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悪役令嬢VSヒロイン
ザマァされるのは悪役令嬢
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反射的に細められた視界の中、一つの人影が飛び込んでくる。
「プリエラ、無事か!?」
「カーライル様!」
叫んだのは私ではなくクラリッサ。
園芸バサミを放り出し、瞬時にお嬢様令嬢の皮を被り直して、涙を流しながら彼に縋り付こうとしたが……無表情で足払いをかけられて転がされ、埃だらけの床に倒れ伏した。
助かった、と思ったのも束の間。
今の私の絵面が相当ヤバい。完全にポロリしてないから十五禁で済んでると思うけど、そこにクラリッサしかいなかったとしても、“何かあった”と誤解されてもおかしくない状態だ。
しかし、両手が塞がっているので自分の醜態を隠す術はなく、カーライル様は私の姿を目の当たりにして硬直した。逆光の中でも耳まで真っ赤になった顔が見えた。
は、恥ずかしすぎる!
でもここは、貧乳でも自信を持っていいってポジティブに考えるべき!?
などとやけくそ気味な思考を巡らせている間に、我に返ったらしいカーライル様は、もたつきながら上着を脱いで肩にかけ、私の露出部分を覆った。
続いてポケットから折り畳みナイフ出し、手足を縛っていたロープを手際よく切断して自由にしてくれた。
「す、すまない……その、み、見たことは見たが、怪我をしているようだったから心配で……だ、大丈夫か? 他に痛むところはないか?」
「はい……大丈夫、です。ありがとうございます……」
まだ赤みの残る顔で覗き込まれ、激しい動悸に襲われた。
でも、全然嫌な感じはなく、心臓が脈打つたびにじわじわと幸福感が広がる。これが恋の魔力とかいうものだろうか。
場違いな甘い空気に酔いそうになったところで、カーライル様は足元に落ちているものに気づいて拾い上げる。真新しいものだったというのに留め具が壊れ、宝石の表面には小さな傷がついている。
「あ、それは……すみません」
「謝ることはない。何故こうなったのかの想像はつく」
そう言ってくれるのはありがたいのですが、子供みたいに頭撫でないでください!
「と、ところで、その……ここはどこで――」
「カーライル様、その毒婦に騙されてはいけませんわ!」
転倒の衝撃から立ち直ったらしいクラリッサが、鋭く叫んだ。
彼女は乙女座りで床に崩れたまま、ポロポロと涙をこぼしながら必死に訴えかける。
「誘拐も監禁も、すべてこの女が仕組んだ自作自演です! 外にいた男たちを誑かして利用し、わたくしが屋敷で休んでいたところにいきなり押しかけて拉致し……さも自分が被害者であるように工作する芝居を打てと脅したのです! そしてすべてわたくしの罪として告発し、わたくしとカーライル様を引き裂こうと――」
「御託はいい。領地で謹慎中のお前が何故ここにいる? フロリアンが付けた監視はどうした?」
クラリッサを完全に拒絶したという意思表示なのか、これまでは敬意を払っていた呼び名も“お前”になり、口調もずっと冷たいものに変わっていた。
それにも驚いたが、彼女が領地で謹慎中だということにも驚いた。きっちり縁を切ったとは聞いてはいたが、彼女の処遇については何も聞かされておらず、社交シーズンだから普通に王都の屋敷にいるのだとばかり思っていたのに。
しかも殿下の監視付きとは。粘着質な感じが問題視されたのは想像に難くないが、クラリッサの邪眼があれば容易いことだろう。
「うふふ、ただわたくしは彼らに誠心誠意お願いしただけですわ……『どうか王都へ連れて行ってほしい』と」
そうやって邪眼で魅了して哀れなカモが一丁上がり、ということか。
