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第55話 クマちゃんのお仕事とマスターのお仕事
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クマちゃんは、器用な猫手を動かし迅速に作業した。
ジャー――、と。
◇
食堂のような部屋を見つけたクマちゃんは、食材を運んでもらうため、仕事中のマスターを呼び出した。
「そうだな。最初から、こっちに運んでおいてやればよかったな」
食材が、建物に入ってすぐのリビングにあったということは、ギルド職員はこの部屋の存在に気付かなかったのだろう。
奥に部屋があることに気付いていたマスターは、自分が運んでやるべきだったと反省した。
食材を運び終え、仕事へ戻ろうとしたマスターだったが、大きな牛乳瓶を引きずるように鍋の前に運ぶクマちゃんを放っておけるはずがなかった。
このまま放置すれば一分後に見るのは、白い床一面に広がる牛乳と白い液体の中に転がる牛乳瓶、そして牛乳の中に立つ可哀相なクマちゃんという悲しい結末だ。
そして悲しげなクマちゃんがもう一度鍋の前まで大きな牛乳瓶を引きずり、惨劇は繰り返されるだろう。
悲劇的な未来を防ぐため、マスターは調理師クマちゃんの調理補助をすることにした。
クマちゃんを抱え一旦元の部屋へ戻り、ルークが置いていった〈クマちゃんお世話セット〉の中から薄い水色のふわふわの布を取り出す。
それをもこもこの頭にのせ、両端を顎の下できゅっと結べば、頭巾を被った調理師風クマちゃんのできあがりだ。
よだれかけは先ほどの昼食の時からつけたままだ。これでリボンが汚れることはないだろう。
クマちゃんが、まずは〈甘くておいしい牛乳・改〉から作ろうと牛乳を運んでいると、マスターが手伝ってくれた。
そしてリビングに戻り、クマちゃんに頭巾を被せてくれた。うむ、忘れるところだった。これで、髪が落ちる心配をしなくてもいいだろう。
マスターはどうやらクマちゃんのお手伝いをしてくれるらしい。とてもありがたい。今日は、たくさん作るものがあるから、ルーク達の次の休憩時間までに作業が終わるか心配だったのだ。
食堂に戻り、マスターとふたり〈甘くておいしい牛乳・改〉を作り始める。「お前はなんでそんなに砂糖を入れたがるんだ……」真剣なクマちゃんの横でマスターが何か言っている気がするが、今はとても忙しい。スプーンから砂糖が零れてしまわないよう、丁寧に作業を進める。
隣の部屋から「あれ~? マスターとクマちゃんどこ行ったんだろ~。書類ここ置いておきます~誰も居ないけど~」と聞こえた気がするが、気のせいだろう。
途中、マスターが
「俺はお前の店から瓶を取ってくるが、すぐ戻ってくるから、ひとりで作業を進めるなよ。絶対に、だ。わかったな」
と言っていなくなった。
きっと全部一緒にやりたいのだろう。クマちゃんも皆と一緒が嬉しいから、マスターの気持ちがとてもわかる。うむ、ちゃんと待っていてあげよう。
瓶を持ってきてくれたマスターと、一緒に瓶を運んできてくれたギルド職員が〈野菜と果物のジュース・改〉の製作も手伝ってくれた。
作業中「マスター……なんすかこの木の実……これ見てたらなんか不安になるんすけど……」と聞こえたがやはり気のせいだろう。
クマちゃんが、飲み物を漏斗とお玉で瓶に注ごうとすると、
「待て待て待て。――その作業は危ないから俺たちがやる。今日はたくさんあるから大変だろ」
「マスターなんか今、ジャーって水こぼす音みたいの聞こえたんすけど」
何故か止められてしまった。クマちゃんはとても器用だから、瓶に注ぐくらいなら簡単なのに。
「あ、床は俺拭いておくんで、マスター先そっちやって下さい」
