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第505話 愛らしきリンゴとマスターの邂逅。実食!〈スペアリブの炙り焼き〉。騎士達の――
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クマちゃんは透き通った眼差しで、まちゅたーを見つめた。
「クマちゃ……」と。
◇
森がさわさわ、さらさらと爽やかに歌っている。
鳥達のカノンは、ピィチチチ、ピィヒョー――と高らかに盛り上がっていた。
いったいどうやって運んだのか。
高温の網に置かれていたはずの肉は、優秀すぎるカフェ店員妖精達によって味見用に整えられていた。
完成したスペアリブは、赤茶の木目が差し色の、黒い木皿に載せられていた。
もちろんクマ耳つきである。
「皿もクマちゃん……」
リオは静かに頷いた。だよね……と。
すると、リンゴをかぶった子猫のように愛くるしいシェフは、「クマちゃ……」と猫手のひらをみせた。
どうぞ、という意味だ。
シェフの肉球が、『仲良しのリオちゃんが最初に食べてくだちゃい』と語っている。
「ありがとー。クマちゃん可愛いねー」と差し出された手と握手をする。
「めっちゃちっちゃい……」と切なく呟く。
小さな肉球が気になって気になって、揉まないと夜も眠れなくなりそうだった。
だが早く味見を終わらせなければ。
暴動の予感に、泣く泣く手を離した。
そして視線は、こんがりきつね色の骨付き肉へと移った。
網で焼かれた焦げ目さえも芸術的だった。
艶と焦げ色の比率も絶妙だ。
細長い肉の一部には紙が巻かれていた。
リオは飢えた野獣のような目つきになっていた。
焼いているあいだ中、狂おしいほど美味そうな匂いを吸い込んでいたせいだ。
もう待てないさぁ食べようと、一応フォークを探す。
が、見当たらず。
ならば手で――と伸ばしかけ、薄いブラウンの紙に刻印された肉球に気づく。
刹那、リオは閃いた。
ここを持てということか――!
食べる前から感動し、動揺した。
すでに数秒経っている。
高鳴る鼓動を押さえつけ、肉球マークにカサリと手を重ねる。
――熱を感じにくい。
なんだこの紙は……!
えっすご。
という気持ちも押さえつけ、真顔で肉に歯を立てた。
カリッ
香ばしくパリパリに焼かれた表面が、軽い音と共に割れた。
驚くほど柔らかな肉が舌にふれる。
熱々のそれはホロリとほどけ、ジュワッとスープが零れる。
絶妙な塩気がリオの味覚を刺激する。
交じり合うほのかな甘味、肉の旨味、香るハーブ。
爽やかさと微かな苦み、わずかに大地がくゆる。
ぎゅっ――と凝縮された美味さを引き立てているのは、もしやあの時かけたリンゴ酢なのか。
噛めば噛むほど深い味わい。
たまらない肉の食感。
あつっ! と涙が滲む。
――が、止められず、パリパリカリっと歯を立てる。
肉と肉汁を無言で噛みしめる。
そして鼻腔を抜ける爽やかな香りに、リオは満足気に目を細めた。
つーか手が全然汚れないんだけど。
あっ、この肉球の紙?
