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16話、デザートプレデター(1)

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「デザートプレデターだ! 全力で街まで逃げるんだ!」

 アンの怒号が響く、下では乗っている馬車の車輪がガタガタと悲鳴を上げている。
 馬車は猛スピードで走り抜けているにもかかわらず、後ろを追いかける馬と同じサイズの獣が二匹。
 牙を剝き出しにした顔のない獣は、二足歩行のまるで化け物だ。
 誰もが恐怖に慄くであろう化け物を前に、ラーナが問いかける。

「戦うのは?」

 アンに聞きながらも、牽制でナイフを投げつけたが、化け物は横っ飛びで簡単に躱した。
 それを見て、盾を構えながらアンが答える。

「いまの見たろ? 奴らは素早いし、見かけ以上に力も強い」
「ふーん」
「その上奴らの牙は微量ながら毒もあるらしいぞ?」
「毒……ね」
「一頭位ならアタシ達でも何とかなるかもしれんが、数が多すぎる、無理だ!」

 馬車の後ろから無防備に顔を出したイヴァが、二人の会話に口を挟む。

「ひぃ、ふぅ……ん? ニ頭ならなんとかならんのかや?」

 イヴァのローブに隠れていたリリも隙間から顔を出し、イヴァに指摘する。

「よく見なさいよ、奥の方にもう一体いるでしょ?」
「はぁ~……羽根妖精、貴女こそちゃんと見なさいな、左右の崖に囲むようにニ頭追加ですわ」
「五頭ですか、これは……街まで辿り着けないですね」

 クラウディアの指摘にクリスタがボソリと呟く。
 聞いていた皆が一様に口ごもった。

「…………」

 そのまま全員が静かに俯いた。
 たった一人、強敵を前に目を輝かせるハイ・オークを除いて……


 * * *


 バァァン!!

「ギルドマスター、客人です! 黒鉄靴騎士団、第四兵団一行が門の、門の前にー」

 慌てたようすでバタバタと一人の犬人族が冒険者ギルドに飛び込んできた、周りの冒険者がざわざわとどよめく。
 それは犬人族の姿を見てなのか、それとも亜人のみで構成されたにも関わらず、国の片翼を担うほどの騎士団となった黒鉄靴騎士団の名前が出たからなのか。

「ようやっと来たか……」

 ギルドの様子を気にも止めず、三人の亜人が石畳の階段から降りてくる。
 その中でもひときわ小さいむしろ人族よりも一回り小さいラーテルの熊人族が呟いた。
 耳がなくヨボヨボだが可愛らしい見た目をしている。
 杖で小気味よくコツコツと音を立てながら階段を降りると、犬人族の門兵の肩に手を置き質問をする。

「騎士団の小童はなんといったのじゃ?」

 好々爺のようなとても優しそうな口調だが、手を置かれた門兵はえも言えぬ圧でガタガタと肩を震わせ、過呼吸気味に俯くのみだ。
 それもそうだろう、この街に長く住んでいれば彼、この街のギルドマスター、ベルンを怒らせるとどうなるのかを知らないものは一人もいない。

「マスター、殺気が漏れてますよ」

 後に続いて来た三人の亜人のうちの一人、大きな漆黒の羽を持ちながらも真っ白な司教の装いをしたカラスの鳥人族が顔を下ろしベルンに耳打ちをする。
 ベルンは門兵の肩から手を離し立ち上がると、門兵の震えがあっという間に収まっていった。
 ベルンから殺気が消えたのを確認した鳥人族は表情一つ変えずに淡々と話しを続けた。

「土の神ブーミに導かれしルプソイドの兵士よ慌てる必要はない、ノーラが全てを許しましょう、己が仕事を果たすのです」

 難しい表現をするノーラを前に、門兵が困惑していると、尖った顎とひとけわ目立つ甲羅を持つオオニオイガメの爬虫類族が周りの皆も含めてなだめるように話しかける。

「まぁまぁ皆落ち着けや、門兵のあんちゃんノーラ司教の言葉は難しいが、要はゆっくりと確実に偽りなく答えなって事だ。俺も常々思ってるが、速いことなんてのは美徳じゃないんだぜ、ゆっくりおおらかにやっていこうや」

 その言葉を聞き、門兵は大きく大きく深呼吸をし、息を整え改めて姿勢と身だしなみを正すと片膝をつき、ベルンがした質問にハキハキと答え始めた。

「黒鉄靴騎士団からの伝令です。この地より西の方角でデザートプレデターの群れを発見、1割の兵を街にも残すので直ちにギルドでも最優の戦力を集め討伐隊を編成せよ、我々は更に他の地方の偵察に向かう」
「ほぅ……」
「以上でございます!」

 聞いていた周りの冒険者がざわめく。

「デ、デザートプレデター……だと?」
「もうダメだー、俺達はなぶり殺しにされるんだ」
「死を呼ぶ獣が、大群でやってくるなんて……」

 悲観的に叫ぶものがほとんどな中で、ベルンは周りに聞かれないように呟く。

「いまさら……じゃな」

 その呟きに呼応するかのように、後ろについていたノーラが言葉を重ねる。

「こちらからの警告をずっと前から無視していた上でこの有様とは……やはり人族は悲しい生き物……それに使われる黒鉄靴騎士団……私は悲しい、同胞の生きざまがとても哀しい」

 独り言を言う二人に、大亀のルプソイドは腰に手を置き、明るく言い放った。

「まぁしゃあないってことさジジイ、それにノーラ司教もだ。人族が俺たち亜人の為に、ましてやこのカルラ・オアシスの為に動くわきゃあないさ」
「期待するだけバカじゃったという事か?」
「ジジィもわかってたんだろ? だからこそ銀二級以上の冒険者は全員この街に留まらせてたんじゃねぇか! な?」
「それも、そうじゃな……」

 大亀のルプソイドの言葉に、ベルンはぁーっと深く大きなため息をつくと、杖を石畳に強く打ち付ける。

 カンッ! カンッ!