「あー。すまん、頼んだ」
手伝ってくれたマスターとギルド職員のおかげで、クマちゃん特製、二種類の〈元気が出る飲み物〉はすぐに完成した。
あとはおつまみだが、きっともうすぐルーク達が戻ってくるはずだ。クマちゃんがお出迎えをしたほうがいいだろう。
マスターがクマちゃんに次は何を作るのか聞こうとすると、薄い水色の頭巾を被った可愛いクマちゃんが、ピンク色の肉球がついたもこもこの可愛い両手を伸ばしてくる。
抱っこ、という意味だ。
「ん? 疲れたか? 休憩にするか」
マスターは可愛いクマちゃんをすぐに抱き上げ、
「また何かあったら呼ぶ。助かった。仕事に戻っていい」
やばい色の木の実にびびっていたギルド職員に声を掛ける。
「了解っす。俺も休憩とって外のクッションで遊んでるんで、また手伝いが必要なら声かけて下さい」
ギルド職員はキリっとした顔で言ったが、マスターは「…………わかった。お前、そのまま寝るなよ」と苦い顔で答えた。
マスターが食堂からリビングに戻り、膝の上のクマちゃんを撫でながら仕事をしていると、可愛いもこもこが何度もドアの方へ顔を向け、ドアが動かないことに気付き、丸い頭を横に倒したり、落ち込んだように少し下げたりする。
ルーク達が森へ討伐に向かってから一時間半くらいだろうか。戻ってこなくても全くおかしくない時間だ。
というか、そもそも昼前に風呂をつくったり入ったり、クマちゃんのお絵描きを皆で見守ったり、花畑を皆で眺めたり飯を食ったりしていたことがおかしいのだが、この可愛いもこもこは、一度皆がすぐに湖に戻ってきたのを見てしまったのだ。
クマちゃんは一度そういうものだと思うと、次もそうだろうと思う、一度高級なご飯を食べると次もそれだと思う猫のようなところがある。
先程抱っこをねだってきたのも、もうすぐ皆が帰ってくると思ったからなのだろう。
そんなに何度も休憩に来ないと思うが……。
「――外で待ってみるか?」
落ち込むように下を向く、頭巾を被った可愛いクマちゃんをそのままにしておくことなどできない。
マスターは、再開したばかりの仕事を再び中断し、深く頷くクマちゃんを抱え、外に出た。
腕の中の可愛いもこもこを撫で、湖の周りを見回すが、クッションや敷物の上でくつろぐのは休憩中のギルド職員ばかりだ。
花畑とクッションの方から、
「……起き上がりたくない。俺有給とるわ」
「お前有給残ってねぇから」
「ちょうちょ……これが優しさってやつか……初めて感じたぜ……」
「ちょっといびきやめてくれない? 雰囲気台無しなんだけど」
「がっ………………」
「止まりかた怖いんだけど……」
「あいつ風呂行き過ぎじゃね? そのうち肌ただれんじゃねーの」
「そしたら又風呂で治すんじゃね?」
「もう風呂住めよあいつ」
とギルド職員達の話し声が聞こえてくる。
誰だ寝てる馬鹿は。
マスターの腕の中のもこもこが、可愛いお手々を森に向けている。
意味は分かるが、分かりたくない。森までお迎えに行きたいと言っているのだろう。
しかし、危ないと言い聞かせても無駄だろう。
我慢できなくなったもこもこがひとりで森へ入ってしまうより、マスターが一緒に森へ入ったほうが、まだ危険は少ない。
「もし、敵の気配がしたらすぐにここへ戻ってくるからな。それでもいいか?」
マスターが頭巾姿のクマちゃんに尋ねると、可愛いもこもこが腕の中で頷く。
「じゃあ、少しだけだからな」
仕事へ戻る道が断たれたマスターは、早くルークに会いたい寂しがり屋のクマちゃんを連れ、森へ入った。
腕の中のクマちゃんが、ピンク色の肉球がついた可愛いもこもこの手をどこかへ向けている。あっちがいい、ということだろう。
わけのわからないことになる前にルーク達が戻ってくるといいのだが……。
