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悪役令嬢VSヒロイン
悪役令嬢がもたらしたもの
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その後、私が目を覚ましたのは翌日の夜になってから。
キャパオーバーだけでなく、事件に巻き込まれた疲労もあって、ほぼ丸々一日眠り続けていたようだ。
その後も数日はまともに動くこともできないくらい体がだるく、食事すら侍女の手を借りないとできないほど不自由だった。その間やったことといえば、聴取のため訪問してくるニコルさんの相手くらいで、あとは睡魔に襲われるまま眠りに就いた。
自覚はなくても、疲労やストレスが体を蝕んでいたということか。
そうそう、どうでもいいことだが、弟が風邪を引いたというのは真っ赤な嘘だった。
といっても弟が嘘をついたわけではなく、クラリッサがホワイトリー家の侍女の名を騙り、虚偽の手紙を父に送りつけたのだ。
おそらく、保護者不在の方がカーライル様との交渉に有利だと思ったのだろう。
長らく離れていた親子が再会できたのはよかったが、父が帰って来たと思ったら姉が誘拐されたなんて一報を受けた弟の心境はいかばかりか。
幼い心にトラウマが残らないことを祈りつつ、私は五体満足でピンピンしていると手紙を送ってあげた……実際にはベッドの住人だけどね。
ちなみに、カーライル様とはあれ以来会っていない。
ニコルさんが言うには事後処理が忙しいとのことだが、ちょっとお見舞いにくらい来てくれればいいのに。
でもその代わりに、毎日花が贈られて来る。リーゼの祝日のデートが潰れたお詫びなのか、毎回赤い花だ。私はほとんど寝ていたのでじっくり鑑賞できなかったが、いい香りのおかげか夢見はずっと良かった気がする。
それからしばらく経ち、睡魔から解放されベッドから抜け出すことができた。
全快とはいわないが、安静にする必要はないと医者からもお墨付きをもらった。
鈍った体を動かしがてら、メアリーに付き合ってもらって庭に花の苗を植えながら、頭の片隅でクラリッサのことを想う。
王都を騒がせたあの一連の事件を扇動したのがクラリッサだと報じられることもなく、投獄も公にはなっていない。彼女が社交界から消えた理由は『不治の病に冒され、領地で闘病生活をしている』とされ、かの公爵令嬢が首謀者だとはきっとほとんどの人間が知らないまま。
そんな無知な人々が平穏を謳歌する裏側で、投獄されたクラリッサの廃嫡は速やかに受理され、マクレイン家から追放された。
元々カーライル様と私的な接触を計れば廃嫡するという旨の公的文書にサインしていたから、今回の事件とは無関係に廃嫡は決定事項だったようだ。
しかし、親子の縁が切れても両親の愛は変わらないようで、足しげく面会に通っているようだが、彼女は著しい心神耗弱状態であり、まともな会話ができないばかりか、ひどいときには錯乱の末に気絶することもあるとか。
そのせいで聴取は一向に進まず、自白が取れないまま刑の確定するしかないらしい。
国家反逆罪は、しでかした内容に関わらず極刑に処されるのが普通だ。
悪役令嬢にふさわしい末路……なんて冗談でも言えない。ザマァは趣味ではないし、私のせいで死刑なんて後味が悪すぎる。なので、減刑の嘆願書をしたためて王宮に送った。
直接の被害者の訴えだし、多少は役に立つと思う。
それでもよくて無期懲役刑か、さらに温情があれば辺境の修道院に軟禁で済むかもしれがいが、一生日の当たらない暮らしを強いられることになると思う。だとしても、死ぬよりかは生きていてほしいと思うのは、いい子ちゃんのエゴの押し付けだろうか?
そういえば、クラリッサはループ説を頑なに信じていたようだが、もし彼女が過去へ戻ってやり直してカーライル様と結ばれたら、私はどうなるんだろう?
