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7話、ジャイアントスコーピオン(1)

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 ≪ドラーテム王国≫南西部、生き物の住めないような荒野。
 故に死の大地と呼ばれるサエウム荒原の中にも、水があふれ出るオアシスに作られた都市≪カルラ・オアシス≫へと向かう二人。

「ラーナ? 結構な距離を歩いたわよね?」
「4日かなっ! もうすぐ着くと思うよ」
「もうすぐって、昨日も聞いたんだけどぉー」

 周りを忙しなく飛び回る羽根妖精を気にも留めず、コートで身を包むラーナは軽くスキップしながら言い返す。

「馬車じゃないんだから、4日ぐらいじゃ着かないよー」
「っえぇ!? 日差しは強いし、照り返しもきつい! わたしもうやだぁー」
「やだぁーって、そんな丸出しだからでしょ?」
「その丸出しって言い方止めてもらえる?」

(ラーナの言い方だと、わたしが裸みたいじゃない!)

 ラーナはマントで全身を包んでいるが、リリはよほど砂漠には似つかわしくない格好をしている。
 転移したままのロングドレスなので、上半身は肩が出ており、スカートは自分の魔法でひらひらと棚引かせている。

「日焼けしちゃうー」
「はいはい」
「返事が雑過ぎない!?」
「ボクには関係ないし」
「わたしには重要な事なの!」
「じゃあフードはいる?」
「っえ? ……うん」

 フードを広げての提案にリリは、スルッとフードに入りラーナの首元に座った

「ところで今向かってる《カルラ・オアシス》ってどんなとこなの?」
「ボクも知らなーい」

 明るくそう答えたラーナ。

「ふーん、まっいっか。それよりわたし、そろそろお肉が食べたいわ、お肉!」
「たぶんだけど、いっぱいあるんじゃない? 亜人も暮らせる多種族都市らしいしね」
「亜人ってなに?」
「ざっくり言うと人族以外の人型種族のこと」
「獣人とか、エルフとか、ヴァンパイアとか?」

(もしかして正統派イケメンのエルフ、可愛らしいケモミミイケメン、クールで物憂げなヴァンパイアとかいるの? きゃー夢が広がるー!)

 心の中で飛び跳ねるリリを知ってか知らずか、ラーナは残酷な事実を突きつける。

「こんな辺境じゃ、獣人しかいないと思うけどね」
「エルフは? ヴァンパイアは? イケメンは!?」
「ヴァンパイアは敵性亜人だよ?」
「まじか!」
「マジだねっ! イケメンは……運が良ければいるんじゃない?」
「ならだいじょーぶ!! わたしラッキーガールだから!」
「あーはいはい、そうだねー」
「信じてないわね?」

 和気あいあいと喋りながら、二人は歩を進める。
 リリは座っているだけだが……

「ご飯まだ? お腹すいたよー、リリー!」

[このかしましい、おっと、、、訂正、訂正、天真爛漫な少女。
 全身をボロボロのマントで身を包み、足場が不安定な砂漠をスキップで難なく進んでいる童女。
 実際には童女というほど若くもないのだが、その偽童女の名はスヴェトラーナ・ヴォルコヴァ。
 訳あって天涯孤独となったハイ・オークの娘だ]

「残念ながらもうありません!」
「えー!!」
「ラーナったら、あるもの全部食べちゃうじゃない」
「干物は?」
「たくさん作ったのに、干物もラーナが食べきったじゃない」

[ラーナの顔の前で、フィクションの女教師が注意するようなポーズをリアルで決め、恥ずかしげもなく、ぶりっ子を決め込んでいるピクシーの女の子。
 家でダラダラと漫画を読んでいたら、これといった意思も決意なく、異世界に転移させられた少女(26)残念ながら主人公である]

(ちょっとー、ラーナとわたしの紹介に差がない? 流石にわたしも26歳にもなってあのポーズは無いかもなーとは思ってたけど、転生した今は0歳だし、許されるわ!)

「あれは美味しかったから、ボクもついつい食べ過ぎちゃった!」
「食べすぎちゃったじゃないでしょ!」

 舌をペロッとだしたラーナに、リリは言い返した。

「でもー、リリも一緒に食べてたじゃんかー」
「わたしはピクシーだから良いの! だってピクシーだもん!」
「それはずるくない?」
「わたしのお腹いっぱいは、ラーナの一口分でしょ」
「まぁ」
「だからわたしは良いんですー。見てよ、この小ささ!」

 ラーナの前をヒラヒラとからかう様に飛ぶリリ、ラーナはムッとして言い返す。

「そんなに食べて寝てばっかだと太るからね! 飛べなくなっても、ボク知らないからっ!」
「だいじょうぶですぅー」
「もぅいい!」

 ラーナは諦めたのか、ハァーッと大きなため息を付いた。
 しかし何かを思いついたのか、一瞬でテンションが戻ったラーナは提案をする。

「じゃあリリ! 食べ物を狩りに行こっ!」
「食べ物? 何を狩るの?」
「一日で食べきれないぐらい、おっきなやつが良い!」
「こんな砂漠にいるの?」

(居たら苦労してないでしょ)