冒険者へ大型モンスターの討伐を命じる立場のマスターは、最前線で戦うルーク達へ謎の期待を寄せながら、クマちゃんの肉球が示す方へあてもなく歩き出した――。
ジャー――、と。
◇
食堂のような部屋を見つけたクマちゃんは、食材を運んでもらうため、仕事中のマスターを呼び出した。
「そうだな。最初から、こっちに運んでおいてやればよかったな」
食材が、建物に入ってすぐのリビングにあったということは、ギルド職員はこの部屋の存在に気付かなかったのだろう。
奥に部屋があることに気付いていたマスターは、自分が運んでやるべきだったと反省した。
食材を運び終え、仕事へ戻ろうとしたマスターだったが、大きな牛乳瓶を引きずるように鍋の前に運ぶクマちゃんを放っておけるはずがなかった。
このまま放置すれば一分後に見るのは、白い床一面に広がる牛乳と白い液体の中に転がる牛乳瓶、そして牛乳の中に立つ可哀相なクマちゃんという悲しい結末だ。
そして悲しげなクマちゃんがもう一度鍋の前まで大きな牛乳瓶を引きずり、惨劇は繰り返されるだろう。
悲劇的な未来を防ぐため、マスターは調理師クマちゃんの調理補助をすることにした。
クマちゃんを抱え一旦元の部屋へ戻り、ルークが置いていった〈クマちゃんお世話セット〉の中から薄い水色のふわふわの布を取り出す。
それをもこもこの頭にのせ、両端を顎の下できゅっと結べば、頭巾を被った調理師風クマちゃんのできあがりだ。
よだれかけは先ほどの昼食の時からつけたままだ。これでリボンが汚れることはないだろう。
クマちゃんが、まずは〈甘くておいしい牛乳・改〉から作ろうと牛乳を運んでいると、マスターが手伝ってくれた。
そしてリビングに戻り、クマちゃんに頭巾を被せてくれた。うむ、忘れるところだった。これで、髪が落ちる心配をしなくてもいいだろう。
マスターはどうやらクマちゃんのお手伝いをしてくれるらしい。とてもありがたい。今日は、たくさん作るものがあるから、ルーク達の次の休憩時間までに作業が終わるか心配だったのだ。
食堂に戻り、マスターとふたり〈甘くておいしい牛乳・改〉を作り始める。「お前はなんでそんなに砂糖を入れたがるんだ……」真剣なクマちゃんの横でマスターが何か言っている気がするが、今はとても忙しい。スプーンから砂糖が零れてしまわないよう、丁寧に作業を進める。
隣の部屋から「あれ~? マスターとクマちゃんどこ行ったんだろ~。書類ここ置いておきます~誰も居ないけど~」と聞こえた気がするが、気のせいだろう。
途中、マスターが
「俺はお前の店から瓶を取ってくるが、すぐ戻ってくるから、ひとりで作業を進めるなよ。絶対に、だ。わかったな」
と言っていなくなった。
きっと全部一緒にやりたいのだろう。クマちゃんも皆と一緒が嬉しいから、マスターの気持ちがとてもわかる。うむ、ちゃんと待っていてあげよう。
瓶を持ってきてくれたマスターと、一緒に瓶を運んできてくれたギルド職員が〈野菜と果物のジュース・改〉の製作も手伝ってくれた。
作業中「マスター……なんすかこの木の実……これ見てたらなんか不安になるんすけど……」と聞こえたがやはり気のせいだろう。
クマちゃんが、飲み物を漏斗とお玉で瓶に注ごうとすると、
「待て待て待て。――その作業は危ないから俺たちがやる。今日はたくさんあるから大変だろ」
「マスターなんか今、ジャーって水こぼす音みたいの聞こえたんすけど」
何故か止められてしまった。クマちゃんはとても器用だから、瓶に注ぐくらいなら簡単なのに。
「あ、床は俺拭いておくんで、マスター先そっちやって下さい」
「あー。すまん、頼んだ」
手伝ってくれたマスターとギルド職員のおかげで、クマちゃん特製、二種類の〈元気が出る飲み物〉はすぐに完成した。
