クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり ~ほんとは猫なんじゃないの?~

猫野コロ

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第87話 リオとウィルの考察

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 クライヴは、見ているだけで何故か息が苦しくなるもこもこ観察を一時中断し、露天風呂から戻って来たリオ達へ視線を向けた。
 ――ゴリラのぬいぐるみから中身がはみ出している。
 中に戻れなくなったか、戻る必要がなくなったのか。
 理由は分からないが、彼らの表情は暗くない。
 あの姿をもこもこに見られても問題が無いと判断したのだろう。
 
 リオ達の様子から、特に問題が起こったわけではないことを確認したクライヴは、先程までと同じように、堕落したクマちゃん観察に戻った。
 寝転んで乾かされていたもこもこは、今日のおでかけで買ったばかりのブラシで被毛のお手入れ中だ。
 当然、クマちゃんは寝ているだけで、お手入れしているのはルークだが。
 クマちゃんは動かない。肉球が付いたもこもこの手に持たされた、ウサギさんのおもちゃを動かすことすら止めてしまっている。
 ――もこもこの口元から聞こえるチャチャッという音が、変わった。
 チャッ、チャッ、チャッ、チャッと先程よりも規則的に聞こえる。
 クライヴは、もこもこの口元の謎の音を聞きながら、梳かされ、ツヤの増す美しい被毛を眺めた。
 ルークの持つブラシがもこもこの体に沿ってスッ、スッ、スッ、スッと動くのを見つめ、クライヴはハッ、と息を吞む。
 ――舌の動きと同じだ。
 やはりもこもこは自分で毛繕いをしているつもりなのだ。
 肉球一つ、動かさずに――。

 動悸と息切れで瀕死のクライヴに、彼らのもとへ到着したリオが声を掛ける。

「え。なんでそんな苦しそうなの。こんな短時間で何かあった?」

 は、と吐息をもらし、目を細め、黒い革の手袋をはめた手で、服の胸元が皺になるほど強く握りしめたクライヴは、おかしな色気を振りまいている。
 少し離れた場所から冒険者達の「やばい目が死ぬ」「えっ……クライヴさんなんかえろくない?」「色々心配……」「苦しい……私もやばいかも……」という話し声が聞こえた。
 
 答えることもこちらへ視線を向けることもせず、ただ苦しむクライヴの肩に、リオが手をかけようとした時、

「彼のそれはクマちゃんへの愛おしさが募っているだけだから、心配しなくても大丈夫だと思うよ」

苦笑交じりにウィルが言う。
 南国の鳥のような男には彼の苦しみがわかるらしい。

「え、どういう意味かまったくわかんないんだけど」

 愛らしさと愛おしさが極まると動悸が起こることを知らないリオは、愛に詳しいらしいウィルを見るが、返ってきたのは優しい微笑みだけだ。
 自分で考えろということらしい。

「いつもよりもクマのツヤが増したのではないか?」

 妖美な黒髪の男、人型のゴリラちゃんが、横になったまますべてをルークに任せているクマちゃんを眺め言った。
 表情は変わらないが、どことなく満足そうだ。
 

「……なんか意外なんだけど。ゴリラちゃんてクマちゃんのツヤとか興味ないと思ってた」

 当たり前のようにクライヴの横、クマちゃん観賞の特等席に着いたゴリラちゃんを見たリオが小さな声で呟く。――因みに、人型の彼は隣にぬいぐるみゴリラちゃんを座らせたが、そちらは手足が短いため同じ恰好は出来ないようだ。
 今日出会ってからリオが聞いたゴリラちゃんの言葉は、あまりクマちゃんに優しいものではなかった気がする。
 人型になると感情に違いが出るのだろうか。

「何も意外ではないと思うけれど。彼はクマちゃんを悲しませたくないと思ったから、わざわざ窮屈なぬいぐるみの中に入ってくれたのではない?」

 リオの隣に立っていたウィルが、静かな声でその呟きに答える。
 ウィルは、クライヴの横で、堕落したクマちゃんがルークに被毛を整えてもらっているのを、組んだ脚の上に片肘をつき、手の甲に顎を置く怠惰な恰好で眺めるゴリラちゃんを見て考えた。
 ――彼の身なりはどう見ても一般人のそれではない。
 ゆったりとした露出の多い黒い服も、それを引き立てるように身に纏う装飾品も、見たことのない、しかし一目で高価だと判るものだ。
 誰かに使われる立場でなく、周りに傅かれるのが当然のような、人間とは違う力を持ち、不思議な声で話す美しい男。
 そんな彼が小さき生き物を悲しませたくないというだけで、あまり自由に動けない、不便だと判り切っているぬいぐるみの中に入る理由とは何か。
 それに、先程彼は『いつもよりもクマのツヤが――』と言った。
 会って数時間の生き物に言うには不自然だ。
 色々と気になることはあるが、とにかくあの不思議な雰囲気の怪しく美しい男がクマちゃんを大事に思っているのは間違いないだろう。
 そうでなければ、公園での遊びも風呂も『何故この私がそのようなことに付き合わねばならん』と断るに決まっている。