えっすご。
という気持ちも相まって、満足度はさらに高まる。
「四十秒っすよ!!」という叫びなど微塵も耳に入らない。
「感想言ってくださいよ!」
「なんでいっつも無言なんすか!」
ピィィールルル。
という鳥のさえずりに誘われて、ビールが入ったグラスに手を伸ばす。
琥珀色の液体を、白い泡がふわりと閉じ込めている。
あれ? なんかいつもと違うかも。
と、冷えた空気を小さく吸い込む。
するとほんのわずか、焦がした砂糖のような香りを感じた。
ぐいっと呷れば熱が冷え、ハーブの香りが苦みに連れられ喉へと落ちてゆく。
穏やかな炭酸が、肉の余韻にそっと寄り添う。
「一分超えました!」
「マスターちゃんと計ってくださいよ!」
調理補助は、鳥というには穏やかではない鳴き声を浴びながら、最後に一言だけ感想を漏らした。
「かなりやばい」
たっぷり一分十五秒以上かかった味見の感想は、いっそ身の危険を覚えるほど、すべてを超越していた。
その結果、「今度から俺がやります!」という者が続出したが、正直がすぎる調理補助様によって却下された。
「無理」
◇
本日のメイン料理には三種類の味があったが、『一分で終わらせろ』という命令を、リオは守った。
他二種の味見をあきらめ、最低限のことだけをした。
調理補助らしく、ほぐして小さくした肉をシェフの小さなお口に入れる。
「クマちゃん美味しい? そっかー」と優しく感想を尋ねる。
シェフの口元をふわふわな布で綺麗に拭う。
左腕にシェフを抱え、三回ほど撫で、料理を速やかに、クマ耳つきの大皿に盛り付けてゆく。
……はやく……肉を……たすけて……あぁぁ……
円卓から聞こえる地縛霊のような声を、「なんかうるせーんだけど」と跳ねのける。
肉球が刻印された凄い紙は、『各自で巻け』ということにした。
カフェ店員妖精達が持ってきた〈肉球ペーパースタンドちゃん・一枚だけ取るのが大変お上手な妖精ちゃん付き〉に、「あっ、うん、ありがと……」と動揺まじりの礼を述べる。
貰った一枚は「えっと……じゃあ、後で使うから……」といってふところにしまった。
◇
高位で高貴なお兄さんと執事さんの前に料理を置けば、あとは円卓でうめいているやつらをどうにかするだけだ。
「はい、マスター」
リオはシェフをもふ……とマスターに渡すと、〈クマちゃんカードケース〉に入った大皿を配りに行った。
「ん? ああ、悪いな」とマスターは受け取ったもこもこを見た。
リンゴのパーカーで顔をキュッとしぼられたクマちゃんは、仰向けな子猫のポーズでマスターを見上げていた。
ふわふわな毛の中の黒い瞳が、困った子猫のようにうるうるしている。
マスターは真剣な表情で数秒間見つめ合ってから「可愛いな……」と声を落とした。
酒場で雨音を聞きながらグラスを磨く店主のような、そんな声音だった。
リオが精鋭達から救世主のような扱いを受けているあいだ、ウィルはわざわざ席を立ち、マスターの背後からクマちゃんの顔をじっと覗き込んでいた。
そうして、オアシスに思いを馳せる南国の神鳥のように、「神の恵みだね……」と、その尊さを語った。
◇
大きな雲影がゆったりと流れ、海底の宴席のごとき幻想的な空間にサァ――と光が射した。
色彩豊かなゼリーのように煌めく魚たちが、舞うように空を泳いで行った。
「白いのに感謝して食えよ」
マスターがいつものように言葉を添える。
精鋭達は命のともしびが消えかけた戦士のように、静かに胸に拳を当てた。
目を閉じて俯き気味に『クマちゃん、ありがとう……』と。
浄化の魔法がきらきらと彼らを包み込む。
王都からの客人達とどこかの学園生達も、『なるほど……』とそれにならった。
