クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり ~ほんとは猫なんじゃないの?~

猫野コロ

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第540話 ぽちぽちぽち! 唸る肉球

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 クマちゃんは、ハッとリオちゃんを見た。
 もしや、と不安になって尋ねた。

「クマちゃ……」



 きゃあきゃあと盛り上がる美女達の背後、数メートル離れた美男達は、

 地面に転がってジタバタしていた。

「ちくしょう……! 魔法使いめ……!」
「ひらひらしやがって……!」
「クソッ、俺が先に出てたら……!」
「いや俺が……!」
「いやオレだろ!」
「いやいや」
「いやいやいや」

「…………」と顔を見合わせ、すっと表情を消した。

 砂地に転がっていた美男集団はむくりと起き上がると、乱れた髪もそのままに服についた砂だけ払い、静かに遊戯盤へ戻ろうとした。
 が、どんと肩がぶつかる。足を踏まれる。服を引っ張られる。髪を引っ張られる。羽交い絞めにされる。

 そして揉める。

「俺が先だろ!」
「誰が決めたんだよ!」
「俺に決まってんだろ!」
「何様なんだよ!」
「冒険者様だよ!」
「俺だってそうだよ!」
「ああそうだろうよ!」
「みんなそうだろ!」
「だからなんなんだよ!」

「…………」と、美男集団は互いに頷き――ダッ! と台を目指した。

 が、激しくぶつかり転倒した。

 そんな彼らの様子を見ていたリオは、カランとグラスを揺らしてcoolクールに言った。

「馬鹿すぎる」

「元気がいいね」と、隣の男ウィルがこたえた。

 リオは大雑把な男へ「…………」と視線をやった。
 その心を透かし見ようとしたが、穏やかな表情かおからは何もはかれなかった。
 仕事いかせようと思ってるんじゃないの……という疑いは、夜の風にさぁっと流された。

 女性冒険者達は、一人が九十五点を達成したことでひとまず満足したようだった。
 きゃあきゃあと楽しげに、もっと得点を上げる方法を話し合っている。

 アホな精鋭達はどうするのか、そのうちぶっ飛ばされるのでは。
 というリオの予想は、静かに近づいたマスターがやつらの肩に手を置いたことで現実となった。
 どうみても肩に手が置かれているだけだというのに、やつらは体をねじって妙な声を出している。

 順番を決めて遊べ、と注意された精鋭達は、「はい」と頷き――有無を言わさず横一列に並ばされた。喧嘩防止のためか、両手で膝を抱えるよう指示されている。

 そのまま監視を続けるのかと思ったが、意外にも、マスターはすぐにその場を離れた。
 自分達の近くを通りかかったマスターに、リオが声をかける。

「マスター、あれやってみて」

 あれ、と遊戯盤を指す。

 対してマスターは、椅子に座るリオを見おろし、ふっと笑った。
 そのまま何も言わず、大円卓のあるほうへ戻っていった。

「いや意味わかんないんだけど」

 リオが言うと、ウィルがシャラと首を傾けた。

「うーん。……一度で達成できてしまうからではない?」

「うわ、めっちゃありそう」

 やば、と同意するリオの声に、クマちゃんがハッと反応する。
 ミィと鳴く子猫のように、

「クマちゃ……」

 簡単ちゃんでちゅか……?

 というそれは、この超絶難易度の遊戯が――
『簡単すぎまちゅか? もっと難しくしまちゅか?』
 という赤ちゃんからの挑戦状に違いなかった。

 リオは、優しく我が子に伝えた。

「いやまったく簡単じゃないから。つかこれ遊びじゃなくね? 訓練じゃね? って感じ」

 余計なことしなくていー……と危うく余計なことを言いそうになったが、ルーク様の視線を感じてすっと口を閉じた。

 そうこうしているうちに、音声が鳴り響いた。

『クマちゃーん!』

 九十五点ちゃーん!

 おめちゃーん

 ニャー! と妖精達の声まで響いたが、精鋭達が『うおぉぉぉ!!』と騒いでいるせいでほとんど聞こえない。

「うるさいんだけど」

 というリオの率直な意見も、お祭り騒ぎの精鋭には届いていないだろう。
 ウィルが隣で「そうだね」と頷いた。
 そして神妙な顔で、

「でも今のうちに喜んでおくのが正解なのかもしれないね」

 まだ最初の試練が終わっただけ……と不吉なことを言った。

「えぇ……」

 というリオの声に反応し、クマちゃんがハッとした。

「クマちゃ……」

 もっとでちゅか……?

「いやいやいやもっととかないから」

 護衛クン達大変なことになっちゃうから、とリオが我が子に常識を教えたあと、しばらくして――

 屋外宴会場すべての映像球から、音声が響いた。

『クマちゃーん!』

 九十五点ちゃーん!

