【完結】平凡OL(β)ですが、同期の末っ子御曹司(α)に溺愛されています

神無月りく

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第三章―2

「――ていうことがあったのよ」

 昼休み。
 カジュアルなフレンチレストランの半個室でランチプレートを突きながら、鞠花は先ほどの出来事をかいつまんで話した。
 こんな話をされて気を悪くするかと思ったが、隼人は華麗に有馬を振った鞠花の手腕を絶賛してくれた。

「あはは。口説いてきた男をばっさり切り捨てた挙句、肉食獣の群れに放り込むなんて、なかなか怖いこと考えるなぁ」
「お褒めにあずかり光栄です。けど、これまでそんな気配全然なかったのに、なんで急にランチなんか……」
「そりゃあ、黒田が魅力的な女の子だからに決まってるだろ。謙虚で努力家で可愛くて、その上天然小悪魔だからね」
「いやいや、褒め過ぎだよ。そもそも、天然小悪魔ってどの辺が……」

 自分にそんな男を翻弄するようなスキルがあるとは思えないので、小悪魔呼ばわりされる謂れはないはずなのだが。恋人の感性が独特なのだろうか。
 内心首をひねりながらも、彼がそこをくわしく言及することはないし、一人考えたところで答えが出るわけでもなく、普段食べることのない豪勢なランチを味わうことに専念する。

 サラダとバゲットに日替わりのメインディッシュ、食後に季節のプチケーキと飲み物も出てくるセットメニューだ。
 今日のメインは白身魚のソテー。
 バターの風味豊かにふっくらと焼き上げられた魚に、甘酸っぱい柑橘のソースがとてもよく合う。シンプルな料理だけにシェフの腕前が如実に伝わる一品だ。
 ランチタイムはこのセットしかないようだが、ディナータイムはいくつかコースがあり、ワインの品ぞろえも豊富だと言う。

「……ところでさ。この間のΩの女性についてなんだけど……」

 メインの載ったプレートが片付けられ、ケーキとコーヒーが運ばれてきたタイミングで、隼人が少し声のトーンを落として話し出す。
 一瞬なんのことか話が見えなかったが、すぐにヒートレイプの件だと思い当たる。

「それって、『Deep Aqua』前の?」
「そう。その人ついて一通りのことが分かったから、当事者の黒田には話しておこうと思って。あ、聞きたくないならやめるけど」
「ううん、私が聞いていいことなら聞いておく」
「分かった。まあ、僕も概要程度しか知らないんだけど」

 と前置きした隼人が語るには、彼女はヒートレイプ犯ではなく、一過性のフェロモン異常生成によって予期せぬヒートを起こしただけの、いたって善良な市民だった。
 パワハラが原因のうつ病を患っていて、精神安定剤を服用が不可欠だったが、自己判断で数日それを飲まずにメンタルバランスを崩し、それがフェロモンの異常生成を促し、予期せぬヒートに繋がったとのこと。
 ちなみに、彼女はあの煽情的な下着一枚で出歩いていたわけではなく、季節相応に着込んでいたようだが、ヒートで身体が火照ったため道端で脱ぎ捨てながら歩いていたらしい。
 後日彼女の服があちこちで回収されたとか。

「そうなんだ……私の弟も同じようなことがあったから、他人事とは思えないな。川嶋くんだけじゃなく、その人も無事でよかった」

 あの時はああするよりほかなかったとはいえ、腕をひねり上げたり羽交い絞めにしたりと手荒なことをして申し訳なかったなと反省する。

「黒田の弟さんも? そっか、だから緊急抑制剤持ち歩いてたのか。けど、おかげで助かったよ。僕もあの人もね」
「まあね。一種の癖というか習性みたいなものだけど、まさかあんなところで役に立つとは思ってなかったわ……」

 濃厚なガトーショコラのくちどけを楽しみつつ、過日の記憶を何気なく回想していると、狂気交じりの歌うような彼女の声がよみがえってきた。
 ――ひぃぃあぁぁぁぁ……見ぃぃつけたぁぁぁ。私のぉ、私だけのぉαよぉぉ……私のぉぉぉぉ運命のぉぉぉ番ぃぃぃ

「あ。なんか今ふと思い出したんだけど、あの人川嶋くんに向かって『運命の番』とか言ってなかった?」
「あー、あれね……都市伝説的なアレだよ、『出会った瞬間ヒートを起こすのは、運命の番と巡り合った証拠』ってヤツ」
「ああ、それね。私も聞いたことある。弟は信じてなかったけど」
「へぇ。同じ予期せぬヒート経験者であっても、感じ方はそれぞれなんだね」

(多分……いや絶対、そこにいたのが川嶋くんだったからだと思うな。若くてイケメンで、おまけに歳の割にいいスーツ着てる、見るからにエリートだもの。勝ち組になれるとかも言ってた気がするし、超優良物件だって見抜かれたんだろうなぁ……)

 興味深そうにうなずく隼人を見ながら、自分の婚活市場価値の高さに無頓着な恋人に内心頭を抱えた。
 もし彼女の近くにいたのが、いわゆるキモオタと呼ばれる人種だったり、バーコード頭の中年男だったりしたら、運命なんぞ微塵も感じなかっただろう。
 弟の場合がそうだったので。

「……あ。今の話の流れで言うのもなんだけど、今週末にでも『Deep Aqua』に行かない? 今度は待ち合わせなんかせずちゃんとエスコートするから。深水ふかみさん――この間会ったマスターに、黒田のこと紹介しておきたいし」
「恋人を紹介するくらい親しい人なの?」
「深水さんは昔実家で働いてくれてた、いわゆるお手伝いさんの一人なんだけど、小さい頃は僕の世話係をしててくれた人でもあるんだ」
「そうなんだ……」

 お手伝いさんというだけでセレブな感じがするのに、時代が時代なら“じいや”などと呼ばれる専属のお世話係までいたとは。
 一般家庭との強烈な格差を感じるが、それが嫌味に聞こえないのは隼人が己の出自を鼻にかけるタイプではないことと、鞠花と同等の庶民的な価値観を兼ね備えた人物だと知っているせいだろう。

「それに、『Deep Aqua』は一見様お断りの会員制なんだ。そういう意味での紹介も兼ねてる。僕の知る限り身内以外の社員は出入りしてないし、ああいう場所のマナーをわきまえてる客しか来ないから、気兼ねなく退社後の夜デートできるよ――って、別にすぐそこにラブホがあるからじゃないからね。ホテル行くなら、もっといいところ取るから。むしろもう予約してあるから」
「下心満載だね……」

 話の流れから思い付きで誘ったように見せかけて、ホテルまで確保しているなんて確信犯すぎる。先週末の紳士はどこへ行ったのか。
 ついジトッと半眼になると、隼人はバツ悪そうに視線をそらした。

「嫌なら断ってくれても……」
「ううん、行くよ。金曜、楽しみにしてるね」

 だまし討ちのような誘い文句にはちょっと呆れたが、恋人同士として愛し合うために向けられた下心だ。喜ばない女はいない。
 ほっと胸をなでおろす隼人の前でスマホのスケジュールアプリに予定を書き込み、ランチを終えて店を出た。
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