『え……? いままでやってましたっけ……?』を顔に出す者は、そこにはいなかった。
都会育ちの彼らは、場の空気を読むのに長けていた。
光に導かれし神聖な挨拶が無言のまま終わると、彼らはあちこちにいる妖精から肉球ペーパーを受け取った。
「あっ……ありがと」「あっ……どうも」と皆似たように声を震えさせた。
薄いブラウンの紙でカサ、と骨を巻く。
彼らは同様に、ソースの塗られていないシンプルな味付けのものを手に取っていた。
まずは基本の味を楽しもうと思ったのだ。
「うわ……すげぇ良いにおい……」
口元に運んだそれに、ごくりと喉を鳴らす。
ぱりっ かりりっ
ほぼ同時に、テーブルのあちこちで焼き目が割れる音がした。
口の中に広がるハーブ風味の肉汁と塩の旨味、ピリッとしたスパイス、顔にかかる湯気。
どこまでも柔らかでぷりっとした肉の噛み応え。
シンプルだからこそ伝わる素材の良さ。
口内に広がる熱。
腹が減りすぎて痛いほどだった彼らは、急激に与えられた最高の刺激に、ツゥ――と清らかな涙を零した。
「…………」
「無言になる美味さ……」
「わかる……」
精鋭達の頭に、午前中の過酷な労働が脳裏を過ぎった。
そのすべてが癒されていくような心地がした。
もしゃもしゃ……もぐもぐ……
と肉を噛みしめ、いつの間にか手元に運ばれていた、冷えたグラスをつかむ。
ぐい ごく ぐび
その繊細で香り高いビールのコクと、じわりと広がる苦みは、脳がしびれるほど彼らに満足感を与えた。
「うぅ……」
「もうだめだ……」
「手がしびれる……」
「わかる……」
それはもう、食事というより快楽に近かった。
彼らは遠くを、あるいは手元を、そして大皿のスペアリブを見つめていた。
そうして黙々と、それを食した。
少々ぎらついた目で〈はちみつマスタード仕立て〉を睨みつけ、新たな肉球ペーパーをカサリと巻きつける。
手が汚れなくて便利。
という情報は、残念ながら今の彼らの脳には届かなかった。
かりかりに焦げた糖質が、極上の旨味を肉に与える。
はちみつの甘味とマスタードの酸味、その粒が、ぷりぷり肉と肉汁と交じり合う。
険しさすら感じるほどの表情で、彼らは頷いた。
肉以外の情報はすべて削ぎ落していた。
彼らは、三枚目の肉球ペーパーを手に、色の濃い〈バーベキューソース仕立て〉をつかんだ。
噛みつくと、一気に香りが広がった。
トマトの酸味と甘み、香ばしいガーリックと爽やかな香草が、複雑な美味さを舌に伝えてゆく。
焦げた皮の食感としっかりした肉の味わいは、いつまでも飽きずに彼らを虜にした。
「ソースうめー……」
「骨付き肉最高すぎる……」
「うますぎて馬鹿になる……」
「うまい……」
「やばい……」
「わかる……」
と呟きを漏らす彼らに「お前ら俺のこととやかく言えなくね?」と調理補助が正論をぶつけたが、誰一人聞いていなかった。
王都の客人達と学園生達は、そのあまりの美味さに驚嘆し、もう一度クマちゃんへの祈りを捧げていた。
◇
一方その頃――
王都の王城では、恐ろしく感じるほど神聖な廊下で、かの先輩騎士が眉を吊り上げていた。
「その前にまずすべきことがあるだろう……! いったい何を考えている……!」
神経質そうな騎士は、そういって表情を険しくした。
大体において『同意する』と言ってしまう〝先輩〟にしては、非常に珍しいことだった。
先輩騎士は腕組みをして顔を逸らした。
〝まるで分かっていない後輩〟に冷たい流し目を送った。
『なんて気の利かない男だ』と。
最年少騎士は姿勢を正し、「はっ」と短く応答した。
