彼呼迷軌(ひよめき)~言霊が紡ぐ最期の願い~

utsuro

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人柱 2

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 夜半。
 久遠くおんは一人、部屋を抜け出すと、濃紺の衣の女の寝所へと向かった。
 危険は承知だったが、命の危険はないという確信もあった。

 女の部屋の前につくと、久遠はためらうことなく戸に手をかけたが、緊張からそのまま束の間逡巡していた。
 まるでその様子をみていたかのように、中から抑揚のない女の声が久遠を呼ばわってくる。

 「久遠・・・・早く入ってこい。いつまで焦らす気だ。」

 久遠は名を呼ばれたことに不快感を覚えはしたが、酷く驚くことはなかった。
 細く開けた戸の隙間から、音を立てないよう身体をすべりこませ部屋の中へ入ると、ゆらゆらと揺れる蝋燭ろうそくの明かりが一つ・・・文机の上でひっそりとたたずんでいる。

 明かりに顔を照らされた濃紺の衣の女は、楽な姿勢というにはあまりにも官能的な姿で文机に肘をつき、気だるげな様子だ。

 「・・・なぜ、私が来たとわかった。」

 「挨拶もなしに、随分とくだらぬことを聞くのだな。・・・・まあよい。お前の手首の、それさ。」

 言われて久遠は自分の手首を見つめた。

 「それは儂が獲物に印すモノ。逃げることがかなわぬようにな。・・・・お前は賢そうだ。気づいているのだろう?この村に害をなしている妖の正体が・・・・儂だということに。」

 女は冷たい紫の瞳を爛々と輝かせ、妖艶な笑みを浮かべている。
 何も知らないものが見れば、美しくなまめかしいその仕草や姿に、一瞬のうちに魅了されることだろう。

 久遠は女の言葉に顔色一つ変えることなく、冷たい視線を返した。

 「無駄な話はいい。聞きたいことがあってきたのだ。・・・・お前、なぜ嘘をついた。」

 「嘘とは?」

 「大座敷でお前は、あの姿絵を翡翠のものだと言っただろう。」

 そのことか・・・と言うように、女は小さく「ああ。」と漏らし、盃に注いだ酒をあおった。
 血で染めたような真っ赤な唇を、濡れた深紅の舌が、ちらりとかすめる。

 「言ったよ。」

 「なぜだ!あの絵姿は・・・・私のものだ。お前はこれ以上、何を企んでいる。」

 女は愉快そうに小さく笑い、盃に酒をそそいだ。

 女が開示した絵姿は、着物の合わせが逆だった。
 あそこに描かれていたのは、女ではない。
 翡翠ではないのだ。

 「早まるな。儂にとって差異はないが、答えをたがえておるぞ。此度の案は、儂のものではない。久遠・・・・お前の父のものだ。」

 「まさか・・・・・。」

 「儂が嘘をついていると思うならそれでも構わぬが。世継ぎを失うわけにはいかぬと、翡翠の父に泣きついたのは、お前の父だよ。」

 「だが・・・だとしたらなぜ・・・お前は」

 久遠は息を乱し、あえぐように言葉をもらした。

 「なぜ儂がお前の父の勝手に目をつぶって、印をつけたお前ではなく、翡翠が人柱であると公言したのか・・・・だろう。・・・・・気になるか。」

 女はねっとりとした嫌な笑みを浮かべた。

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