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第46話 ヒロインのゲーム知識。悪役令嬢ハナにゃんの――。大悪魔様の知られざる――。
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紳士的なイケメン達は不審者だからといって女生徒にひどい言葉を投げかけたりしなかった。
『そもそも待っていないが』とは。
この場は自分達の自室ではなく、管理者のテリトリーなのだから。
学園生に危害をくわえかねない存在を管理するのも、大悪魔様の仕事である。
しかし、今の彼は『猫の呪いを解呪することは可能か』という学園生の今後を左右する大問題に、真摯に向き合っている最中だ。
不審者がここで何かをするまでは、対応しないだろう。
「ォァー……」
悪役令嬢ハナにゃんはお兄様のブレザーの下で警戒の鳴き声を発した。
『邪気を感じますにゃーん』と。
ハナちゃんは悪党の気配に敏感なのだ。
カナデがシオンの側に寄る。悪しき者が猫に襲い掛からぬように。
先程素晴らしい攻撃を不審者のすねに食らわせたばかりだ。
恨みを買っていてもおかしくはない。
ブレザーの隙間からチラリとのぞく、ピンク色の鼻先を見る。
すると、カナデが側にいるのがわかったのか、真っ白な猫手をシュッと伸ばしてきた。
優しくハナの手をつかまえ、そっとブレザーの中へ戻す。
彼の婚約者(仮)は気が立っているようだ。
爽やかサディスト胡蝶サクラは、共に来たはずのスズランの存在を完全に忘れていた。
だがそれについても、頭に浮かんだ言葉も言わなかった。
『君、なかなかしつこいね』とは。
彼らの胸中を知らぬヒロインが、頬を紅潮させる。
知らない者が見れば大抵の人間が可愛らしいと思うような、美少女の姿で。
「そんなに見ないでください……恥ずかしいです……」
(キャー!! 鳥かごの中にベッド……! イケメン四人と鳥かごの中で……! スチルの百倍いやらしい! でもベッドがあるってことは、遺跡の住人エンド? ここでは初対面なのに? もしかして、ゲームステータスってここでも影響してる……ううん、それなら全員もっと甘々なはず……。こんなルート知らないよ~! どうしよ~!)
ヒロインの幸せな妄想では、イケメン達は全員彼女のために、この部屋に集まっていることになっていた。
怪我人のことも、猫のことも、豪華で物々しい部屋と鳥かごと『いかがわしいベッド』のせいで頭から吹き飛んでしまったらしい。
さっそくキィ――と入り口を開け、カゴの中へ突入する。
「あの……! マ……えっと、この遺跡に住んでいる方ですよね? アタシ、とても困っているんです。話を聞いていただけますか?」
(危なーい! 名前を呼んじゃダメなのに!)
と大悪魔様のお名前を言いかけてしまった彼女にも知らないことがあった。
それは、シルクのシーツが掛かったいかがわしいベッドに座っている麗しいお方は、人間への返答がとにかく遅いということ。
会話のたびに――数年後――と時が流れていたらプレイヤーの怒りが爆発してしまう。乙女ゲームでは『乙女に不要な要素』はカットされるものなのだ。現実とは違って。
その『乙女に不要な要素』のせいで約一名の堅物なきぼくろイケメン教師が、別室で、延々と、茶を飲み続ける羽目になっているということを知っている者もいない。
――因みに、彼がした質問は『実は、この遺跡の中に不審な行動をとる人間が入り込んでいる。貴殿は存じているだろうか』である。当然回答はいただけていない。
「…………」
大悪魔様の瞳は閉じられたままだ。
現在いくつか溜まっている彼への質問の中では一番優先順位が低いと思われたらしい。
一番高いのは当然、可愛らしい猫の呪いに纏わる、カナデの質問である。
ごく一部の悪魔にしか知られていないが、大悪魔様は『弱々しい生き物』が大好きなのだ。愛していると言っても過言ではない。
そのため『お兄様にしか懐かない寂しがり屋で弱々しい悪役令嬢ハナにゃん』は、水に落ちそうになるだけでうっかりカゴに入れてしまうほど愛おしい存在ということになる。猫型でも。人型でも。怪我人のサクラはついでだ。寂しがり屋な猫には丁度いいお話相手兼お世話係である。
「…………」
(え、無反応。どういうこと? 聞こえなかった? セリフ通りじゃないとダメ? それとも宝物庫で『超レアアイテム』をゲットしてから……でもそれには『一緒に来た攻略キャラ』がいないとアタシが勝手に取ったことに……ってことは会話の順番を間違えた? お願い『LOAD』させて!)
