ゆかりと恭佳の夏休み。

綾川ふみや

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第12話

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 顔が赤くなっているのに気づかれたくなくて、先にシャワーの儀式を済ませ、早めにプールサイドで待機する。恭佳ちゃんたちから少し距離を取って、心を落ち着けたかった。
 さっきまでは市佳ちゃんが真冬ちゃんの髪の毛を洗っていたような気がするが、今は立場が逆転していた。身体の小さな真冬ちゃんが誰かのお世話をしている姿は、とてもいじらしく見えて、思わず笑みがこぼれてしまう。
 しかし、ちょっぴり羨ましいな、と思うのもまた事実だった。私と恭佳ちゃんでは、ああいう風にお互いの身体を流し合うなんて、なかなか真似できそうもなかった。……いつかは挑戦してみたいが、今回はお預けだ。
 三人ともちょうど同じくらいのタイミングで身体を洗い終わり、恭佳ちゃんが一足先にプールサイドにいる私の方へと近づいてきた。
 彼女に渡したのは、比較的露出の少ないワンピース型の水着だ。おそろいと言うほどでもないが、私も似たような種類の水着を着用している。露出度が高いものだと目のやり場に困りそうだったし、私もあまり肌を晒したくなかったからこれが最良の選択だろうという考えだ。
 それでも水着は水着。たとえ胴体が隠れていても、恭佳ちゃんの健康的な手足は惜しみなくその肌色を主張している。体つきはまだ少女らしさが残っているが、濡れた素肌からはどことなく大人っぽい色気も感じさせる。その相反する美の競演に、私はどこに焦点を合わせたらいいのか分からなくなった。
「いえー」「真冬ちゃん、待ってー」
 とてとて、と二つの影がこちら側へと近づいてきた。真冬ちゃんは我慢できない様子で浮き輪ボートを片手に駆け出し、それを追いかけるように市佳ちゃんが続く。なんだか微笑ましい光景だ。
 そこまで本気で泳ぐつもりもなかったので、みな帽子はしてきていない。比較的髪の長い真冬ちゃんは、髪留めで邪魔にならない程度に髪をまとめ上げているだけだ。
 水にしっとりと濡れていても、恭佳ちゃんの髪は緩く波打つことを忘れていない。本人はやや癖のある髪の毛を嫌がっているみたいだけど、私はその緩い曲線の流れを目でなぞるのが好きだった。
 鈎状になった毛先からぽたぽたと水滴が垂れ、細い肩や小さな足の爪なんかに当たっては弾け飛ぶ。あまり見つめては失礼だが、なんとなく視線が外せないというか、ぼーっと眺めていたくなる光景だ。
「はぁー……」
 唐突に、恭佳ちゃんは大きな溜め息をつく。最初は私の無礼な視線に呆れてしまったのかと焦ったが、どうやらそういう訳でもないらしい。……というかむしろ、恭佳ちゃんの方が私の体を凝視しているように見えた。どうしたんだろう。
「……恭佳ちゃん、もしかして泳ぐの苦手?」
「え? ああいや、別にそういう訳じゃないんだけど。単に、ゆかりが羨ましいなって」
「羨ましい? 何が?」
 本当に心当たりがなかったので馬鹿正直に聞き返したところ、さらに大きな溜め息で返事をされてしまった。
「そうだなあ、例えば……」
 恭佳ちゃんはそこで言葉を打ち切ると、細長い指先をすっと私の腿の辺りまで伸ばし――
「つつつつ」
「ひゃうっ!?」
 水着ゆえに露出した腿を、恭佳ちゃんの人差し指がくすぐるようにひと撫でする。肌が敏感な私は、そのこそばゆい感触に思わず奇声を上げてしまった。
「白くて細長くて、ほんと綺麗な足だよねえ」
「あ、ありがとう……でも、その、あんまり見つめられるのはちょっと……」
「はいはい、分かったよ。ごめんね」
 恭佳ちゃんはようやく嘗めるような視線を外してくれたが、私の内側で暴れ回る鼓動はしばらく収まりそうもなかった。この調子では、水に入る前に息切れしてしまいそうだった。