 ギルドに響き渡る杖の音と共に声を張り上げた。

「皆の者、よく聞くのじゃ! ギルドマスターの権限を使い緊急クエストを発行する」
「っ……!!」
「対象はデザートプレデター! 自信のあるものは司教ノーラと、副長ギャスタと共に討伐隊に参加せよ!」

 ギルドマスターが両手を広ろげると、ノーラは流麗な佇まいで、ギャスタは拳を突き上げながら荒々しく、対照的な二人だが堂々と前へと出てきた。

「「ウオォォーー!!」」

 カルラ・オアシスのスリートップの堂に入った振る舞いに鼓舞されたのか、先程まで怯え切っていた冒険者たちは、ものすごい声で雄たけびを上げた。
 後にそれはギルドが揺れたように見えたと称されるほどの大きさであった。

「いつもうるさい奴らだが、なんの騒ぎだいこりゃ」

 ビビ達とのリオ救出作戦の話し合いが終わり、ギルドに雨期到来の報告をしに来たアンは頭をかきながら持ち場の受付へと歩みを向けながらキョロキョロと周りを見て呟く。
 入口近くにいた冒険者がアンを見つけると荒々しく肩に手をまわし話し掛ける。

「っお、アンじゃねぇか! アンあれ見ろよあれ、すげぇーだろ?」

 それをぶっきらぼうに聞いていたアンは、盛り上がる冒険者の中心を見た。

「ん? 暴れん坊ギャラスとノーラ司教か、それに奥には怠け者のジジィか?」
「討伐隊を組むんだってさ」
「随分と豪勢な……もしかして緊急事態か?」

 回された腕をどかすと、声をかけてきた冒険者に聞き返す。
 その冒険者はどかされた右手で親指を立てると、左手に持ったエール入りのジョッキを一気に口に流し込む。

「こりゃぁ、まいったね……間の悪いこって」

 色々と察して愚痴をこぼすアン。
 その姿に気づいたベルンが集団から抜け出してくると、声をかけた。

「何の間が悪いというんじゃ?」
「ジジィ、何が起きたかは知らないが、アタシは今回は参加しないからそこんとこよろしくな、アタシ達は急ぎでスカイロック向かわにゃいかん」

 アンは細かいことを省き、ざっくりと説明するのをベルンが聞く。

「訳ありか?」

 アンはめんどくさそうにまた頭を搔く、そして隠すようにボソリと答えた。

「まーな、知り合いが馬車ごとロック鳥に攫われた」

 その台詞にベルンは大きく目を見開き唖然とする。
 しかしすぐに持ち直すと聞き返した。

「ロック鳥じゃと? 天災じゃぞ?」
「そんなもん分かってるさ」
「お主じゃどう考えても力不足じゃろうて」
「ジジィ、敵わないからってここで引くのはアタシ的には無しだ」

 アンの死さえも決意をした目と口調に、ベルンは止めることを止めた。

「……そうか、ならこれを持っていけ」

 ベルンはエメラルドグリーンの宝石のついたネックレスをアンへと投げ渡す。

「ん? これは……なんだ?」
「耐風魔法用のアミュレットじゃよ」
「耐魔のアミュレットなんて必要か?」
「アンよロック鳥は風魔法を纏う、相手するなら普通は全員がつけてくもんじゃぞ? まぁ無いなら盾役のお主がつけていくのが良かろうて」
「複数ないのかい?」
「調子に乗るな! 貴重品で値打ちものじゃ、儂も一つしか持っておらん」

 それを聞いたアンはネックレスを首に回すと答えた。

「そうか、ジジィありがとな」
「役に立つかは分からんがな」
「まぁ気休めにはなるだろう、それでそっちの相手は何なんだ? 三人が出張るなんてなかなかない事じゃないか?」

 彼らは役職的にも実力的にもこのギルドでトップだ、クエストにでる事など滅多にない。
 ギャラスとノーラは冒険者の中でも一握りしかいないといわれる銀一級、ベルンに至っては国にも数人しかいない金級冒険者である。
 三人が揃って戦いに赴くことなど、鬼族率いるルベルンダとの100年戦争ですらそうそうない、それほどまでに事態はひっ迫している。

「デザートプレデターの群れじゃ」
「ッハ、そりゃあ似たりよったりの地獄じゃないか、むしろ討伐の必要が無い分こっちの方が難易度は低めじゃないか?」

 アンがニヤリと笑うと、ベルンも呼応するように大きく笑った。

「儂は準部に取り掛かるとするかの、死ぬなよアン」
「あんたもな! まぁジジィが傷を負うところなんてあたしには想像出来んけどな!」

 受付の隅に置いてある愛用していたフルプレートを装備したアンは言い返すと、同じく過去に愛用していた大盾とロングソードを背負いギルドを出ようとする。
 そしてベルンに今思い出した事を、すれ違いざまに助言をした。

「ジジィ、アタシの知り合いが近いうちに雨がふるって言ってるぞ」

 アンの言葉にベルンは驚くこともせず淡々と答えた。

「知っとるわい! 儂がこの地で何年ギルドマスターをやっとると思っとるんじゃ、それぐらいのコネは持っとる」

 ベルンの返しにアンはフッと軽く笑うと

「あぁそうかい、ならいいさ……無事でな」

 そうボソリと呟き、そのまま振り返らずに片手を上げギルドを後にした。

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