ヒロインは黙ったまま、両手の指を組み合わせ、祈るようなポーズで悪魔を見つめていた。
着替えよりも『サクラの怪我』を優先するべきだったのかもしれない。最悪。今さら気付いても戻れない。重要な分岐で『SAVE』前にミスってしまった気分だ。
あせるヒロイン。だが只者ではない彼女には最高の味方がいた。『ゲームの知識』という。
ヒトとは違う、特別な彼。人間の常識は通じない。プレイヤーによっては絶対に選ばない、一部の人間からは超絶嫌われる選択肢。
乙女ゲームのヒロインとしては最悪の行動が、『遺跡の住人』を攻略するための重要なポイントなのだ。
「ふぇ~ん……。どうして答えてくれないんですか……? うぅ……この遺跡の魔物にやられたのにぃ……! ふぇ~ん、ふぇ~ん! ひっく、ひっく……」
『ザコキャラのように泣く。鬱陶しいほどに』
『これはない』という選択肢を選ぶのが鍵だ。彼からの愛があることが前提ではあるが。
人前で泣くことなど、只者ではないヒロインにとってはさほど難しいことではない。
たとえ爽やかサディスト胡蝶サクラが虫けらを見るような顔で「うわ……」と言っていたとしても。
(サクラくんのは照れ隠しだから大丈夫! ベッドを用意するほど愛してくれてる彼なら、大抵のお願いは聞いてくれるはず! あ、どうせなら『ぜんぶ猫にやられた』って言えばよかった……。でもシオン様もいるからなぁ……)
しかし弱々しくはない彼女の涙というより欲望と邪気混じりの鬱陶しい泣き声に反応したのは大悪魔様ではなかった。
悪役令嬢のハナにゃん様である。
「フシャー!!」
ブレザーの隙間からシュバッ! と飛び出した彼女が、両手で顔を覆っているヒロインの患部を狙い撃ちする。
「にゃーん!」
――ボクゥ――!!
――セイクリッド・パウ・ジャッジメント――!!
肉球のあとが残るスネに『聖なる子猫パンチ』が再び直撃。
聖なる力が脛骨を揺らす。
――邪気を感じますにゃーん――と。
「ふんっ……!! ……ぇ~ん! ふぇ~ん!」
只者ではないヒロインが鼻息を隠しながら泣き叫び、床に崩れ落ちる。
猫と肉球へのヘイトが溜まってゆく。
(くっ……そイタァい!! なんなのよこの猫……! もう絶っ対に許さない……! シオン様から引き離してやる! 彼が『抱っこ』していいのはアタシだけよ!)
捕まえて学園の外に……いいえ、いっそ里子にだしてやる……!
次なる技を繰り出そうとした悪役令嬢が、妙な気を感じてシュッ――と下がる。
クールなお兄様の足元へと。
「ハナ」
彼はすぐに、猫を腕の中へ戻した。ずっと隠れていてほしいが、出るのも入るのも猫の自由だ。無理に押さえることはできない。
カナデ様が甲斐甲斐しく、鼻先のブレザーの位置を調整する。息苦しくないようにと。
隙間から、悪役令嬢の美しい猫手が伸びる。俺様な婚約者様が優しくつかまえ、所定の位置へ戻している途中で、ニュ――と切りたての爪が、男の手を狙う。
仲良しへの道のりは険しいようだ。
強い感情の揺れに反応し、大悪魔様がふっと目を開ける。
医務室で軽傷者がでたようだ。奇妙な怪我人の「ふぇ~ん」から猫への悪意を感じる。呪詛ではないようだが。
悪魔がゆるりと手を伸ばす。漆黒の爪を持つ、美しい悪魔の手を。
魔法陣が光り、倒れていたヒロインと「ふぇ~ん……」が消える。
彼の力で飛ばされたらしい。回復できそうで浄化できそうな泉のある、見覚えがありそうな場所へ。
飛ばされたヒロインが「うそでしょ!!」から始まるハナにゃんへの暴言を吐いたが、幸いにも聞いていたのは乙女の像だけだった。只者ではない彼女が駆け出す。失敗したイベントを挽回するため。
『超レアアイテム』のもとへ。
『弱々しい猫』の危機。人間への返答が遅いはずの悪魔は、これまでにないほど早く、いかにも大悪魔らしい、物々しい声で告げた。
「宝物庫へ――」と。
『そもそも待っていないが』とは。
この場は自分達の自室ではなく、管理者のテリトリーなのだから。