異なる時間軸が生まれるのか、それとも現在が上書きされるのか。
ただあの様子では、何度やり直したところで成功しない気はするけど……時を越えてザマァされるのだけは勘弁してほしい。
「……苗が埋まっている」
「え? あ、ごめんなさい」
肩を揺さぶられ、目の前に土の山がこんもりと盛り上がっているのに気づいた。考え事に没頭していたせいで注意力散漫になっていたのだろう。
慌てて掘り起こして緑の葉っぱを出し――ふと、さっき聞こえた声がメアリーのものではない気がして顔を上げると、すぐ横に軍服姿のカーライル様がいた。
「へ? ふわっ!?」
あの事件からもう十日以上経っているのに、あの濃厚なキスの感触を思い出すと落ち着かなくなり、後ずさって距離を取ってしまう。
「……あ、あのことはちゃんと反省しているから、そう露骨に避けらないでくれ。頼む。式を挙げるまでは自重する。約束するから、その、もう少し近く来てくれ」
式以降は自重しないのか、と突っ込みたいが、飼い主に叱られてしょぼくれた犬みたいなオーラが漂っており、可哀想かつ可愛いのでほだされてあげることにした。こうして直接会えたのは嬉しいのは事実だ。
しかし、普段着で庭いじりしてる格好で再会するとは思わなかった。来るなら来るって前もって言ってくれ、と心の中で悪態をつきながら、「着替えてきます」と踵を返そうとしたが止められた。
「いや、少し話したいことがあって、巡回の途中で寄っただけだ」
「お話、ですか?」
「ニコルが仕入れてきた情報なんだが、クラリッサ・マクレインがお膳立てしたカップルが、水面下で次々と仲違いしているらしい。そのうち婚約破棄ラッシュがくるとあいつは予想している――邪眼の効果が切れたんだろうな」
一応、クラリッサの持つチート能力については報告してある。乙女ゲームだとか転生者だとかいう話を抜きにしても荒唐無稽な内容だっただろうが、彼らも彼女の瞳に不可思議な力を感じていたようなので、案外すんなりと受け入れてくれた。
もちろん、このことも公にはされていない。彼女を裁くための判断材料なので、ごくわずかな人の間で共有されているが、万が一にも悪用されては困るので国家機密扱いになっている。
そんな裏話はともかく、クラリッサは愛と権力の両方を手に入れるため、邪眼を使って魅了した相手を操りカップルを作ったと言っていた。しかし、彼女の不安定な精神状態のせいか、はたまた彼女のしでかしたことに神が愛想をつかしたのか、邪眼の効果が切れてみんな一斉に我に返った状態だと想像される。
「え、ということは殿下とセシリア様は……」
「それは大丈夫だ。俺も最近まで知らなかったが、あの女が仲を取り持ったわけじゃないらしい。そもそも、あの二人が邪眼に屈して偽りの感情を抱くなど、俺には想像がつかないな」
確かに、二人ともクラリッサを盲信している様子はなかった。
では一体どんな出会いや経緯があったのか……いつかセシリア様とお茶会をする時があれば、ゆっくり聞いてみたいものだ。
「……話を戻すが、中には純潔を失ったとか身ごもったとかいう令嬢もいるようで、そちらはかなり泥沼の争いになるだろうな」
「う、うわぁ……」
我を失っている間に、好きでもなければ利益もない相手と婚約が決まっていたとしたら……しかも処女喪失や妊娠が加われば、想像を絶するパニックだろう。
特に貴族令嬢にとっては大きな瑕疵だ。そのような状態で婚約破棄されてはまともな結婚はできないだろうし、実家でも腫れもの扱いされて修道院送り、なんてことにもなりかねない。
男性側にとっても重大な問題で、責任を取って結婚できないなら慰謝料を払い、生まれてくる子を認知して養育費を払う必要がある。次代の当主ともなればそれも可能な選択肢だが、金銭的に余裕のない次男三男になれば困難な道だ。
カーライル様の言う通り、これからしばらく社交界は荒れること間違いない。
チートに頼って好き勝手やった結果、愛する人に拒絶され、無関係の人を巻き込んで、暴走して人格崩壊して、その上社交界をしっちゃかめっちゃかにしたクラリッサは、一周回って本物の悪役令嬢になってしまったようだ。
でも、私も決してまともなヒロインだったとは言えないだろう。
クラリッサの言う通り、彼女のお膳立てを横から掻っ攫っていったようなもので、正規の恋の道筋を辿ったわけではない。
それでも、あんな人にカーライル様を奪われなくてよかったと思ってしまう私は、きっとヒロイン失格だ。
結局、私たちは正しい意味での“ヒロイン”にはなれなかった。
現実はライトノベルのようにはいかないものだな、とつくづく思う。
「プリエラ?」
「あ、すみません。皆さん大変だなと思って。ところで、どうしてそのような話を? カーライル様がゴシップ好きとは思えませんけど」
考え事をごまかし、質問を投げる。
「婚約破棄がそこかしこで起これば、新しい相手を探す奴らで社交界が溢れかえる。令嬢は大っぴらに相手を探せないだろうから俺はともかく、なんの瑕疵もない適齢期のプリエラは令息共の餌食になる」
そ、それってまさかの逆ハーレム!