『何を考えている』という問いには〝打倒ヒゲ〟を思い浮かべたが、おそらくそういうことではないのだろうと、さすがに理解できた。
先輩騎士はまことに神経質そうな声音で言った。
「――私が合図を送る。君は速やかに、不備なく実行したまえ」
新緑の騎士は、その瞳に使命感をたたえ、「はっ」と応答した。
◇
「わずかな〝ずれ〟も許されん。――いくぞ」
先輩騎士の声が静寂を打った。
そうして、誰よりも高貴な姫君を支えるような手つきで、〝純白の奇跡〟を持ち上げた。
新緑を纏う騎士の手が、その下を一閃する。
宙を舞う猫の毛を指先で挟むほどの繊細さだった。
刹那の時間で事は成された。
二人のあいだには、きっちりと猫用布団におさまったクマちゃんの人形があった。
それこそがあるべき姿のように、究極的に正しいピンとした寝姿で――。
「こんなに愛くるしい子猫を、君はなぜ布団の中へ入れてやらんのだ!」
「先輩……僕が間違っていました……。聖獣様……この失態は戦いで挽回してみせます……!」
「クマちゃ……」と。
◇
森がさわさわ、さらさらと爽やかに歌っている。
鳥達のカノンは、ピィチチチ、ピィヒョー――と高らかに盛り上がっていた。
いったいどうやって運んだのか。
高温の網に置かれていたはずの肉は、優秀すぎるカフェ店員妖精達によって味見用に整えられていた。
完成したスペアリブは、赤茶の木目が差し色の、黒い木皿に載せられていた。
もちろんクマ耳つきである。
「皿もクマちゃん……」
リオは静かに頷いた。だよね……と。
すると、リンゴをかぶった子猫のように愛くるしいシェフは、「クマちゃ……」と猫手のひらをみせた。
どうぞ、という意味だ。
シェフの肉球が、『仲良しのリオちゃんが最初に食べてくだちゃい』と語っている。
「ありがとー。クマちゃん可愛いねー」と差し出された手と握手をする。
「めっちゃちっちゃい……」と切なく呟く。
小さな肉球が気になって気になって、揉まないと夜も眠れなくなりそうだった。
だが早く味見を終わらせなければ。
暴動の予感に、泣く泣く手を離した。
そして視線は、こんがりきつね色の骨付き肉へと移った。
網で焼かれた焦げ目さえも芸術的だった。
艶と焦げ色の比率も絶妙だ。
細長い肉の一部には紙が巻かれていた。
リオは飢えた野獣のような目つきになっていた。
焼いているあいだ中、狂おしいほど美味そうな匂いを吸い込んでいたせいだ。
もう待てないさぁ食べようと、一応フォークを探す。
が、見当たらず。
ならば手で――と伸ばしかけ、薄いブラウンの紙に刻印された肉球に気づく。
刹那、リオは閃いた。
ここを持てということか――!
食べる前から感動し、動揺した。
すでに数秒経っている。
高鳴る鼓動を押さえつけ、肉球マークにカサリと手を重ねる。
――熱を感じにくい。
なんだこの紙は……!
えっすご。
という気持ちも押さえつけ、真顔で肉に歯を立てた。
カリッ
香ばしくパリパリに焼かれた表面が、軽い音と共に割れた。
驚くほど柔らかな肉が舌にふれる。
熱々のそれはホロリとほどけ、ジュワッとスープが零れる。
絶妙な塩気がリオの味覚を刺激する。
交じり合うほのかな甘味、肉の旨味、香るハーブ。
爽やかさと微かな苦み、わずかに大地がくゆる。
ぎゅっ――と凝縮された美味さを引き立てているのは、もしやあの時かけたリンゴ酢なのか。
噛めば噛むほど深い味わい。
たまらない肉の食感。
あつっ! と涙が滲む。
――が、止められず、パリパリカリっと歯を立てる。
肉と肉汁を無言で噛みしめる。
そして鼻腔を抜ける爽やかな香りに、リオは満足気に目を細めた。
つーか手が全然汚れないんだけど。
あっ、この肉球の紙?