「とんだ女狐だな。脱走したことはさておき、お前は俺と私的な関わりを持たないと、フロリアンたちの立ち合いのもと公的文書にサインしただろう。それを破れば廃嫡だと分かっていて、俺にまだ付きまとうのか?」
「真の恋に身分など関係ありませんわ! わたくしはカーライル様さえいれば、地位も身分も贅沢な暮らしも何もいりません! カーライル様と結ばれることこそが、わたくしの至上の望みですもの!」
愛も地位も欲した女が言うセリフではないが、殿下と私を共倒れにさせられなかった以上、王太子妃の座は諦めたということか。
クライマックスを熱演する舞台女優のように、大きな身振り手振りで訴えるクラリッサだが、その瞳に宿るのは恋の情熱ではなく、ゾッとするほどの執着心。やっぱり紛うことなきサイコパスであり、自分に酔いしれるナスシストだった。
そんな彼女をうんざりした目で見やり、カーライル様は吐き捨てるように告げる。
「妄想話はもう懲り懲りだ」
「妄想だなんて、失礼しちゃいますわ。愛するカーライル様の戯言なら許して差し上げますが、そのためには、その女に抱く穢れた妄執を取り払わないと。カーライル様が愛するのはわたくしだけ……そうでしょう?」
フラフラと立ち上がり、恍惚とした表情を浮かべてにじりよりながら、光る邪眼でカーライル様を見つめるクラリッサ。洗脳されかけたあのおぞましい感覚がよみがえり、注意を引くためとっさにカーライル様の腕を掴んだ。
彼の視線がクラリッサから私に向くと、小さく舌打ちの音がした。
「……その汚い手を放しなさい、プリエラ・ホワイトリー。その方はあなた風情が触れていい存在ではないのですよ」
「汚いのはそちらだろう。一連の事件……貴族街周辺で起きていた複数の騒動は、お前が首謀者だという調べがついている。主犯と思われる男女十五名が、お前に指示されたやったことだとそろって証言した。街中の注意をそちらに引きつけ、プリエラの拉致をスムーズに行うためだったのだろう?」
え……何それ。このことは前々から計画してたってこと?
それを実行するためにわざわざ領地を抜け出して、たくさんの人を操って町を混乱に陥れて、私を拉致させて偽の暴行事件をでっち上げて――想像するだけでゾクリと悪寒が走る。
「い、一体なんの話ですの?」
「軍が所有する自白剤を使って得られた証言であり、俺以外の隊員が聴取をした結果だ。あくまで教練用に調整されているものとはいえ、訓練されていない人間が嘘を突き通すのは困難だ」
一般人に自白剤飲ますとか物騒すぎませんか、カーライル様。
ていうか、邪眼は自白剤で無効化できるのか……ありがたみがないチートだな。
「それに、一人二人ではなく全員から同じ証言が得られている。それだけでお前を糾弾する材料になるが、“指示書”をもらったという者の証言もあるから、物的な証拠もいずれ出てくるだろう。お前の筆跡でなくとも、代筆した人物を探し出し、お前に脅迫されたかどうかを確かめれば終わりだ。おとなしく罪を認めたらどうだ?」
なんだかカーライル様が軍人じゃなく名探偵に見えてきた。
推理要素はなかったはずなんですが、このゲーム。
口を挟めない私がうっかり横道に逸れた思考に走る中、追い詰められたクラリッサは憎々しげに舌打ちをしてこの場から逃げ出そうとしたが、入り口に立ち塞がった人物――先ほどカーライル様を呼びに来たニコルという軍人に阻まれてしまう。
彼はクラリッサの手首を軽くひねり、後ろに回して関節を固める。
「いたたた……! ちょっと、何するのよ! アタシは公爵令嬢よ! 男爵の三男坊程度が気安く触らないで!」
「すみませんねぇ、これも仕事なんで。おとなしくしててくださいよ、っと」
トスン、と首筋に手刀が入ると、クラリッサは呻きながら床に崩れた。
