呪われ愛らしさを極めた悪役令嬢ちゃんと、猫ちゃんな彼女を分かりにくく溺愛するクールなお兄様の日常。~ついでに負かされるヒロイン~

猫野コロ

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第55話 まったく落ち着けない空間。ひとまず帰宅。クールなお兄様の苦渋の決断。

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 遺跡の管理者の居城。応接間。
 魔法陣で転移させられた彼らは、心配そうにハナを見守りながら、アンティーク調のソファに座り、黒翼の男を待っていた。
 

 美しすぎる悪役令嬢が、黒髪の美青年の腕の中でくったりしながら兄を呼ぶ。
「お兄にゃーん……」と。鳴き声も大変弱々しい。

「ハナ……」

 カナデは切れ長の目を伏せ、膝にのせた婚約者の名を切なげに呟いた。
 衰弱する天使と、死にゆく恋人を抱えて嘆く美麗な吸血鬼のような、絵になる二人。

 いかにも重病人といった雰囲気を出しているが、痛みにも体調の変化にも弱すぎる幼稚園児系悪役令嬢ハナちゃん十五歳の感じている症状は、悪寒だけである。
 
 ――なぜ、遺跡の関係者の姿がなく、彼らだけが応接間にいるかというと、それは今から数分前にさかのぼる。とにかく弱々しいハナに何かを見出しているらしい補佐役の悪魔は、彼らの前に一度、姿を見せた。しかしハナの何かが琴線に触れたらしくカッ!! と目を輝かせ、シオンの攻撃を受ける前にスゥ――と消えてしまったのだ。
『今すぐ寝室を整えて参ります!!』と。

『いいから管理者を呼んで来い』とカナデ様が俺様らしい発言をする前に。

 瞳孔の開いているシオンに、心臓の強いサクラが声を掛ける。

「腕輪、外してみる?」

 確かに、姿だけなら人間に戻っている。しかし猫のままの鳴き声、外見年齢の変化、体調不良、と異常が三つもあるのだから、アイテムでの解呪は失敗したということだろう。
 さりとて、神聖な気がハナを護っているのなら外すと悪化する可能性もある。判断が難しいところだ。

 シオンが口を開きかけた時。
 室内にふっと、大きな力が現れる。管理者が戻って来たらしい。
 腕輪の説明でも始めるのか。そう思った彼らの期待にこたえることなく、遺跡の管理者は無言のまま、カナデのほうへ手を伸ばした。
『ハナを寄越せ』とでもいうように。

「……何だその手は。渡すわけがないだろう」

 カナデは不機嫌そうにいった。
 抱える腕に、思わず力がこもる。

 皮膚がぴりぴりしているところをぎゅっとされてしまったハナは、すぐさま苦情を述べた。
「お兄にゃーん……」
 カナデの抱っこには大きな問題があると。
 
 それを聞いたお兄様シオンは、カナデには任せられぬとクールに判断した。
 即座に腕を伸ばし、幼い妹を奪取する。

 こうして、カナデ様による『弱々しい婚約者、ハナちゃん抱っこ』のお時間はたった三十分ほどで終了となった。

 自身の婚約者を腕の中から奪われることは大層不快である。
 彼が学んだ瞬間でもあった。



 そのあと、どうしても弱々しいハナを抱えたい大悪魔様がお兄様とカナデごとまとめて豪華なベッドに飛ばすなど、迷惑極まりない行為のせいで大乱闘になり、ひと悶着あったが、愛らしい鳴き声のおかげで短時間で解放された。

 大悪魔様は時間がありあまっている。それゆえ気が長いのである。
 彼はひとまず、愛すべき生き物の願いを叶えることにした。
 弱々しい赤子は家が恋しいようだ――と。



 魔法陣により遺跡の外へ飛ばしてもらった彼らが、それぞれの端末を手に、方々へ連絡を入れていたとき。腕組みをしたサクラは難しい表情でいった。
 
「何か忘れてる気がする……」

 猫化の呪いも完全には解けず、にゃーにゃー鳴く元気がなくなってしまったのだから、もやもやが残るのは必至。
 遺跡の管理者から詳しい話も聞けていない。
 ――ハナの元気な姿を見れば、小骨がのどに刺さったような不快感から解放されるのだろうか。

 サクラは『幼く弱々しく極度の人見知りなだけでなく呪われているらしい同級生に怪我を治療される』というインパクトの強すぎる出来事と、ハナにまつわるあれこれのせいで、自分が不審者に頼まれて遺跡に同行したのだという事実をすっかり忘れていた。
 
 思い出したとして、幼稚園児のお散歩コース並みに安全な遺跡ダンジョンへもう一度戻るかどうかはあやしいところだ。

「やはり管理者に話を聞くのが早いか……。いや、彼は妙に猫を欲しているように見えた。『情報が欲しくばせいとを寄越せ』と言ってくる恐れも……。まずは学園長から契約内容を……」

 なきぼくろイケメン、堅物教師アヤメが、ハナを元気にする方法について思い悩みつつ、先頭を歩き出す。

 そうして彼らは、不審者を遺跡に残したまま、学園に戻って授業を受ける、あるいは教壇に立つといった生徒と教師の本来あるべき姿を思い浮かべることなく、門を目指した。

 その途中で何故か、軍服を着たイケメン生徒が鞭で生徒を躾ける姿を目撃したが、色々と忙しい彼らはそれらを見なかったことにした。



 千代鶴チヨヅル家、邸宅。クールな長男の部屋。

「お兄にゃーん……」

 広々としたベッドで横になるハナが、華奢な手をそっと、兄へと伸ばす。
 お兄様、行かないで……と。

 クールな男は妹の手をブランケットの中へ戻し、クールに答えた。

「ハナ、俺は少し用事がある。お前の望みはすべて婚約者ざいにんが叶えるだろう」

「…………」

 ベッド脇の椅子に座ったイケメンは、腕を組み、目を閉じたまま苦々しい顔をした。
 その呼び方を止めろと。
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