ゆかりと恭佳の夏休み。

綾川ふみや

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間章

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「じー」「……じー」
 私は二人の少女に見つめられていた。
 一人は恭佳ちゃん――に顔立ちがよく似た女の子、漆原市佳ちゃん。恭佳ちゃんの双子の妹だ。姉よりもやや髪の癖が緩いのが特徴だが、やはり基本的な顔のパーツはほぼ一緒。目が合うとどきりとしてしまうのは致し方ない。
 もう一人の方は鍋島真冬ちゃん。ここ数日、私たちの部屋にいるのをよく見かける。市佳ちゃんとゲームしたり、夏休みの宿題をやったり、同じお布団でごろごろしたりと、とにかくいつも一緒にいる。色素の薄いふわふわの髪を棚引かせた、お人形さんみたいに愛くるしい女の子だ。
 そんな二人にこうもじっと見つめられては、宿題を仕上げようにも集中できるはずがない。こういう時、いつもは恭佳ちゃんが二人をたしなめてくれたりするのだが、あいにく彼女は今お風呂に入っているので不在だった。
 私は諦めて、視線の元へと顔を向ける。
「どうしたの、二人とも」
「はいはい、質問です」
 ぴし、と市佳ちゃんが左腕を真っ直ぐ天井に向かって伸ばす。そう言えば彼女は私と同じ左利きなんだよな、なんて今はどうでもいいことをふと思い出す。
「ゆかりちゃんは、どうしてお姉ちゃんと一緒にお風呂に入らないの?」
「ど、どうして、って言われても」
 えらく急な質問に、私は戸惑いを隠せない。
「だって、二人は恋人同士なんでしょ?」
「こ、こ、こっ」
 また鶏みたいになってしまった。
 私と恭佳ちゃんが、恋人……そう、なのかな。いや、たぶん、そうなんだろう。なにせ、ぎゅーってして、その後ちゅーもしちゃった仲だし。それにしても、恭佳ちゃんの唇、柔らかかったな。あと、ほっぺたも……。
「真冬ちゃん、どう?」
「……意識が飛んでる」
 ぶんぶん、と振りかざされる小さな手のひらの存在に、今気がつく。真冬ちゃんの言うとおり、一瞬意識が完全に別のところへ行ってしまったみたいだ。
 何度か深呼吸を繰り返したあと、私は逆に市佳ちゃんに質問し返した。
「市佳ちゃんと真冬ちゃんは、よく一緒にお風呂に入ってるの?」
 私たちが住む女子寮には寮生が共用で使う大浴場があり、午後五時から十時半までの間自由に使うことができる。そのため同室の人とか、同じ部活の仲間たちと一緒に入浴するというのは珍しいことではなかった。
「そりゃあもう、余程のことがなければ毎日一緒だよ」
「……裸の付き合い」
「そ、そっか……」
 自分で言っておきながら、段々と恥ずかしさが込み上げてくる。二人がお互いの髪とか背中とかを洗い合っている姿を、頭の中で密かに思い描いてしまったせいだ。
「でも、やっぱり、恭佳ちゃんに裸を見られるのはちょっと……」
「その代わり、お姉ちゃんの裸も見られるけどね」
「…………」
 一瞬、言葉を失う。考えてはいけない、と思えば思うほど、湯煙に包まれた恭佳ちゃんの肌色が徐々に鮮明になってくる。目に前に彼女とよく似た顔があるというのも、私のいけない妄想を捗らせる一つの要因だった。
 耳の先まで真っ赤になった私を見て、市佳ちゃんたちがからかうように言う。
「あー、お姉ちゃんの裸、想像したでしょ」
「ゆかり、えっちー」
「し、仕方ないよ、そんなの」
 私は恭佳ちゃんよりも先にお風呂を済ませてきたのだが、せっかく洗い流した体に変な汗をたくさんかいてしまいそうだ。