えっすご。
という気持ちも相まって、満足度はさらに高まる。
「四十秒っすよ!!」という叫びなど微塵も耳に入らない。
「感想言ってくださいよ!」
「なんでいっつも無言なんすか!」
ピィィールルル。
という鳥のさえずりに誘われて、ビールが入ったグラスに手を伸ばす。
琥珀色の液体を、白い泡がふわりと閉じ込めている。
あれ? なんかいつもと違うかも。
と、冷えた空気を小さく吸い込む。
するとほんのわずか、焦がした砂糖のような香りを感じた。
ぐいっと呷れば熱が冷え、ハーブの香りが苦みに連れられ喉へと落ちてゆく。
穏やかな炭酸が、肉の余韻にそっと寄り添う。
「一分超えました!」
「マスターちゃんと計ってくださいよ!」
調理補助は、鳥というには穏やかではない鳴き声を浴びながら、最後に一言だけ感想を漏らした。
「かなりやばい」
たっぷり一分十五秒以上かかった味見の感想は、いっそ身の危険を覚えるほど、すべてを超越していた。
その結果、「今度から俺がやります!」という者が続出したが、正直がすぎる調理補助様によって却下された。
「無理」
◇
本日のメイン料理には三種類の味があったが、『一分で終わらせろ』という命令を、リオは守った。
他二種の味見をあきらめ、最低限のことだけをした。
調理補助らしく、ほぐして小さくした肉をシェフの小さなお口に入れる。
「クマちゃん美味しい? そっかー」と優しく感想を尋ねる。
シェフの口元をふわふわな布で綺麗に拭う。
左腕にシェフを抱え、三回ほど撫で、料理を速やかに、クマ耳つきの大皿に盛り付けてゆく。
……はやく……肉を……たすけて……あぁぁ……
円卓から聞こえる地縛霊のような声を、「なんかうるせーんだけど」と跳ねのける。
肉球が刻印された凄い紙は、『各自で巻け』ということにした。
カフェ店員妖精達が持ってきた〈肉球ペーパースタンドちゃん・一枚だけ取るのが大変お上手な妖精ちゃん付き〉に、「あっ、うん、ありがと……」と動揺まじりの礼を述べる。
貰った一枚は「えっと……じゃあ、後で使うから……」といってふところにしまった。
◇
高位で高貴なお兄さんと執事さんの前に料理を置けば、あとは円卓でうめいているやつらをどうにかするだけだ。
「はい、マスター」
リオはシェフをもふ……とマスターに渡すと、〈クマちゃんカードケース〉に入った大皿を配りに行った。
「ん? ああ、悪いな」とマスターは受け取ったもこもこを見た。
リンゴのパーカーで顔をキュッとしぼられたクマちゃんは、仰向けな子猫のポーズでマスターを見上げていた。
ふわふわな毛の中の黒い瞳が、困った子猫のようにうるうるしている。
マスターは真剣な表情で数秒間見つめ合ってから「可愛いな……」と声を落とした。
酒場で雨音を聞きながらグラスを磨く店主のような、そんな声音だった。
リオが精鋭達から救世主のような扱いを受けているあいだ、ウィルはわざわざ席を立ち、マスターの背後からクマちゃんの顔をじっと覗き込んでいた。
そうして、オアシスに思いを馳せる南国の神鳥のように、「神の恵みだね……」と、その尊さを語った。
◇
大きな雲影がゆったりと流れ、海底の宴席のごとき幻想的な空間にサァ――と光が射した。
色彩豊かなゼリーのように煌めく魚たちが、舞うように空を泳いで行った。
「白いのに感謝して食えよ」
マスターがいつものように言葉を添える。
精鋭達は命のともしびが消えかけた戦士のように、静かに胸に拳を当てた。
目を閉じて俯き気味に『クマちゃん、ありがとう……』と。
浄化の魔法がきらきらと彼らを包み込む。
王都からの客人達とどこかの学園生達も、『なるほど……』とそれにならった。
『え……? いままでやってましたっけ……?』を顔に出す者は、そこにはいなかった。
都会育ちの彼らは、場の空気を読むのに長けていた。
光に導かれし神聖な挨拶が無言のまま終わると、彼らはあちこちにいる妖精から肉球ペーパーを受け取った。
「あっ……ありがと」「あっ……どうも」と皆似たように声を震えさせた。
薄いブラウンの紙でカサ、と骨を巻く。
彼らは同様に、ソースの塗られていないシンプルな味付けのものを手に取っていた。
まずは基本の味を楽しもうと思ったのだ。
「うわ……すげぇ良いにおい……」
口元に運んだそれに、ごくりと喉を鳴らす。
ぱりっ かりりっ
ほぼ同時に、テーブルのあちこちで焼き目が割れる音がした。
口の中に広がるハーブ風味の肉汁と塩の旨味、ピリッとしたスパイス、顔にかかる湯気。
どこまでも柔らかでぷりっとした肉の噛み応え。