気絶はしていないようだが、全身に力が入らないのかぐったりしている。憎々しげに睨まれるが涼しい顔でスルーしたニコルさんは、軍服の内ポケットから一枚の紙きれを取り出して彼女に突き付ける。
「はいこれ、国王陛下からあなた宛てのラブレターです。『クラリッサ・マクレイン、汝を国家反逆罪の容疑により地下牢へ投獄する』――おっと、失礼。ラブレターではなく三下り半でしたか」
「なっ……国家反逆罪!?」
素っ頓狂な声を上げて青ざめるクラリッサ。
確かに一つ一つの事件としての被害は小さいし、やったことに対する罪状が重すぎる気もするけど、こうして人を扇動して暴動を起こせることが証明されている以上、なんらかの形で拘束されるのは仕方のないことだ。
「おっと、まだ容疑ですよ、容疑。裁判で勝てばいいだけじゃないですか。お貴族様ってそういうのお得意でしょ
う?」
「そ、そうよね! 何があってもパパがアタシを守ってくれるわ! パパはアタシをとーっても愛してくれているし、そもそも一人っ子のアタシを死ぬ気で守るのは、当主として当然の義務だもの! ついでにこの女に罪を擦り付けて処分してもらわないと! うふふふふふふっ……」
クラリッサ……本音がダダッと漏れてますけど。
ていうか、罪を擦り付けてって言ってる時点で、自分の罪を認めてるようなものだから。これがいわゆる語るに落ちる……というわけではないな。ただの自滅だ。
それに気づいていないのは本人だけで、カーライル様もニコルさんも呆れ顔を見合わせて、小さく首を振った。
あとどうでもいいことだが、クラリッサは公爵家の一人娘だから、悪役令嬢であっても殿下の婚約者ではなかった、ということか。ゲームではその背景が描かれてなかったし、貴族名鑑を読んでいる暇もなかったとはいえ、今さらすぎる認識だ。反省しよう。
しかし、そこからさらに認識を覆すことがニコルさんの口から暴露された。
「うーん、それはどうかなぁ。生々しい話で恐縮だけど、公爵閣下には愛人が腐るほどいてねぇ。おかげさまで、他に子供が五人いるらしいよ。中には男の子もいる。つまり、スペアはいくらでもいるってこと。庶子というのは体裁が悪いけど、犯罪者の実の娘よりかは断然マシだよね?」
五人の隠し子! こっちの方がよっぽどスキャンダルだな!
「はぁ!? そんなの嘘よ!」
「嘘かどうかは、君が身を持って体験すると思うよ。お父上がいくら君を溺愛していても、家名と君を天秤にかけて果たして君の方が重いのかどうか……試してみればいい」
うわ……ニコルさんが完全に悪役の顔をしている。
その悪人面に引いているのか、パパの隠し子疑惑に動揺しているのか、クラリッサは青ざめた顔で全身をフルフルと振るわせる。
「ど、どうして? アタシはヒロインよ? なんでこんな目に遭うの? アタシが何したっていうのよ? こんなのおかしい、おかしすぎるわ!」
ここまできて悪役令嬢=ヒロインの図式から抜け出せない彼女は、思い通りにならない現実から目を逸らし、短くなった黒髪を振り乱して子供の駄々のように喚き散らす。
「……あなたは自分の好意を一方的に押し付けるだけで、相手の気持ちを考えなかった。私一人に喧嘩を売るだけだったらまだしも、無関係な人を巻き込んで余計な事件も起こした。それで愛されたいなんて、ちょっとおこがましいんじゃないの?」
「なんで? だって私は神に選ばれし者よ? こんな結末、認められないわ! あ、そうか、ここからループが始まるのね! アタシが幸せをつかむまで何度でも! カーライル様、待っていてくださいね! 必ずアタシのものにしてみせます!」
ループの可能性を見出したクラリッサは、一転してキラキラ……いや、ギラギラした表情を浮かべ、今まで以上に一方的で重たい思いの丈をぶつける。
カーライル様は不快感をあらわにしてドン引きだ。ニコルさんはそんな上官の顔を見てニヤけていたが、さりげなくクラリッサから距離を取っていた。ヤンデレ女子はウケが悪いみたいだぞ、クラリッサ。