「まあもちろん、人によるとは思うんだけど……そんなに嫌なものかな? 普段だって、ゆかりちゃんと同じタイミングで入る人が何人かはいる訳でしょ?」
「それはそう、なんだけど」
 彼女の言う通り、これは本当に人それぞれ感じ方が違うのだろう。私は友達よりもむしろ全然話したことのない人の方が、相手を気にする必要がなくて楽に感じてしまう。
「恭佳ちゃんは、どう思ってるのかな……」「んー、呼んだ?」「わあああ」
 背後から突然、恭佳ちゃんの声がした。
 振り返ると、お風呂上がりで髪の癖がいつもより強くなった彼女の姿があった。こうして双子の顔を見比べてみると、確かに似てはいるものの、やっぱり別人なんだなということを強く実感する。
 つい先程、ぼんやりと裸の姿を想像したばかりだったので、なんとなく目を合わせづらい。
「なに、私の話?」
 妹に聞いた方が聞き出しやすいと思ったのか、恭佳ちゃんは市佳ちゃんに話を振った。
「んー、端的にまとめると、ゆかりちゃんがお姉ちゃんの裸を見たくてしょうがないって話」
「……すけべー」
「ち、ちがっ」
 どこをどうまとめたらそういう話になるのか。
 しかし流石は恭佳ちゃん、妹の軽口から話の本質だけをさっと拾う。
「あー、つまり一緒にお風呂入りたいってこと? なんだ、そういうことなら早く言ってくれればいいのに」
「で、でも……やっぱり、私から誘うのは恥ずかしかったから……」
「ふうん、一緒のベッドで寝るのは平気なのに、お風呂は恥ずかしいんだ」
 そう言われてみると確かに、という気はする。世間的には、友達と一緒に大浴場へ行くよりも、同じ布団に入って寝る方がハードルが高そうだった。
 それにしても、恭佳ちゃんは大人びているというか、対応が冷静だなあと感心する。私なんて、ついさっきまで親友のあられもない姿を想像して身悶えていたばかりだというのに。
 たぶん彼女にとっては、私の生まれたままの姿を目にするくらい、どうってことないことなんだろう。そう考えると少し寂しいような気がしてしまうのは、流石にわがままが過ぎるのかもしれない。
「恭佳ちゃんは、恥ずかしくないの?」
「ゆかりと一緒にお風呂でしょ? だって、それくらい……」
 ぽつり、呟いたあと、露骨な沈黙。
 妙な雰囲気になり、声の主を除いたその他三名の視線が、自然と恭佳ちゃんの方へと集中する。
 初め、彼女は真剣に考え込むような表情を浮かべていたが、次第に目線が泳ぎ始め、私と目が合うとあからさまに視線を逸らした。頬の辺りがほんのり赤く上気して見えるのは、果たしてお風呂上がりだからなのかどうなのか。
 わざとらしく咳払いなんかしたあと、急に思い出したように恭佳ちゃんは言う。
「ちょ、ちょっとお湯に長くつかり過ぎたから、外で風に当たってくるね」
 手に持っていた洗面用具一式を乱暴に放り出し、ばたんと扉を閉めて部屋の外へと飛び出して行った。
 ……すごい。照れてる恭佳ちゃんの横顔なんて、中々拝むことはできないのに。
 なんだか最近、今まで見たことのない彼女の一面を見ることが多くなった気がする。
「これはなかなか、なんていうか、ごちそうさまって感じだね」
「仲良しさんー」
 意図した訳ではなかったが、結果的に、二人の前で思いっきり惚気た形になってしまった。
 ……そうか。恭佳ちゃんもけして、私のことを意識していない訳じゃないんだ。
 自分の裸体を想像されて喜ぶのもどうかと思うけど、嬉しいものは嬉しいんだから仕方がない。


 ……ちなみにその夜、つやつやで肌色の恭佳ちゃんと凄いことをする夢を見たのだけれど、もちろん心の中だけに留めておこうと思う。少なくとも、今は。
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