「ボク、良いのがいそうな所、知ってるんだー」
「真っすぐカルラ・オアシスに向かわないの?」

 リリ達は旅の途中。
 調味料やスパイス、それにお金も少しは蓄えて置きたい、無一文に少しのスパイスじゃあ旅を続けるのには限界がある。

「そんなこと言ってもさぁ、カルラ・オアシスはまだまだ先なんだよ?」
「もう直ぐって言ってたじゃん」
「直ぐは直ぐだけど、一日以上は歩くよ?」
「一日以上!?」
「ボクはともかく、リリは耐えられる?」
「……行けなくはないけど……イヤッ! 絶対にイヤッ!」
「でしょー」

 ラーナはケタケタとからかうように言った。

(本当に明るい子、あんな過去があったとは思えないわ)

 リリは前に聞いたラーナの過去を思い出す。
 なぜラーナはこんなにも明るく振舞えるのだろうかと思うリリだが、改めて聞くには重すぎるので話しをそのまま続ける。

「わかったわ、ちなみに何?」
「聞きたいー?」
「もったいぶってないで教えて!」
「ジャイアントスコーピオン!!」

 ラーナは両手で指をチョキチョキとしながら答えた。
 逆にリリは顔の前で勢いよく手を振り否定した。


「いやいやいや」

(ジャイアントですよジャイアント、いくらラーナがハイ・オークとは言え、ラーナは一般的なハイ・オークの半分ぐらいのサイズらしいし、わたしに至ってはピクシーよ?)

「そんなに変かな?」
「わたしサソリには少しだけトラウマが……」
「あーそっか、リリったら小さなサソリにすらビビってたもんね」

 ケラケラと可愛らしく笑うラーナの横で、リリは恐怖が頭をよぎり、ブルブルッと身震いした。

「ほかの選択肢はないの?」
「ほかかー、可能性がありそうなのは……」

 ラーナは首を傾げて、幾つかモンスターを上げる。

「ジャイアントコブラに、ビックポイズンマタンゴ!」
「ジャイアントとかビックとかデカいのばっかじゃない!」
「えー、ならサボテンダーとか、サウエムドリアードかなぁ」
「何それ?」
「植物系のモンスター、っあ! 運が良ければ、ロックバイソンとかも居るかも?」
「それは美味しそうじゃない!」

(バイソンって牛よね? お肉食べたーい)

「ボクもほとんど見たことないし、なにに会うかは分かんないけどねー」
「じゃあ運次第って事ね! わたしの出番!!」
「サウエム荒野は広いから、選り好みは出来ないしね!」
「それもそうね!」
「食べ物どころか水すら珍しいぐらいだからね」
「やっぱりここは、生き抜くのが大変な場所なのね」

(まぁ見るからにそんな感じがするけど、砂漠だし……)

「死の荒原って言うぐらいだしね」
「っえ! そうなの?」
「まぁ、とりあえずこの砂漠の先に岩石地帯があるから、そこに行こ!」
「なんか理由があるの?」
「あそこなら半日もかからないし、水も在りそうだしね」
「へぇ、なんだか詳しいわね」

 ラーナの言い回しにリリは少し疑問を覚え、直接的では無いが疑問を投げかけた、それを聞いてラーナは明るく答えた

「ちょっとの間、寝泊まりしてたの」
「野宿してたの!?」
「ボクは街には入れないから……あそこはモンスターが出やすい代わりに、ドラコニアンも他の種族も簡単には近づかないからさ」
「ドラコニアンって蛮族よね?」
「そう、竜の民を自称してる先住民」
「いないなら安心ってことよね?」
「ボクからしたら見つからない方がいいって意味では、他の人族も大して変わらないかなぁ?」
「それは……」
「まぁ好戦的で数も少ないから、ドラコにアンはボクには楽な相手だよ」

 ラーナが頭の後ろで両手を組んで、あっけらかんと答えた。

(そっか、ラーナには一般的な人族より、モンスターや蛮族の方が楽なのね、戦闘的にも精神的にも……)

 元とはいえ人間なリリからすると、少しだけ複雑な気持ちが湧き上がる。

「今はわたしがいるから安心してね」

 リリはそう言ってほっぺたに抱きついた。

(あまりにも悲しすぎるわ……いい子なのに)

 少しビックリしたラーナだったが、照れながらもリリの抱きつく逆側の頬を指で掻くとヘヘッと笑った。

「わたしが、食べ物を取ってこれなくてごめんね」

 思わずそう口から出た。
 リリはラーナには優しい人に囲まれてゆっくりと休む時間があると良いのではないかと感じていたが、この過酷な砂漠はそれを許してくれない。

(わたし達は生きて行く為にご飯を食べなきゃいけない、どんなに悲しくても、辛くても、食べるためには狩りをしないといけないのね)

 リリの独り言のような呟きに気づいたラーナは「気にしてないよ?」とキョトンとした表情で答えた。

「わたし、水だけでも頑張って出すわ!」
「うん、ありがと!」

 少しでも美味しいものを食べさせてあげたいとリリは心の中で決意し、柔らかいラーナのほっぺから名残惜しくも離れると、自分に言い聞かせるように大きく明るく掛け声を上げる。

「さぁ荒野へ向かおう、今日の晩御飯のためにー!」
「晩御飯の為にー!」

 先導するように勢いよく飛び出したリリ。
 後ろから駆け足でついていくラーナの足取りはとても軽そうに見える。
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