「確かにそうかも。……もしかしてあの人――いや人じゃないけど、クマちゃんのこと知ってたりする?」
 
 ウィルの言葉を聞いて不自然さに気が付いたリオが、深く考えること無く勘で答えた。
 そしてすぐに、自分が今言ったことについて考える。
 
(あの偉そうなゴリラちゃんがぬいぐるみの中で大人しくしてんのって何か変じゃね? ――もしかして噴水んとこで会ったのが初めてじゃないとか言う? つーか俺の願いがどうとか言ってたけど、俺じゃなくてクマちゃんのためじゃん)

「僕の考えでは――彼はクマちゃんのことを僕たちよりも前から知っていて、ずっと見守っていたのではないかな、と思うのだけれど」

 リオと共にルーク達の側にある自分のクッション兼ベッドまで移動したウィルが、シャラ、と装飾品の音を鳴らしそれに座り、彼の質問に答える。
 ウィルは「君も座ったら?」とリオに隣を勧め、独り言のように呟いた。

「正解は彼に聞かないとわからないけれど、教えてはくれないかもしれないね」
  
 
 ルークの愛情たっぷりな素晴らしいブラッシングにより、もこもこふわふわで最高に美しくなった完全体クマちゃんは、まだ彼の膝の上に転がっている。
  
「…………」

 森の魔王のような男は何も話さず、自分の道具入れにブラシを仕舞う。
 真っ白でツヤツヤふわふわな美しすぎるもこもこを、周りからは無表情に見える顔で眺めたルークは、クマちゃんの愛らしいつぶらな瞳に視線を流し、もふ、と体を掴むと、人型のゴリラちゃんがもこもこの目に映るように抱きかかえた。
 可愛いクマちゃんが存在感のある彼に、全く気が付いていないことに気が付いたからである。


 一段上の美を手に入れたばかりのふわっふわクマちゃんが、人型のゴリラちゃんをじっと見つめた。
 真っ白で美麗なクマちゃんは考える。
 ――見たことのない人だ。
 しかし、見たことがないはずなのに、何故か、見たことがある気がする。
 少し考えてみたが、記憶力も素晴らしいクマちゃんがじっと見つめても思い出せないということは、見たことがないということなのだから、やはり、見たことも会ったこともない人なのだろう。
 うむ――知らない人だ。


「クマちゃん。見た目全然違うけどその人もゴリラちゃんなんだって。ゴリラちゃんて分裂できるらしいよ」

 輝きの強い金髪の男リオは、何かに頷いているクマちゃんへ驚きの新事実を告げる。
 ――ツヤツヤに煌めくクマちゃんの、可愛いもこもこの耳が、少しピクッと動く。  
  
 ルークの腕の中にいるクマちゃんの頭が、少し横に曲がった。
 リオの言葉の意味が解らないようだ。

「えーと。そのお兄さん? もゴリラちゃんなんだって」

 リオは先程よりも説明を簡単にしてみる。
 ――クマちゃんの頭が、また少し横に曲がった。
 これでも駄目らしい。

「ここにいる私も、お前の友達のゴリラちゃんだと言っているのだ」

 本人から伝えればさすがにわかるだろうと、ゴリラちゃんが目の前で首を傾げているクマちゃんへ名乗る。
 ――クマちゃんの頭は、これ以上横には曲がらないようだ。このままだと首を痛めるかもしれない。
 もこもこが頭を限界まで横に倒したまま、

「クマちゃん……」

と言った。
『おりぃちゃん……』と聞こえる。
 ――わかっていない上に、混ざっているようだ。

「誰オリーちゃんて」

 クマちゃんが発した言葉の意味がわからず聞き返すリオ。
 
「うーん。クマちゃんの目にはゴリラちゃんは別の人に見えるようだね。――多分だけれど、お兄ちゃんと言おうとしたのではない?」

 二人と一匹の様子を眺めていたウィルは、このまま黙っていても解決しそうにないことを悟り、口を挟んだ。

「あーお兄ちゃんかー…………え、もしかして俺がお兄さんって言ったせいだったりする?」

 先程自分がした発言を振り返り、かすれた声でリオが言う。
 もしかして『そのお兄さん? もゴリラちゃん――』のお兄さんとゴリラちゃんの部分が混ざったのではないだろうか。

「お兄ちゃんで良い」

 もこもこのつぶらな瞳を見つめ、フッと笑った、人型のゴリラちゃんの声と表情は、先程までの感情の見えないものと違い、ひどく優しく感じられた。
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