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※流血・残酷な表現があります。



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今はリエルと2人で昼食中だ。
だけど、いつもみたいにほのぼのとした空気はここにはなかった。2人とも何処かを見つめ、ただ喉に料理を通す作業をしていた。こうなっているのには訳がある。

『ある者が魔王城に到着した』という知らせが来たのだ。

そうつまりは、今父上と勇者が戦っている最中なのだ。そんな中で楽しくお喋り出来るような奴はいないだろう。
いつもは美味しく感じる食事が何も味がしない。それでも何とか食べきった。


「リエル、このままではまともに執務が出来ない。剣の鍛練に付き合ってくれないか?」

父上が今日は執務が出来ない。俺たちへの負担がただでさえ大きくなったのに、2人とも上の空で全然執務が進まなかった。それに、ベルンとバラン、ロイも気を遣って『やりなさい』と言ってこなかった。ならば、リフレッシュが必要だ。

「うん、もちろん」

こんなときは汗を流して、心を落ち着かせるのが一番だ。


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この離れの宮殿にも鍛練場がある。そこはもちろん王宮のよりは小さいが、十分に戦える広さとなっている。

「カイト兄上、いくよ?」

リエルの発するこの殺意?威圧感にもだいぶ慣れてきたところだ。

「あぁ、大丈夫だ」

心を落ち着かせて、リエルに集中を向けた。


「3・2…」

カウントダウンが始まったところで誰かが急いで走って来た。


「大変です!」

相当急いで来たのか、はぁっはぁっと息を整えていた。確かこの人は父上の側近だ。ということは、決着がついた?

魔王と勇者の戦いは、ある部屋でしか見れない。その部屋に入る資格があるのは、魔王の側近のみだ。俺たち王族であっても入れない。

怖い、怖い…嫌だ、聞きたくない。それでも父上が無事か知りたい。二つの感情が俺の頭をぐるぐるしてる。

「魔王様が…魔王様がっ!…ーー」


この側近の言葉を聞いたときに、俺は理解するのに時間が掛かって動けずにいた。だけど、リエルがすぐさまに転移魔法を起動してくれた。



そして、俺たちは今『魔王の間』の扉の前にいる。この先には父上がいる。俺たちはこの部屋には入れないが扉を開けることが出来る。

勇気を出して、リエルと2人で扉を開けてみる。



そこで見た光景は…酷く恐ろしいものだった。

勇者の方は、頭と身体が離れて無惨に転がっていた。父上が勝ったと喜ぶところだが、喜べない。何故なら、父上の腹が赤く染まっていたからだ。


勇者の剣はとても強力だ。それもそのはず、人神が作ったものだからだ。
魔王を唯一倒す道具であり、唯一治らない傷を作る道具でもある。魔王ではない俺たちには何も変哲もない剣だ。だけど、魔王である父上に対しては違う。刺されたところは塞がらないのだ。

つまり今は生きているが、このまま血を流し続けいずれ死んでしまう。


「カイト、リエル。また会えただろう?約束したもんな」

父上がゆっくりと此方へ近づいてくる。
絶対に死ぬほど痛いだろうにそんな様子は一切見せない。

「父上、約束は守ってくれたよ。だけど違う、こんな約束の守り方は望んでいない!」

リエルの言う通りだ。誰だってこんな再会を望んでいない。

「嫌だよ、なんで…父上。死んじゃ嫌だよ。いなくならないで…まだ話したいことがいっぱいあるのに」

まだ、話したいことも一緒にしたいことも沢山あったのに…

「…すまないな。私が弱いばかりに…」

父上の身体がグラっと傾いていった。
まるでスローモーションのように感じた。父上の所に駆け寄りたいのに出来ない、俺たちと父上の間には見えない壁がある。

「「父上っ!!」」


嫌だ…死なないで!誰か助けて……せめて、せめて近くに行かせて。

そう願ったら、壁がなくなった。すぐさま父上の側に駆け寄る。

「父上っ!しっかりしてください!!」


ダメだよ、これからもっと家族としての時間を楽しむつもりだったのに。

死なないで、お願いだから…お願い…
そう願っていたら俺の身体に黒いモヤがまとわりついてきた。

『お前が苦しむことになったとしても、父が生き返ることを望むか?』

(そんなの当たり前だ。今の俺の望みは父上が生き返ることだ)

『では、其方に力を与えよう』


何でもいい、この脳内に話しかけてきている人物のことも…俺に与えられる力も、父上が助かるのだったら。


黒いモヤが父上を包み込み、消えていったとき…父上の赤く染まっていた腹は、綺麗になっていた。

良かったと安堵したとき、

「ごふっ」

俺の口から、赤い液体が吹き出てきた。
腹がジクジクと痛み、見てみたら赤く染まっていた。まるで、父上の傷が俺に転移したみたいだった。そうか…『ーお前が苦しむことになったとしても』とは父上の傷を俺が代わりに受けるということか。

「カイト兄上っ?!」

これでいい、これでいいんだ。父上が助かったんだから…俺の望みは叶った。






「3人目の異能者だ…」

酷く場違いな誰かの声が俺の頭に残った。
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