 おめちゃーん



 ?! と、ほぼ全員が映像球を確認した。
 離れた場所にいた者も、近くのテーブルにささっと駆け寄った。

 見守る者の半数以上が、護衛騎士達が大喜びするのではないかと、にこにこ、あるいはわくわくしながら反応を待っていた。

 映像のなか、おそらく今まさに目標を達成したばかりであろう護衛が遊戯盤から降り、上体の紐を緩めた。

 括っていた妖精を仲間に預け、騎士服を羽織り、さっと留め具をかけ、剣帯けんたいを装着し、また妖精を引き取る。

 緩んだ妖精のおくるみをすっと正すと、たすき掛けした胸元に、きっちりと妖精を戻した。

 四人の護衛はそのままカツカツとブーツを響かせ、『次のお部屋ちゃん』と書かれた扉を進んでいった。

 映像球には、数時間前と同様、燭台の並んだ洞窟を歩く護衛達の背中が映っている。

 そこから聞こえる足音が、映像光に照らされる晩餐の上を、カツカツと通り過ぎてゆく。

 妙に静かになった宴席で、リオは言った。

「変態すぎる」

 間違いない、とほとんどの者が頷いていた。



 クマちゃんと仲間達が、〈超、だいいちの試練ちゃん〉を乗り越えた護衛騎士達を映像球で見守っていると、護衛達はすぐに新たな扉を発見した。

 映像球に映る、洞窟内、青みがかった岩壁、左右に置かれた燭台、重厚そうな扉に貼られた、手書きの紙。
 非常に見覚えのある光景だった。

 リオは数時間前と同じように、よれた紙に書かれた文字を読んだ。

「超、だいにの試練ちゃん……」

 だよね。と頷いているあいだに、先頭の護衛が扉を開いた。

 カッ! とまばゆい光が彼らを照らし、結界がシャララと崩され、同じ流れをたどっている彼らの前には、なんと――

 二つの遊戯盤。

 左右に並ぶ遊戯盤の前で微動だにしない護衛達に叩きつけるように、音声が響いた。

『クマちゃーん』

 遊び方の説明せちゅめいちゃんをいたしまちゅ……

 という言葉のあと、もう一度『クマちゃーん』が響いた。

 お二人ちゃんで、なかよく同時に九十五点ちゃーん

 ?! と一瞬驚愕の表情をみせたのは、護衛だけではなかった。

 動揺が広がる宴席で、正直者リオは言った。

「ひどすぎる」

 この試練をつくった犯人は、心に大型モンスターを飼っているに違いない。
 と、リオは隣にいるはずの白い犯人を見た。

 もこもこした犯人は、ルークの腕の中で白い本を開いていた。
 先の丸い猫手でぽちぽちぽち! とボタンを連打している。

 リオは率直に尋ねた。

「クマちゃん何やってんの?」

 だが答えを得る前に、怪しいもこもこはルークに運ばれるようにスタスタと去っていった。
 遊戯盤のある方へ――

 そして遊戯盤は、心優しい犯人によって、男女それぞれ二つずつ用意された。

 聞きなれた『ニャーニャークマちゃ』が流れ、光る肉球が盤を目掛けて飛来する。
 その様子を見ていたリオはカッ! と目を見開いた。

 なんと、微かにスピードが上がっているではないか! まさに獣の所業!

 と、思っているあいだに、盤上の精鋭達が足をもつれさせ、

『ギャー』と『キャー』が同時に響いた。



 宴会場の端、男女それぞれの精鋭達が、膝をがくがくさせながら、地面に倒れ込んでいる。
『なかなかやるな……』『あなたたちも……』といった表情で、彼らは互いをたたえ合っていた。

 しばらくして映像球から達成を告げる音声が響いた。
 いつの間にか、護衛騎士達はボロボロになりながら、〈超・だいさんの試練ちゃん〉へとたどり着いていた。

 そして、なんと恐るべきことに、映像球のなかには――

 護衛の前の遊戯盤、四つ。
 宴会場の端、精鋭用の遊戯盤、八つ。

 映像球の中と外で、『クマちゃーん』と音声が響いた。

 四人ちゃんで、なかよく同時に九十五点ちゃーん

 シン

 と静まり返る宴席で、リオは言った。

「殺す気なんじゃないの」

 スパーン! と後頭部を叩かれた男の「ごめんて」は、まるで心が籠もっていなかった。

 そして無情にも、『ニャーニャークマちゃ』は鳴り響き、精鋭達がよろよろと台に這い上がる。
 盤面に立つ彼らの視線は真っ直ぐに、わずかにスピードを上げた肉球を見つめていた。



 宴会場の端で、美男と美女の集団は、がくがくしている脚を投げ出し、ヒュー……と息を漏らしていた。
 酒を飲んでいるせいか、あちこちから輝く星が降ってくるせいか、おめちゃーんはまだ聞こえていなかった。

 リオは、産まれたての小鹿をさらに弱体化させたような生き物を量産しているクマちゃんを見た。

「…………」

 無言の眼差しには『ヤバすぎる』と『――ピーす気でしょ』が多分に含まれていた。
 つい先ほど聞こえたゼノの『完全にイカレてやがる……』には、同意しかなかった。
 視線の先、着飾った子猫のようなクマちゃんが、懸命に肉球をペロペロしている。
 トドメを刺す準備に違いない。
 リオは確信を持って頷いた。



 宴会場の端、何度目かのおめちゃーんが響いたあと――
 達成はしたが、もっと弱った精鋭達は、ボロボロの背負い袋のように転がっていた。

 もはや、ボロ布以下なのかもしれない。

 と、失礼の化身リオは思った。

 そして、時は流れ――

 映像のなか、異様に動きの鈍い護衛騎士達がついに、〈超・さいごの試練ちゃん〉の間に立った。

 明かりに照らされた部屋の中央、四つの遊戯盤の向こうに、ブシャー! とピンク色の煙が広がってゆく。
 護衛が警戒に腰を落とし、鞘入りの短刀を構えたそのとき、

 ピンク色の中に、微かに人影が見えた。
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