乙女ゲームのエンディングとしてはアリでも、実現させたくはないな。しかも、攻略対象だけじゃなく、有象無象もわんさかいるようでは心が休まらない。いや、今の私にはカーライル様がいるので、まったく興味はないけど。
「まあ、そういうわけで、できるだけ早く籍を入れてしまいたいのだが……」
私の体調が整ってからということで正式に婚約を結んだわけではないが、両家の間では話が着実に進行しており、カーライル様の婚約者だと名乗っても問題はない。しかし、婚約者という立場は法的な庇護は弱く、貧乏子爵家ともなればなおさら守られる確率は低い。
というわけで、さっさと私をジード家の一員として迎え、配偶者という万全の地位に収めてしまおうということか。
「なんなら今すぐ結婚同意書にサインしますが?」
「い、いや、そこまで急がなくていい。というか、式は飛ばさないでくれ。プリエラのウエディングドレス姿を楽しみにして……いるだろう、お父上は。費用は俺が持つから、好きなドレスを買ってくれ」
妙な間があったが、それはカーライル様の願望と捉えていいのだろうか?
結婚式とか面倒なだけだし、ウエディングドレスにも特別な思い入れはないが、好きな人が着てほしいというならやぶさかではない。自腹じゃないというのも嬉しい。無駄遣いはしないけどね。
「分かりました。父にはそう伝えておきます」
「快諾してくれて助かった。細かな打ち合わせは後日に。では、そろそろ戻らないといけないが……」
チラッと、どこか期待の含んだ視線で私を見下ろすカーライル様。
こ、この人、自重すると言った端から……!
無視して送り出そうかと思ったが、いたいけない子犬みたいな目で見つめられては、断るに断れない。
「……自重するなら、どうぞ」
そう言って目を閉じると、唇が触れ合うだけのキスが落ちてきて、すっと体が離れた。
確かに自重はしてくれたけど……物足りないと感じる自分を殴りたい。
前回のは異常で、今回のが正常なのだ。流されてはいけないのだ、こういうのは。自分で言っててよく分からないけど。
私の葛藤を見透かしたみたいに意地悪くカーライル様を見送り、悶々とした気持ちを抱えながら残りの苗を植えた。
キャパオーバーだけでなく、事件に巻き込まれた疲労もあって、ほぼ丸々一日眠り続けていたようだ。
その後も数日はまともに動くこともできないくらい体がだるく、食事すら侍女の手を借りないとできないほど不自由だった。その間やったことといえば、聴取のため訪問してくるニコルさんの相手くらいで、あとは睡魔に襲われるまま眠りに就いた。
自覚はなくても、疲労やストレスが体を蝕んでいたということか。
そうそう、どうでもいいことだが、弟が風邪を引いたというのは真っ赤な嘘だった。
といっても弟が嘘をついたわけではなく、クラリッサがホワイトリー家の侍女の名を騙り、虚偽の手紙を父に送りつけたのだ。
おそらく、保護者不在の方がカーライル様との交渉に有利だと思ったのだろう。
長らく離れていた親子が再会できたのはよかったが、父が帰って来たと思ったら姉が誘拐されたなんて一報を受けた弟の心境はいかばかりか。
幼い心にトラウマが残らないことを祈りつつ、私は五体満足でピンピンしていると手紙を送ってあげた……実際にはベッドの住人だけどね。
ちなみに、カーライル様とはあれ以来会っていない。
ニコルさんが言うには事後処理が忙しいとのことだが、ちょっとお見舞いにくらい来てくれればいいのに。
でもその代わりに、毎日花が贈られて来る。リーゼの祝日のデートが潰れたお詫びなのか、毎回赤い花だ。私はほとんど寝ていたのでじっくり鑑賞できなかったが、いい香りのおかげか夢見はずっと良かった気がする。
それからしばらく経ち、睡魔から解放されベッドから抜け出すことができた。
全快とはいわないが、安静にする必要はないと医者からもお墨付きをもらった。
鈍った体を動かしがてら、メアリーに付き合ってもらって庭に花の苗を植えながら、頭の片隅でクラリッサのことを想う。
王都を騒がせたあの一連の事件を扇動したのがクラリッサだと報じられることもなく、投獄も公にはなっていない。彼女が社交界から消えた理由は『不治の病に冒され、領地で闘病生活をしている』とされ、かの公爵令嬢が首謀者だとはきっとほとんどの人間が知らないまま。
