあったチューリップを指さして「これください」などと宣ってしまう。「ありがとうございます」と言われただけなのに心が躍るような感覚になる。こんなにワクワクした気分になるのはいつぶりだろうかと舞い上がってしまい、気付けばひと月が経っていた。
気付けばこのひと月で機材は全て売っぱらってしまった。バンドに見捨てられた今、自分に用のないものは持たない。そのかわりに今部屋にはたくさんの花が置いてある。
赤、黄、紫など所狭しに置いてある。花瓶など買って前ば花を買うお金がなくなってしまうのでそこら辺に敷き詰めている。ここにまた今日買った白い花が加わる。
そろそろ機も熟した頃だ。気持ちを彼女に伝えよう。彼女は花屋さんだし、花を贈ろう。どれがいいか、よし、この黄色い花にしよう。
黄色い花を束にしてもう一度花屋にいくことにした、この気持ちが枯れないうちに彼女に想いを伝えるんだ。そして彼女の隣が新しい居場所になる。完璧だ、完璧だと思ったのに。
彼女は男と抱き合っていた、それもかなり整った顔をした長身の男だった。彼女はこちらに気づくと恥ずかしそうに「どうしたんですか?」と顔を熱らせながら言ってきたものだから思わず花束を投げつけ、構えている男を殴った。殴って、殴って、殴った。
彼女が止めに来たが構わず殴ったのだがあまりにも鬱陶しいので彼女も殴った。後ろから男にはがいじめにされそうになったので近くにあったハサミで腕を刺した。
「大丈夫ですか」彼女は男に駆け寄る。どうしてだ、そこは俺の場所だろう。なぜ俺じゃない奴がいる。そこは俺の場所だ、どけ。
気づくと目の前には血に塗れた二人が転がっていた。お前たちが悪いんだ、俺を騙すから。お前たちが悪いんだ。その黄色い花はお前らにやる。さて、俺も疲れた、一息つこう。
俺はハサミを突き刺した。
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