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7話、ジャイアントスコーピオン(4)

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「リリー、大丈夫ー?」

 緊迫感のない声が洞窟の入り口から聞こえる。
 洞窟内に木霊するあっけらかんとした声に、リリは安堵したのかフゥーッと大きく息を吐き、大声で返事をした。

「大丈夫よー。怖くて気絶しそうだったけど、なにもされなかったわ!」
「リリはサソリに好かれるフェロモンでも出してるのかな? 相変わらず大人気だね!」
「うるさいわねっ! そんなハーレムなんか望んでないわよ!」

(またサソリのトラウマが一つ増えたわ!)

 ケタケタと笑いながら冗談を言うラーナ、表情は逆光で見えなかったが、おそらくはいつもの笑顔であろう。
 ラーナの表情を想像したら、リリは少しだけ心が落ち着けて外へと出る。

「ラーナどうする? ここは彼? 彼女? の水飲み場だったみたいよ?」
「大丈夫、大丈夫、余裕だよー」
「そんなに余裕なの?」
「思ってたより弱そうで、ボクは逆に残念だよぉ」
「弱そうで残念って、ラーナはホントに……」

(どんな化け物を想像していたのよこの子は、ほんっとーに戦闘狂よね)

 リリは呆れながらも、肝心なところをぼやかして言う。
 洞窟の入り口、ラーナの後ろから除き見ると、体勢を立て直しこちらに威嚇をしているジャイアントスコーピオンがいる。

「いくら余裕って言っても、このサイズ差はヤバくない?」

(向こう象ぐらいはあるわよ?)

「余裕、余裕! まぁ任せといて!」

 ラーナは笑顔で言い切った。

「わかりました、信じるわよ?」
「ボクらハイ・オークに、たかが一般モンスターが敵うわけないよー」
「そんなもんなの? サイズ差は目も当てられない程よ?」
「ボクは師匠から特別な修行を受けてるからねー」
「特別、な修行?」

 リリは首を傾げて聞く。

「色々習ったけど、今回役に立ちそうなのは、レンジャー用の暗殺技術と、毒耐性かな?」
「単語がところどころ怖いわ!」
「そんなこともないよ?」
「無傷でいけそう?」
「まぁ見てなってー」

 ラーナは笑顔のまま腰からソードブレイカーを取り出し、クルクルと回しながらジャイアントスコーピオンに対峙した。
 ラーナの邪魔にならない高さまで飛び上がり周りを見渡す。

「良かったわ、他に仲間はいないようね」

(地球のサソリと同じで、群れる習性はなさそうでよかった)

 一匹だったことに安堵したリリは、一人と一匹を改めて見返す。

(こうやって三人称視点で見ていると、なんだかゲームみたいね)

 ついつい不謹慎な事を思ったリリ、しかし直ぐに我に返り心の中でラーナの無事を祈る。

「どっちも動かないわね」

 お互いに警戒してるのだろうか、少し横に動きつつ距離をジリジリと詰める。
 リリの中で緊張感が増していく、思わず喉がゴクリと鳴った。

「っあ!」

 先に動いたのはジャイアントスコーピオン。
 尻尾がラーナに勢いよく襲い掛かる、リリが声を上げるよりも早く、ラーナは目にも止まらない勢いで駆け抜け交差した。

「っえ? っえぇ? 何が起こったの?」

 リリが気づいた時には襲い掛かる尻尾を避け、ジャイアントスコーピオンの左腕と体の間を飛び越えたラーナはがジャイアントスコーピオンの後ろでナイフを回していた。
 目にも止まらぬ速さ、立ち姿には余裕が感じられる。

(っあ、尻尾に切り傷)

キシェエエェェーー

 ジャイアントスコーピオンは大きな金切り声を上げ振り返る、そのまま上半身を持ち上げハサミで威嚇するが、後ろでラーナは残念そうに呟く。

「ノロマだなぁ」

 直ぐに尻尾へ飛び込み、同じ場所を突き刺すように切りつける。
 ハサミの反撃をさせる間もなく、横へ飛び改めて距離を取った。

 キシエェエエエエーーーー

 ジャイアントスコーピオンのさらなる悲鳴と共に、尻尾がドサッと地面に落ちた。

「……んんっ?」

 一瞬の出来事にリリは状況がよく飲み込めず、目を疑う

「よしっ、落ちた! あとは、しーあげっと」

 ラーナは落ちた尻尾をチラッと確認して再度駆け出す。
 ジャイアントスコーピオンを側面から飛び超え、体を2回転させながら投げナイフを何本も投げる。

 パスパス、パス、パス……パスパス、パスパス

 曲芸のようにクルクルと回り、スタッと着地したラーナ。
 背後のジャイアントスコーピオンは足が全て落ちた。
 ジャイアントスコーピオンは態勢を崩し地面でもがいている。

「わぉ! すっごい! ラーナは理性的に戦っても強いのねー」

 驚嘆の声をあげたリリはもう安全だろうと近づく。

(野性的な戦いをしていたこの前よりも強くて物凄かったけど、今日は恐いとは感じないわね)

 リリに気がついたラーナは身体全体を使って手を振り、大声で呼ぶ。

「リリー! 終わったよー!」

(ラーナったら可愛いわ! 後ろの絵面はやばいけど……)

 ラーナの後ろには、足を無くしたジャイアントスコーピオンがジタバタと動いていたので、あまりのミスマッチにリリは思わず笑ってしまった。

「クスッ、わたしの想像よりも余裕だったわ」
「あったりまえだよー」

 腰に手を当て、ラーナは自慢げに答えた。

「お疲れ様ー!」
「ありがとう! それよりリリ、コイツは当たりかもしれないよ?」
「ん? 当たりってどういうこと?」
「感触がね、思ったよりも柔らかかったんだよ」
「それが当たりなの? 弱いから?」
「んーん、ボクの見立てだとこの小さな投げナイフ程度じゃ足は落ちないと思ってたからさぁ」

 そう言って投げたナイフを回収すると、ヒラヒラと振りながらリリに見せる。

「そういうもん?」
「一応、関節は狙ったけどね」
「狙えるの!?」
「練習したからね! それよりも、この子は脱皮したばっかりの可能性が高いんだよ!」
「ジャイアントスコーピオンって脱皮するの?」

 いつもよりもテンションが何割か増しで話すラーナに、リリは微笑ましい気持ちで答える。

「そりゃあするよ、デカいって言ってもサソリだもん!」
「それもそっかー」

(サソリは蜘蛛とかと同じ鋏角類だものね、モンスターに当てはまるのかは知らないけどー)

「でねでね、脱皮したばっかりだから殻が柔らかいの!」
「ふーん、それで?」
「全部食べられる!」
「結局は食い気の話しか! この食いしん坊め!」

 ンフフッと零れるように笑ったラーナは更に熱弁をする。

「捨てるところが全くないっ! 毒も使わせてないから回収できるっ! サイッコーだよ!」
「っえ? 毒も取るの?」
「もっちろん!」
「やめようよー! 毒なんてこーわーいー!」
「新鮮な毒なんて、そうそうないんだよー」

 質問を聞かずにどんどん進めるラーナ、彼女がこんなにも気持ちを前面に押し出す姿を知らなかったので、リリは少しだけ心が温かい気持ちになった。
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