そんな無知な人々が平穏を謳歌する裏側で、投獄されたクラリッサの廃嫡は速やかに受理され、マクレイン家から追放された。
元々カーライル様と私的な接触を計れば廃嫡するという旨の公的文書にサインしていたから、今回の事件とは無関係に廃嫡は決定事項だったようだ。
しかし、親子の縁が切れても両親の愛は変わらないようで、足しげく面会に通っているようだが、彼女は著しい心神耗弱状態であり、まともな会話ができないばかりか、ひどいときには錯乱の末に気絶することもあるとか。
そのせいで聴取は一向に進まず、自白が取れないまま刑の確定するしかないらしい。
国家反逆罪は、しでかした内容に関わらず極刑に処されるのが普通だ。
悪役令嬢にふさわしい末路……なんて冗談でも言えない。ザマァは趣味ではないし、私のせいで死刑なんて後味が悪すぎる。なので、減刑の嘆願書をしたためて王宮に送った。
直接の被害者の訴えだし、多少は役に立つと思う。
それでもよくて無期懲役刑か、さらに温情があれば辺境の修道院に軟禁で済むかもしれがいが、一生日の当たらない暮らしを強いられることになると思う。だとしても、死ぬよりかは生きていてほしいと思うのは、いい子ちゃんのエゴの押し付けだろうか?
そういえば、クラリッサはループ説を頑なに信じていたようだが、もし彼女が過去へ戻ってやり直してカーライル様と結ばれたら、私はどうなるんだろう?
異なる時間軸が生まれるのか、それとも現在が上書きされるのか。
ただあの様子では、何度やり直したところで成功しない気はするけど……時を越えてザマァされるのだけは勘弁してほしい。
「……苗が埋まっている」
「え? あ、ごめんなさい」
肩を揺さぶられ、目の前に土の山がこんもりと盛り上がっているのに気づいた。考え事に没頭していたせいで注意力散漫になっていたのだろう。
慌てて掘り起こして緑の葉っぱを出し――ふと、さっき聞こえた声がメアリーのものではない気がして顔を上げると、すぐ横に軍服姿のカーライル様がいた。
「へ? ふわっ!?」
あの事件からもう十日以上経っているのに、あの濃厚なキスの感触を思い出すと落ち着かなくなり、後ずさって距離を取ってしまう。
「……あ、あのことはちゃんと反省しているから、そう露骨に避けらないでくれ。頼む。式を挙げるまでは自重する。約束するから、その、もう少し近く来てくれ」
式以降は自重しないのか、と突っ込みたいが、飼い主に叱られてしょぼくれた犬みたいなオーラが漂っており、可哀想かつ可愛いのでほだされてあげることにした。こうして直接会えたのは嬉しいのは事実だ。
しかし、普段着で庭いじりしてる格好で再会するとは思わなかった。来るなら来るって前もって言ってくれ、と心の中で悪態をつきながら、「着替えてきます」と踵を返そうとしたが止められた。
「いや、少し話したいことがあって、巡回の途中で寄っただけだ」
「お話、ですか?」
「ニコルが仕入れてきた情報なんだが、クラリッサ・マクレインがお膳立てしたカップルが、水面下で次々と仲違いしているらしい。そのうち婚約破棄ラッシュがくるとあいつは予想している――邪眼の効果が切れたんだろうな」
一応、クラリッサの持つチート能力については報告してある。乙女ゲームだとか転生者だとかいう話を抜きにしても荒唐無稽な内容だっただろうが、彼らも彼女の瞳に不可思議な力を感じていたようなので、案外すんなりと受け入れてくれた。
もちろん、このことも公にはされていない。彼女を裁くための判断材料なので、ごくわずかな人の間で共有されているが、万が一にも悪用されては困るので国家機密扱いになっている。
そんな裏話はともかく、クラリッサは愛と権力の両方を手に入れるため、邪眼を使って魅了した相手を操りカップルを作ったと言っていた。しかし、彼女の不安定な精神状態のせいか、はたまた彼女のしでかしたことに神が愛想をつかしたのか、邪眼の効果が切れてみんな一斉に我に返った状態だと想像される。
「え、ということは殿下とセシリア様は……」
「それは大丈夫だ。俺も最近まで知らなかったが、あの女が仲を取り持ったわけじゃないらしい。そもそも、あの二人が邪眼に屈して偽りの感情を抱くなど、俺には想像がつかないな」
確かに、二人ともクラリッサを盲信している様子はなかった。
では一体どんな出会いや経緯があったのか……いつかセシリア様とお茶会をする時があれば、ゆっくり聞いてみたいものだ。