それから数分としないうちにガタイのいい謎の集団――多分貴族の犯罪を取り締まる貴族連盟の武官たちがやって来てクラリッサを拘束した。
ブツブツとつぶやきながらループ後の計画を練るクラリッサを不気味そうに見下ろしつつも、速やかに職務を遂行して去っていった。
「プリエラ、無事か!?」
「カーライル様!」
叫んだのは私ではなくクラリッサ。
園芸バサミを放り出し、瞬時にお嬢様令嬢の皮を被り直して、涙を流しながら彼に縋り付こうとしたが……無表情で足払いをかけられて転がされ、埃だらけの床に倒れ伏した。
助かった、と思ったのも束の間。
今の私の絵面が相当ヤバい。完全にポロリしてないから十五禁で済んでると思うけど、そこにクラリッサしかいなかったとしても、“何かあった”と誤解されてもおかしくない状態だ。
しかし、両手が塞がっているので自分の醜態を隠す術はなく、カーライル様は私の姿を目の当たりにして硬直した。逆光の中でも耳まで真っ赤になった顔が見えた。
は、恥ずかしすぎる!
でもここは、貧乳でも自信を持っていいってポジティブに考えるべき!?
などとやけくそ気味な思考を巡らせている間に、我に返ったらしいカーライル様は、もたつきながら上着を脱いで肩にかけ、私の露出部分を覆った。
続いてポケットから折り畳みナイフ出し、手足を縛っていたロープを手際よく切断して自由にしてくれた。
「す、すまない……その、み、見たことは見たが、怪我をしているようだったから心配で……だ、大丈夫か? 他に痛むところはないか?」
「はい……大丈夫、です。ありがとうございます……」
まだ赤みの残る顔で覗き込まれ、激しい動悸に襲われた。
でも、全然嫌な感じはなく、心臓が脈打つたびにじわじわと幸福感が広がる。これが恋の魔力とかいうものだろうか。
場違いな甘い空気に酔いそうになったところで、カーライル様は足元に落ちているものに気づいて拾い上げる。真新しいものだったというのに留め具が壊れ、宝石の表面には小さな傷がついている。
「あ、それは……すみません」
「謝ることはない。何故こうなったのかの想像はつく」
そう言ってくれるのはありがたいのですが、子供みたいに頭撫でないでください!
「と、ところで、その……ここはどこで――」
「カーライル様、その毒婦に騙されてはいけませんわ!」
転倒の衝撃から立ち直ったらしいクラリッサが、鋭く叫んだ。
彼女は乙女座りで床に崩れたまま、ポロポロと涙をこぼしながら必死に訴えかける。
「誘拐も監禁も、すべてこの女が仕組んだ自作自演です! 外にいた男たちを誑かして利用し、わたくしが屋敷で休んでいたところにいきなり押しかけて拉致し……さも自分が被害者であるように工作する芝居を打てと脅したのです! そしてすべてわたくしの罪として告発し、わたくしとカーライル様を引き裂こうと――」
「御託はいい。領地で謹慎中のお前が何故ここにいる? フロリアンが付けた監視はどうした?」
クラリッサを完全に拒絶したという意思表示なのか、これまでは敬意を払っていた呼び名も“お前”になり、口調もずっと冷たいものに変わっていた。
それにも驚いたが、彼女が領地で謹慎中だということにも驚いた。きっちり縁を切ったとは聞いてはいたが、彼女の処遇については何も聞かされておらず、社交シーズンだから普通に王都の屋敷にいるのだとばかり思っていたのに。
しかも殿下の監視付きとは。粘着質な感じが問題視されたのは想像に難くないが、クラリッサの邪眼があれば容易いことだろう。
「うふふ、ただわたくしは彼らに誠心誠意お願いしただけですわ……『どうか王都へ連れて行ってほしい』と」
そうやって邪眼で魅了して哀れなカモが一丁上がり、ということか。