シンプルだからこそ伝わる素材の良さ。
口内に広がる熱。
腹が減りすぎて痛いほどだった彼らは、急激に与えられた最高の刺激に、ツゥ――と清らかな涙を零した。
「…………」
「無言になる美味さ……」
「わかる……」
精鋭達の頭に、午前中の過酷な労働が脳裏を過ぎった。
そのすべてが癒されていくような心地がした。
もしゃもしゃ……もぐもぐ……
と肉を噛みしめ、いつの間にか手元に運ばれていた、冷えたグラスをつかむ。
ぐい ごく ぐび
その繊細で香り高いビールのコクと、じわりと広がる苦みは、脳がしびれるほど彼らに満足感を与えた。
「うぅ……」
「もうだめだ……」
「手がしびれる……」
「わかる……」
それはもう、食事というより快楽に近かった。
彼らは遠くを、あるいは手元を、そして大皿のスペアリブを見つめていた。
そうして黙々と、それを食した。
少々ぎらついた目で〈はちみつマスタード仕立て〉を睨みつけ、新たな肉球ペーパーをカサリと巻きつける。
手が汚れなくて便利。
という情報は、残念ながら今の彼らの脳には届かなかった。
かりかりに焦げた糖質が、極上の旨味を肉に与える。
はちみつの甘味とマスタードの酸味、その粒が、ぷりぷり肉と肉汁と交じり合う。
険しさすら感じるほどの表情で、彼らは頷いた。
肉以外の情報はすべて削ぎ落していた。
彼らは、三枚目の肉球ペーパーを手に、色の濃い〈バーベキューソース仕立て〉をつかんだ。
噛みつくと、一気に香りが広がった。
トマトの酸味と甘み、香ばしいガーリックと爽やかな香草が、複雑な美味さを舌に伝えてゆく。
焦げた皮の食感としっかりした肉の味わいは、いつまでも飽きずに彼らを虜にした。
「ソースうめー……」
「骨付き肉最高すぎる……」
「うますぎて馬鹿になる……」
「うまい……」
「やばい……」
「わかる……」
と呟きを漏らす彼らに「お前ら俺のこととやかく言えなくね?」と調理補助が正論をぶつけたが、誰一人聞いていなかった。
王都の客人達と学園生達は、そのあまりの美味さに驚嘆し、もう一度クマちゃんへの祈りを捧げていた。
◇
一方その頃――
王都の王城では、恐ろしく感じるほど神聖な廊下で、かの先輩騎士が眉を吊り上げていた。
「その前にまずすべきことがあるだろう……! いったい何を考えている……!」
神経質そうな騎士は、そういって表情を険しくした。
大体において『同意する』と言ってしまう〝先輩〟にしては、非常に珍しいことだった。
先輩騎士は腕組みをして顔を逸らした。
〝まるで分かっていない後輩〟に冷たい流し目を送った。
『なんて気の利かない男だ』と。
最年少騎士は姿勢を正し、「はっ」と短く応答した。
『何を考えている』という問いには〝打倒ヒゲ〟を思い浮かべたが、おそらくそういうことではないのだろうと、さすがに理解できた。
先輩騎士はまことに神経質そうな声音で言った。
「――私が合図を送る。君は速やかに、不備なく実行したまえ」
新緑の騎士は、その瞳に使命感をたたえ、「はっ」と応答した。
◇
「わずかな〝ずれ〟も許されん。――いくぞ」
先輩騎士の声が静寂を打った。
そうして、誰よりも高貴な姫君を支えるような手つきで、〝純白の奇跡〟を持ち上げた。
新緑を纏う騎士の手が、その下を一閃する。
宙を舞う猫の毛を指先で挟むほどの繊細さだった。
刹那の時間で事は成された。
二人のあいだには、きっちりと猫用布団におさまったクマちゃんの人形があった。
それこそがあるべき姿のように、究極的に正しいピンとした寝姿で――。
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それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。
派手な奇跡は起こらない。
けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。
――その役目を、誰一人として理解しないまま。
奇跡が少なくなった。
役に立たない聖女はいらない。
そう言われ、私は静かに国を追放された。
もう、祈る理由はない。
邪気を生み出す原因に目を向けず、
後始末だけを押し付ける国を守る理由も。
聖女がいなくなった国で、
少しずつ異変が起こり始める。
けれど彼らは、最後まで気づかなかった。
私がなぜ祈らなくなったのかを。
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