学園生に危害をくわえかねない存在を管理するのも、大悪魔様の仕事である。
しかし、今の彼は『猫の呪いを解呪することは可能か』という学園生の今後を左右する大問題に、真摯に向き合っている最中だ。
不審者がここで何かをするまでは、対応しないだろう。
「ォァー……」
悪役令嬢ハナにゃんはお兄様のブレザーの下で警戒の鳴き声を発した。
『邪気を感じますにゃーん』と。
ハナちゃんは悪党の気配に敏感なのだ。
カナデがシオンの側に寄る。悪しき者が猫に襲い掛からぬように。
先程素晴らしい攻撃を不審者のすねに食らわせたばかりだ。
恨みを買っていてもおかしくはない。
ブレザーの隙間からチラリとのぞく、ピンク色の鼻先を見る。
すると、カナデが側にいるのがわかったのか、真っ白な猫手をシュッと伸ばしてきた。
優しくハナの手をつかまえ、そっとブレザーの中へ戻す。
彼の婚約者(仮)は気が立っているようだ。
爽やかサディスト胡蝶サクラは、共に来たはずのスズランの存在を完全に忘れていた。
だがそれについても、頭に浮かんだ言葉も言わなかった。
『君、なかなかしつこいね』とは。
彼らの胸中を知らぬヒロインが、頬を紅潮させる。
知らない者が見れば大抵の人間が可愛らしいと思うような、美少女の姿で。
「そんなに見ないでください……恥ずかしいです……」
(キャー!! 鳥かごの中にベッド……! イケメン四人と鳥かごの中で……! スチルの百倍いやらしい! でもベッドがあるってことは、遺跡の住人エンド? ここでは初対面なのに? もしかして、ゲームステータスってここでも影響してる……ううん、それなら全員もっと甘々なはず……。こんなルート知らないよ~! どうしよ~!)
ヒロインの幸せな妄想では、イケメン達は全員彼女のために、この部屋に集まっていることになっていた。
怪我人のことも、猫のことも、豪華で物々しい部屋と鳥かごと『いかがわしいベッド』のせいで頭から吹き飛んでしまったらしい。
さっそくキィ――と入り口を開け、カゴの中へ突入する。
「あの……! マ……えっと、この遺跡に住んでいる方ですよね? アタシ、とても困っているんです。話を聞いていただけますか?」
(危なーい! 名前を呼んじゃダメなのに!)
と大悪魔様のお名前を言いかけてしまった彼女にも知らないことがあった。
それは、シルクのシーツが掛かったいかがわしいベッドに座っている麗しいお方は、人間への返答がとにかく遅いということ。
会話のたびに――数年後――と時が流れていたらプレイヤーの怒りが爆発してしまう。乙女ゲームでは『乙女に不要な要素』はカットされるものなのだ。現実とは違って。
その『乙女に不要な要素』のせいで約一名の堅物なきぼくろイケメン教師が、別室で、延々と、茶を飲み続ける羽目になっているということを知っている者もいない。
――因みに、彼がした質問は『実は、この遺跡の中に不審な行動をとる人間が入り込んでいる。貴殿は存じているだろうか』である。当然回答はいただけていない。
「…………」
大悪魔様の瞳は閉じられたままだ。
現在いくつか溜まっている彼への質問の中では一番優先順位が低いと思われたらしい。
一番高いのは当然、可愛らしい猫の呪いに纏わる、カナデの質問である。
ごく一部の悪魔にしか知られていないが、大悪魔様は『弱々しい生き物』が大好きなのだ。愛していると言っても過言ではない。
そのため『お兄様にしか懐かない寂しがり屋で弱々しい悪役令嬢ハナにゃん』は、水に落ちそうになるだけでうっかりカゴに入れてしまうほど愛おしい存在ということになる。猫型でも。人型でも。怪我人のサクラはついでだ。寂しがり屋な猫には丁度いいお話相手兼お世話係である。
「…………」
(え、無反応。どういうこと? 聞こえなかった? セリフ通りじゃないとダメ? それとも宝物庫で『超レアアイテム』をゲットしてから……でもそれには『一緒に来た攻略キャラ』がいないとアタシが勝手に取ったことに……ってことは会話の順番を間違えた? お願い『LOAD』させて!)