「とんだ女狐だな。脱走したことはさておき、お前は俺と私的な関わりを持たないと、フロリアンたちの立ち合いのもと公的文書にサインしただろう。それを破れば廃嫡だと分かっていて、俺にまだ付きまとうのか?」
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クライマックスを熱演する舞台女優のように、大きな身振り手振りで訴えるクラリッサだが、その瞳に宿るのは恋の情熱ではなく、ゾッとするほどの執着心。やっぱり紛うことなきサイコパスであり、自分に酔いしれるナスシストだった。
そんな彼女をうんざりした目で見やり、カーライル様は吐き捨てるように告げる。
「妄想話はもう懲り懲りだ」
「妄想だなんて、失礼しちゃいますわ。愛するカーライル様の戯言なら許して差し上げますが、そのためには、その女に抱く穢れた妄執を取り払わないと。カーライル様が愛するのはわたくしだけ……そうでしょう?」
フラフラと立ち上がり、恍惚とした表情を浮かべてにじりよりながら、光る邪眼でカーライル様を見つめるクラリッサ。洗脳されかけたあのおぞましい感覚がよみがえり、注意を引くためとっさにカーライル様の腕を掴んだ。
彼の視線がクラリッサから私に向くと、小さく舌打ちの音がした。
「……その汚い手を放しなさい、プリエラ・ホワイトリー。その方はあなた風情が触れていい存在ではないのですよ」
「汚いのはそちらだろう。一連の事件……貴族街周辺で起きていた複数の騒動は、お前が首謀者だという調べがついている。主犯と思われる男女十五名が、お前に指示されたやったことだとそろって証言した。街中の注意をそちらに引きつけ、プリエラの拉致をスムーズに行うためだったのだろう?」
え……何それ。このことは前々から計画してたってこと?
それを実行するためにわざわざ領地を抜け出して、たくさんの人を操って町を混乱に陥れて、私を拉致させて偽の暴行事件をでっち上げて――想像するだけでゾクリと悪寒が走る。
「い、一体なんの話ですの?」
「軍が所有する自白剤を使って得られた証言であり、俺以外の隊員が聴取をした結果だ。あくまで教練用に調整されているものとはいえ、訓練されていない人間が嘘を突き通すのは困難だ」
一般人に自白剤飲ますとか物騒すぎませんか、カーライル様。
ていうか、邪眼は自白剤で無効化できるのか……ありがたみがないチートだな。
「それに、一人二人ではなく全員から同じ証言が得られている。それだけでお前を糾弾する材料になるが、“指示書”をもらったという者の証言もあるから、物的な証拠もいずれ出てくるだろう。お前の筆跡でなくとも、代筆した人物を探し出し、お前に脅迫されたかどうかを確かめれば終わりだ。おとなしく罪を認めたらどうだ?」
なんだかカーライル様が軍人じゃなく名探偵に見えてきた。
推理要素はなかったはずなんですが、このゲーム。
口を挟めない私がうっかり横道に逸れた思考に走る中、追い詰められたクラリッサは憎々しげに舌打ちをしてこの場から逃げ出そうとしたが、入り口に立ち塞がった人物――先ほどカーライル様を呼びに来たニコルという軍人に阻まれてしまう。
彼はクラリッサの手首を軽くひねり、後ろに回して関節を固める。
「いたたた……! ちょっと、何するのよ! アタシは公爵令嬢よ! 男爵の三男坊程度が気安く触らないで!」
「すみませんねぇ、これも仕事なんで。おとなしくしててくださいよ、っと」
トスン、と首筋に手刀が入ると、クラリッサは呻きながら床に崩れた。
気絶はしていないようだが、全身に力が入らないのかぐったりしている。憎々しげに睨まれるが涼しい顔でスルーしたニコルさんは、軍服の内ポケットから一枚の紙きれを取り出して彼女に突き付ける。
