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第57話 悪役令嬢ハナちゃんのとんでもない悩み。聞いてしまった男達。
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彼の弱々しい婚約者はそう言って、もう一度きゅ……と、カナデの指先を握った。
「……ああ。聞いている。話してみろ」
カナデがゆっくりと相槌を打つ。
勿体を付けたいわけではない。
驚きすぎて少々返事が遅れてしまったのだ。
まさか、シオンとしか話をしないはずのハナが自分に話しかけ、あまつさえ相談を持ちかけてくるとは、と。
だが、彼の驚きはそのていどでは済まなかった。
「お兄にゃーんが、わたくしを……〝だかつのごとく〟嫌いになるらしいのですにゃーん」
お兄様以外の人間に相談をしたことがない悪役令嬢ちゃんは、お話の順番がめちゃくちゃだった。
「……そんなことは絶対に起こらないから安心しろ。『らしい』とは、まさかとは思うが、お前にそう言った人間が存在するということか?」
一瞬聞き間違いかと思うようなことを言われたカナデは、『非現実的な話』を否定しつつ、それを尋ねた。
そんな発言をした愚か者が過去にいたとして、もういなくなっているはずだと。
「にゃーん、大悪党ですにゃーん。悪口をいっぱい言われたのですにゃーん」
名前を憶えていないハナちゃんが、『大悪党』の悪事を興奮気味に告げ口する。
鬱憤が溜まっている幼児のように。
「にゃーん、お兄にゃーんがわたくしを遠くへ飛ばすらしいのですにゃーん」
「にゃーん、お家が乗っ取られてつぶされるらしいのですにゃーん」
「にゃーん、わたくし、『うすぎたないおじさんに――される』らしいのですにゃーん」
幼稚園児系悪役令嬢は、よく分かっていない話を、大悪党に聞かされたままにゃーんと語った。
「にゃーん、誰もたすけてくれないのですにゃーん。――エンドなのですにゃーん」
あまりにもひどい、子供が知っているはずのない、表現に問題しかない言葉で。
『とんでもない悩み』を聞かされたカナデは、心臓が止まりそうなほど驚き、怒りで手が震え、はじめて目の前が真っ赤に染まる、という体験をした。
呼吸がみだれ、抱きしめる手に力がこもる。
「にゃーん、苦しいのですにゃーん」という苦情を聞く余裕もない。
耳鳴りがする。頭に浮かべることすらおぞましい『――――』を必死に否定する。まさか、そんな馬鹿なことが起こるはずがない。だが、カナデの弱々しい婚約者にそのような『妄言』を吐いた〝クソ野郎〟がこの世のどこかにいるのだ。
彼が自身の婚約者を保護するための堅牢な城を建て、ハナを軟禁する計画を立てた瞬間である。
そうでもしないとこの世から『野郎』を全員消さねばならなくなる。『野郎に対する怒り』と『ハナを失う恐怖』がないまぜになって彼を襲う。
早く婚約者を隠さなければ――。
俺様なカナデ様は迂闊な悪役令嬢ハナちゃんの『人前で口に出してはならない言葉を並べた悩み』のせいでヤンデレ系イケメン攻略対象者のようになってしまっていた。
悪役令嬢ハナちゃんの愛らしくか弱そうな美声が紡ぐ『大悪党から聞かされた悪役令嬢ハナちゃんの断罪物語』はまだ序章といったところだったが、冷静にじっくりと聞ける人間などひとりもいなかった。
「――どういうことだ――」
クールというより低すぎる声がカナデに問う。
一番聞いてはならない人間が、聞いてはいけない部分を聞いてしまったようだ。
「……ああ。聞いている。話してみろ」
カナデがゆっくりと相槌を打つ。
勿体を付けたいわけではない。
驚きすぎて少々返事が遅れてしまったのだ。
まさか、シオンとしか話をしないはずのハナが自分に話しかけ、あまつさえ相談を持ちかけてくるとは、と。
だが、彼の驚きはそのていどでは済まなかった。
「お兄にゃーんが、わたくしを……〝だかつのごとく〟嫌いになるらしいのですにゃーん」
お兄様以外の人間に相談をしたことがない悪役令嬢ちゃんは、お話の順番がめちゃくちゃだった。
「……そんなことは絶対に起こらないから安心しろ。『らしい』とは、まさかとは思うが、お前にそう言った人間が存在するということか?」
一瞬聞き間違いかと思うようなことを言われたカナデは、『非現実的な話』を否定しつつ、それを尋ねた。
そんな発言をした愚か者が過去にいたとして、もういなくなっているはずだと。
「にゃーん、大悪党ですにゃーん。悪口をいっぱい言われたのですにゃーん」
名前を憶えていないハナちゃんが、『大悪党』の悪事を興奮気味に告げ口する。
鬱憤が溜まっている幼児のように。
「にゃーん、お兄にゃーんがわたくしを遠くへ飛ばすらしいのですにゃーん」
「にゃーん、お家が乗っ取られてつぶされるらしいのですにゃーん」
「にゃーん、わたくし、『うすぎたないおじさんに――される』らしいのですにゃーん」
幼稚園児系悪役令嬢は、よく分かっていない話を、大悪党に聞かされたままにゃーんと語った。
「にゃーん、誰もたすけてくれないのですにゃーん。――エンドなのですにゃーん」
あまりにもひどい、子供が知っているはずのない、表現に問題しかない言葉で。
『とんでもない悩み』を聞かされたカナデは、心臓が止まりそうなほど驚き、怒りで手が震え、はじめて目の前が真っ赤に染まる、という体験をした。
呼吸がみだれ、抱きしめる手に力がこもる。
「にゃーん、苦しいのですにゃーん」という苦情を聞く余裕もない。
耳鳴りがする。頭に浮かべることすらおぞましい『――――』を必死に否定する。まさか、そんな馬鹿なことが起こるはずがない。だが、カナデの弱々しい婚約者にそのような『妄言』を吐いた〝クソ野郎〟がこの世のどこかにいるのだ。
彼が自身の婚約者を保護するための堅牢な城を建て、ハナを軟禁する計画を立てた瞬間である。
そうでもしないとこの世から『野郎』を全員消さねばならなくなる。『野郎に対する怒り』と『ハナを失う恐怖』がないまぜになって彼を襲う。
早く婚約者を隠さなければ――。
俺様なカナデ様は迂闊な悪役令嬢ハナちゃんの『人前で口に出してはならない言葉を並べた悩み』のせいでヤンデレ系イケメン攻略対象者のようになってしまっていた。
悪役令嬢ハナちゃんの愛らしくか弱そうな美声が紡ぐ『大悪党から聞かされた悪役令嬢ハナちゃんの断罪物語』はまだ序章といったところだったが、冷静にじっくりと聞ける人間などひとりもいなかった。
「――どういうことだ――」
クールというより低すぎる声がカナデに問う。
一番聞いてはならない人間が、聞いてはいけない部分を聞いてしまったようだ。
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