ヒロインは黙ったまま、両手の指を組み合わせ、祈るようなポーズで悪魔を見つめていた。
着替えよりも『サクラの怪我』を優先するべきだったのかもしれない。最悪。今さら気付いても戻れない。重要な分岐で『SAVE』前にミスってしまった気分だ。
あせるヒロイン。だが只者ではない彼女には最高の味方がいた。『ゲームの知識』という。
ヒトとは違う、特別な彼。人間の常識は通じない。プレイヤーによっては絶対に選ばない、一部の人間からは超絶嫌われる選択肢。
乙女ゲームのヒロインとしては最悪の行動が、『遺跡の住人』を攻略するための重要なポイントなのだ。
「ふぇ~ん……。どうして答えてくれないんですか……? うぅ……この遺跡の魔物にやられたのにぃ……! ふぇ~ん、ふぇ~ん! ひっく、ひっく……」
『ザコキャラのように泣く。鬱陶しいほどに』
『これはない』という選択肢を選ぶのが鍵だ。彼からの愛があることが前提ではあるが。
人前で泣くことなど、只者ではないヒロインにとってはさほど難しいことではない。
たとえ爽やかサディスト胡蝶サクラが虫けらを見るような顔で「うわ……」と言っていたとしても。
(サクラくんのは照れ隠しだから大丈夫! ベッドを用意するほど愛してくれてる彼なら、大抵のお願いは聞いてくれるはず! あ、どうせなら『ぜんぶ猫にやられた』って言えばよかった……。でもシオン様もいるからなぁ……)
しかし弱々しくはない彼女の涙というより欲望と邪気混じりの鬱陶しい泣き声に反応したのは大悪魔様ではなかった。
悪役令嬢のハナにゃん様である。
「フシャー!!」
ブレザーの隙間からシュバッ! と飛び出した彼女が、両手で顔を覆っているヒロインの患部を狙い撃ちする。
「にゃーん!」
――ボクゥ――!!
――セイクリッド・パウ・ジャッジメント――!!
肉球のあとが残るスネに『聖なる子猫パンチ』が再び直撃。
聖なる力が脛骨を揺らす。
――邪気を感じますにゃーん――と。
「ふんっ……!! ……ぇ~ん! ふぇ~ん!」
只者ではないヒロインが鼻息を隠しながら泣き叫び、床に崩れ落ちる。
猫と肉球へのヘイトが溜まってゆく。
(くっ……そイタァい!! なんなのよこの猫……! もう絶っ対に許さない……! シオン様から引き離してやる! 彼が『抱っこ』していいのはアタシだけよ!)
捕まえて学園の外に……いいえ、いっそ里子にだしてやる……!
次なる技を繰り出そうとした悪役令嬢が、妙な気を感じてシュッ――と下がる。
クールなお兄様の足元へと。
「ハナ」
彼はすぐに、猫を腕の中へ戻した。ずっと隠れていてほしいが、出るのも入るのも猫の自由だ。無理に押さえることはできない。
カナデ様が甲斐甲斐しく、鼻先のブレザーの位置を調整する。息苦しくないようにと。
隙間から、悪役令嬢の美しい猫手が伸びる。俺様な婚約者様が優しくつかまえ、所定の位置へ戻している途中で、ニュ――と切りたての爪が、男の手を狙う。
仲良しへの道のりは険しいようだ。
強い感情の揺れに反応し、大悪魔様がふっと目を開ける。
医務室で軽傷者がでたようだ。奇妙な怪我人の「ふぇ~ん」から猫への悪意を感じる。呪詛ではないようだが。
悪魔がゆるりと手を伸ばす。漆黒の爪を持つ、美しい悪魔の手を。
魔法陣が光り、倒れていたヒロインと「ふぇ~ん……」が消える。
彼の力で飛ばされたらしい。回復できそうで浄化できそうな泉のある、見覚えがありそうな場所へ。
飛ばされたヒロインが「うそでしょ!!」から始まるハナにゃんへの暴言を吐いたが、幸いにも聞いていたのは乙女の像だけだった。只者ではない彼女が駆け出す。失敗したイベントを挽回するため。
『超レアアイテム』のもとへ。
『弱々しい猫』の危機。人間への返答が遅いはずの悪魔は、これまでにないほど早く、いかにも大悪魔らしい、物々しい声で告げた。
「宝物庫へ――」と。
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