「はいこれ、国王陛下からあなた宛てのラブレターです。『クラリッサ・マクレイン、汝を国家反逆罪の容疑により地下牢へ投獄する』――おっと、失礼。ラブレターではなく三下り半でしたか」
「なっ……国家反逆罪!?」
素っ頓狂な声を上げて青ざめるクラリッサ。
確かに一つ一つの事件としての被害は小さいし、やったことに対する罪状が重すぎる気もするけど、こうして人を扇動して暴動を起こせることが証明されている以上、なんらかの形で拘束されるのは仕方のないことだ。
「おっと、まだ容疑ですよ、容疑。裁判で勝てばいいだけじゃないですか。お貴族様ってそういうのお得意でしょ
う?」
「そ、そうよね! 何があってもパパがアタシを守ってくれるわ! パパはアタシをとーっても愛してくれているし、そもそも一人っ子のアタシを死ぬ気で守るのは、当主として当然の義務だもの! ついでにこの女に罪を擦り付けて処分してもらわないと! うふふふふふふっ……」
クラリッサ……本音がダダッと漏れてますけど。
ていうか、罪を擦り付けてって言ってる時点で、自分の罪を認めてるようなものだから。これがいわゆる語るに落ちる……というわけではないな。ただの自滅だ。
それに気づいていないのは本人だけで、カーライル様もニコルさんも呆れ顔を見合わせて、小さく首を振った。
あとどうでもいいことだが、クラリッサは公爵家の一人娘だから、悪役令嬢であっても殿下の婚約者ではなかった、ということか。ゲームではその背景が描かれてなかったし、貴族名鑑を読んでいる暇もなかったとはいえ、今さらすぎる認識だ。反省しよう。
しかし、そこからさらに認識を覆すことがニコルさんの口から暴露された。
「うーん、それはどうかなぁ。生々しい話で恐縮だけど、公爵閣下には愛人が腐るほどいてねぇ。おかげさまで、他に子供が五人いるらしいよ。中には男の子もいる。つまり、スペアはいくらでもいるってこと。庶子というのは体裁が悪いけど、犯罪者の実の娘よりかは断然マシだよね?」
五人の隠し子! こっちの方がよっぽどスキャンダルだな!
「はぁ!? そんなの嘘よ!」
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その悪人面に引いているのか、パパの隠し子疑惑に動揺しているのか、クラリッサは青ざめた顔で全身をフルフルと振るわせる。
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ここまできて悪役令嬢=ヒロインの図式から抜け出せない彼女は、思い通りにならない現実から目を逸らし、短くなった黒髪を振り乱して子供の駄々のように喚き散らす。
「……あなたは自分の好意を一方的に押し付けるだけで、相手の気持ちを考えなかった。私一人に喧嘩を売るだけだったらまだしも、無関係な人を巻き込んで余計な事件も起こした。それで愛されたいなんて、ちょっとおこがましいんじゃないの?」
「なんで? だって私は神に選ばれし者よ? こんな結末、認められないわ! あ、そうか、ここからループが始まるのね! アタシが幸せをつかむまで何度でも! カーライル様、待っていてくださいね! 必ずアタシのものにしてみせます!」
ループの可能性を見出したクラリッサは、一転してキラキラ……いや、ギラギラした表情を浮かべ、今まで以上に一方的で重たい思いの丈をぶつける。
カーライル様は不快感をあらわにしてドン引きだ。ニコルさんはそんな上官の顔を見てニヤけていたが、さりげなくクラリッサから距離を取っていた。ヤンデレ女子はウケが悪いみたいだぞ、クラリッサ。
それから数分としないうちにガタイのいい謎の集団――多分貴族の犯罪を取り締まる貴族連盟の武官たちがやって来てクラリッサを拘束した。
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