 ぷかりぷかりと、空に浮かんでいるような感覚。
 恭佳ちゃんと並んで水の上で大の字になり、しばらく黙ったまま漂い続ける。
 突き抜けるような青空以外、ほとんど視界に入らない。市佳ちゃんと真冬ちゃんがはしゃいでいる声も、随分遠くから聞こえてくるように錯覚する。
 あんまりにも空が遠いせいで、自分が本当に現実に存在しているのか、少し不安になってくる。このままどこか異世界にでも連れて行かれちゃうんじゃないかという、漠然とした焦燥。
 だけど、繋いだ左手の感触が、私を確かに現実へと引き戻してくれる。いくら自分の手と手を組み合わせたって、決して得られない不思議な安心感。
 恭佳ちゃんと手を繋ぐのが、私は好きだ。
 恭佳ちゃんの小さくて柔らかい指の感触が、たまらなく好きだった。
 感触だけじゃなく、爪の形とか、関節の曲がり具合とか、細かいシワの刻まれ方とか……ちょっと引かれそうだけど、そういうところも含めて全部が愛おしかった。
 抱き合ったり、キスしたりするのも、もちろんいいけれど。
 ただこうして、無心で手を繋いでいるだけでも、私は幸福の高みへと上りつめることができた。
「今更なんだけどさ」
 空に向かって、独り言のように恭佳ちゃんは呟く。
「なに?」
「うーん、本当に今言うかってことなんだけど……ゆかりは、なんていうか、ずっとこのまま私と一緒にいても、平気だと思う?」
 私は横目で恭佳ちゃんの表情を窺う。内容がぼんやりとしていて、発言の意図が掴みにくかった。
 それでも、将来に対する不安のようなものを抱えているらしいことは、なんとなく読みとれた。
「ずっとっていうのは……高校を卒業して、例えば大学に行って、どこかの企業に就職して、その後もずっと……っていうこと?」
「そう、そんな感じ」
 恭佳ちゃんは体を起こし、直立の体勢になる。
「そんな将来のこと、もう考えてるんだ」
「うん、まあ、たまにだけどね」
 自嘲気味に恭佳ちゃんは苦笑を浮かべた。
 けど私は、凄いことだなあと素直に感心する。
 今の私たちは、まだ高校生活を始めたばかりだ。この女学院を卒業するのさえ、まだ二年半以上も先のこと。今を生きるのに精一杯な私は、それより先の未来なんて、想像することもできなかった。
 でも、恭佳ちゃんは、私が想像できない未来を思い描いている。思い描いた上で、ぼんやりとした不安を覚えている。私と一緒にいる遠い将来のことを、起こり得る現実として考えてくれている。
「恭佳ちゃん……ありがとう」
「へ? なにが?」
「いいの。ともかく、凄く嬉しい。ありがとね」
「わっ」
 手を繋ぐだけで十分……なんて、偉そうに言ったけれど。
 喜びを分かち合うには、やっぱり、体全体で表現するのが一番だった。
 恭佳ちゃんを無理やり引き寄せ、背中側から柔らかい四肢を抱きしめる。
 水中で恭佳ちゃんと体を寄せ合うのは、もちろん初めての経験だった。普段と異なる新鮮な素肌の感触に、私はもう病みつきになっていた。
「ゆ、ゆかりっ」
 腕の中から情けない声が漏れ聞こえてくるが、全く意に介さず、きつい抱擁を続ける。
 肌の弾力が、自分の体とは全然違った。
 恭佳ちゃんの方が、より女性的というか、全体的に丸みを帯びた体つきなのだろう。
 ぎゅっと抱きしめたときに、強く押し戻されるような反発力があって、それがまた妙な心地よさを生んでいた。
 頬に狙いを定め、軽く口づけをする。
 くすぐったそうな素振りはするものの、嫌がる様子は特になかった。だから、二度三度と、繰り返し唇を押し当てる。
 恭佳ちゃんのほっぺたは柔らかくて、私の唇が埋まってしまいそうだ。
 口の先から甘い快感が体中に伝わり、私をただの動物に変えてしまおうとする。考えてみると、これは別に生殖本能ではない訳だ。だとすれば、この衝動は私のどこから生まれたものなのだろう。
「私……私、どんな仕事に就くのかとか、うまく想像できないけど……でも、恭佳ちゃんとだったら、ずっと一緒にいられると思う」
「そっか……うん、そうだよね」
 恭佳ちゃんは身をよじり、私の真正面から向かい合う。期待と不安が半分ずつ、絵の具をかき混ぜたみたいに瞳の中で溶け合っていた。その瞳の色を、私はとても美しいと思った。
「不確定なことを、あんまりぐじぐじ悩んでも仕方ないってのは、まあ分かってるんだけどさ。つい、考えちゃうんだよね。なんか私……ゆかりに依存、してるのかも」
「い、依存だなんて……私の方こそ、恭佳ちゃんに頼りっきりなのに」
「ううん、そんなことない。私の表現が下手なだけ。どれだけゆかりに助けられてるのか、上手く伝えられてないだけで……」
 小さな額が、右肩のあたりに強く押しつけられる。濡れた髪が二の腕に張り付き、まるで私を離すまいと絡みついてくるかのようだった。
 私は今まで、恭佳ちゃんに寄りかかってばかりだった。少なくとも、自分ではそう思っていた。重くて重くて仕方がないであろう私を、恭佳ちゃんは黙って受け止め続けてくれた。
 でも、それだけではなかった、ということだろうか。
 もし、恭佳ちゃんが私のことを、少しでも頼りにしてくれているというのであれば……それは、この上もなく嬉しいことだ。私たちを引き寄せてくれる引力が、そこには存在するということだった。
 支え合うのと、依存し合うのとは、何か本質的な違いがあるんだろうか。ふと、そんな考えが頭を過ぎった。難しい問題だ。今ここで、すぐに答えを出せるようなものではなさそうだった。
 いずれにしても、今私にできるのは、恭佳ちゃんを体全体で受け入れることだけだ。
 初めて、本気で好きになった相手だ。加減とか、適度な距離感とか言われても、よく分からなかった。全力で好きになり、全力で抱きしめ、全力でキスをする。それ以外に、一体何ができると言うのだろう?
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