「……話を戻すが、中には純潔を失ったとか身ごもったとかいう令嬢もいるようで、そちらはかなり泥沼の争いになるだろうな」
「う、うわぁ……」
我を失っている間に、好きでもなければ利益もない相手と婚約が決まっていたとしたら……しかも処女喪失や妊娠が加われば、想像を絶するパニックだろう。
特に貴族令嬢にとっては大きな瑕疵だ。そのような状態で婚約破棄されてはまともな結婚はできないだろうし、実家でも腫れもの扱いされて修道院送り、なんてことにもなりかねない。
男性側にとっても重大な問題で、責任を取って結婚できないなら慰謝料を払い、生まれてくる子を認知して養育費を払う必要がある。次代の当主ともなればそれも可能な選択肢だが、金銭的に余裕のない次男三男になれば困難な道だ。
カーライル様の言う通り、これからしばらく社交界は荒れること間違いない。
チートに頼って好き勝手やった結果、愛する人に拒絶され、無関係の人を巻き込んで、暴走して人格崩壊して、その上社交界をしっちゃかめっちゃかにしたクラリッサは、一周回って本物の悪役令嬢になってしまったようだ。
でも、私も決してまともなヒロインだったとは言えないだろう。
クラリッサの言う通り、彼女のお膳立てを横から掻っ攫っていったようなもので、正規の恋の道筋を辿ったわけではない。
それでも、あんな人にカーライル様を奪われなくてよかったと思ってしまう私は、きっとヒロイン失格だ。
結局、私たちは正しい意味での“ヒロイン”にはなれなかった。
現実はライトノベルのようにはいかないものだな、とつくづく思う。
「プリエラ?」
「あ、すみません。皆さん大変だなと思って。ところで、どうしてそのような話を? カーライル様がゴシップ好きとは思えませんけど」
考え事をごまかし、質問を投げる。
「婚約破棄がそこかしこで起これば、新しい相手を探す奴らで社交界が溢れかえる。令嬢は大っぴらに相手を探せないだろうから俺はともかく、なんの瑕疵もない適齢期のプリエラは令息共の餌食になる」
そ、それってまさかの逆ハーレム!
乙女ゲームのエンディングとしてはアリでも、実現させたくはないな。しかも、攻略対象だけじゃなく、有象無象もわんさかいるようでは心が休まらない。いや、今の私にはカーライル様がいるので、まったく興味はないけど。
「まあ、そういうわけで、できるだけ早く籍を入れてしまいたいのだが……」
私の体調が整ってからということで正式に婚約を結んだわけではないが、両家の間では話が着実に進行しており、カーライル様の婚約者だと名乗っても問題はない。しかし、婚約者という立場は法的な庇護は弱く、貧乏子爵家ともなればなおさら守られる確率は低い。
というわけで、さっさと私をジード家の一員として迎え、配偶者という万全の地位に収めてしまおうということか。
「なんなら今すぐ結婚同意書にサインしますが?」
「い、いや、そこまで急がなくていい。というか、式は飛ばさないでくれ。プリエラのウエディングドレス姿を楽しみにして……いるだろう、お父上は。費用は俺が持つから、好きなドレスを買ってくれ」
妙な間があったが、それはカーライル様の願望と捉えていいのだろうか?
結婚式とか面倒なだけだし、ウエディングドレスにも特別な思い入れはないが、好きな人が着てほしいというならやぶさかではない。自腹じゃないというのも嬉しい。無駄遣いはしないけどね。
「分かりました。父にはそう伝えておきます」
「快諾してくれて助かった。細かな打ち合わせは後日に。では、そろそろ戻らないといけないが……」
チラッと、どこか期待の含んだ視線で私を見下ろすカーライル様。
こ、この人、自重すると言った端から……!
無視して送り出そうかと思ったが、いたいけない子犬みたいな目で見つめられては、断るに断れない。
「……自重するなら、どうぞ」
そう言って目を閉じると、唇が触れ合うだけのキスが落ちてきて、すっと体が離れた。
確かに自重はしてくれたけど……物足りないと感じる自分を殴りたい。
前回のは異常で、今回のが正常なのだ。流されてはいけないのだ、こういうのは。自分で言っててよく分からないけど。
私の葛藤を見透かしたみたいに意地悪くカーライル様を見送り、悶々とした気持ちを抱えながら残りの苗を植えた。
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