あとはおつまみだが、きっともうすぐルーク達が戻ってくるはずだ。クマちゃんがお出迎えをしたほうがいいだろう。
マスターがクマちゃんに次は何を作るのか聞こうとすると、薄い水色の頭巾を被った可愛いクマちゃんが、ピンク色の肉球がついたもこもこの可愛い両手を伸ばしてくる。
抱っこ、という意味だ。
「ん? 疲れたか? 休憩にするか」
マスターは可愛いクマちゃんをすぐに抱き上げ、
「また何かあったら呼ぶ。助かった。仕事に戻っていい」
やばい色の木の実にびびっていたギルド職員に声を掛ける。
「了解っす。俺も休憩とって外のクッションで遊んでるんで、また手伝いが必要なら声かけて下さい」
ギルド職員はキリっとした顔で言ったが、マスターは「…………わかった。お前、そのまま寝るなよ」と苦い顔で答えた。
マスターが食堂からリビングに戻り、膝の上のクマちゃんを撫でながら仕事をしていると、可愛いもこもこが何度もドアの方へ顔を向け、ドアが動かないことに気付き、丸い頭を横に倒したり、落ち込んだように少し下げたりする。
ルーク達が森へ討伐に向かってから一時間半くらいだろうか。戻ってこなくても全くおかしくない時間だ。
というか、そもそも昼前に風呂をつくったり入ったり、クマちゃんのお絵描きを皆で見守ったり、花畑を皆で眺めたり飯を食ったりしていたことがおかしいのだが、この可愛いもこもこは、一度皆がすぐに湖に戻ってきたのを見てしまったのだ。
クマちゃんは一度そういうものだと思うと、次もそうだろうと思う、一度高級なご飯を食べると次もそれだと思う猫のようなところがある。
先程抱っこをねだってきたのも、もうすぐ皆が帰ってくると思ったからなのだろう。
そんなに何度も休憩に来ないと思うが……。
「――外で待ってみるか?」
落ち込むように下を向く、頭巾を被った可愛いクマちゃんをそのままにしておくことなどできない。
マスターは、再開したばかりの仕事を再び中断し、深く頷くクマちゃんを抱え、外に出た。
腕の中の可愛いもこもこを撫で、湖の周りを見回すが、クッションや敷物の上でくつろぐのは休憩中のギルド職員ばかりだ。
花畑とクッションの方から、
「……起き上がりたくない。俺有給とるわ」
「お前有給残ってねぇから」
「ちょうちょ……これが優しさってやつか……初めて感じたぜ……」
「ちょっといびきやめてくれない? 雰囲気台無しなんだけど」
「がっ………………」
「止まりかた怖いんだけど……」
「あいつ風呂行き過ぎじゃね? そのうち肌ただれんじゃねーの」
「そしたら又風呂で治すんじゃね?」
「もう風呂住めよあいつ」
とギルド職員達の話し声が聞こえてくる。
誰だ寝てる馬鹿は。
マスターの腕の中のもこもこが、可愛いお手々を森に向けている。
意味は分かるが、分かりたくない。森までお迎えに行きたいと言っているのだろう。
しかし、危ないと言い聞かせても無駄だろう。
我慢できなくなったもこもこがひとりで森へ入ってしまうより、マスターが一緒に森へ入ったほうが、まだ危険は少ない。
「もし、敵の気配がしたらすぐにここへ戻ってくるからな。それでもいいか?」
マスターが頭巾姿のクマちゃんに尋ねると、可愛いもこもこが腕の中で頷く。
「じゃあ、少しだけだからな」
仕事へ戻る道が断たれたマスターは、早くルークに会いたい寂しがり屋のクマちゃんを連れ、森へ入った。
腕の中のクマちゃんが、ピンク色の肉球がついた可愛いもこもこの手をどこかへ向けている。あっちがいい、ということだろう。
わけのわからないことになる前にルーク達が戻ってくるといいのだが……。
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