クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり ~ほんとは猫なんじゃないの?~

猫野コロ

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第146話 美少女〝クマちゃん〟とざわつく観客席

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 背の高い大きな樹と真っ白な外壁。花と緑、たくさんの店に囲われた、噴水のある大きな広場。手前の大きな通りと同じ、白に近い色合いの綺麗な石畳が、広場の中心から放射線状に広がっている。
 周囲の樹から伸びた長い枝が複雑に絡み合い、明るい色味の美しい緑がそれを覆い、その隙間から、優しい光が広場を目指しキラキラと差し込んでいた。

 中央に設置された噴水の真ん中で、真っ白な女神像が少しだけ両手を広げ、街の人々を優しく見守っている。
 ――広げられた女神像の手の平で、小さなクマちゃんと小さなゴリラちゃんの像が、同じように両手を広げていることに気が付き『えっ、クマ……?』『ん? ゴリラ……?』と言った人間は、今のところ多くはない。


 用事があるらしいクライヴのお出掛けについて来た、そして可愛いお財布を買いにきたもこもこが、出場、又は参加することが決まった美少女コンテスト――又は美少女祭り。

 現在、もこもこの保護者である四人とお兄さんとゴリラちゃんは、出演者、又は参加者であるもこもこを見守るため、観客席に座り、クマちゃんの出番がくるのを待っていた。
 彼らの愛する可愛いもこもこ。可愛いが美少女ではない赤ちゃんクマちゃんは、今回の催し物に参加する美少女、美もこもこの中で最年少である。

 詐欺師リオに騙され、美少女ではない美もこもこの参加を許可してしまった受付だったが、詐欺師が『ほらこれクマちゃん。めっちゃ可愛いくね?』と愛らしく着飾ったもこもこを腕に抱え、時間ぎりぎりに会場へ連れてきたのを見て――『これは……!!! 確かに……とんでもなく愛らしいお嬢……おもこ様ですね……。わかりました……、可愛すぎるので美少女枠でもいけると思います。――クマちゃん可愛いでちゅね~』とすぐに折れてくれた。
 森の街の人間は可愛いもこもこに弱いようだ。


 現在クマちゃんは仲間達から離れ、美少女が集う催し物の舞台袖で待機している。
 他の参加者達が「うそ、なに? この可愛いもこもこちゃん……可愛い……私の負けね……」「愛らしいですが……美少女ではありませんよね……?」「――こんなに可愛いもこもこに、私なんかが勝てるわけない……」「え~、それはずるくな~い? 可愛さでもこもこに敵うわけないよ~」「あたし……辞退しようかな……」「はぁ……可愛すぎる……なでなでしたい……」とざわついているが、両手の肉球でチラシをつかみ、ふんふん、ふんふん、と頷いているクマちゃんは気付いていない。

 クマちゃんが熱心に見ているチラシにはこう書かれていた。


 ・森の街に住む美少女であれば誰でも参加可能!
 ・お祭りの参加者にはもれなく特別なアイテムをプレゼント! 森の街で大人気の〝森のお菓子屋モリィ〟食べ放題券一年分も! (アイテムは変更になる場合もございます)
 ・歌や踊りを披露してお祭りを盛り上げてくれた美少女には、さらに豪華な景品も!! あれもこれもまとめてあげちゃいます!


 他にも細かな文字で色々書いてあるのだが、物欲に支配されたクマちゃんが見ている部分はそこばかりだ。
 つぶらな瞳に『食べ放題券一年分』が映るたび、もこもこした口元がチャ――、チャ――、と何かを味わうように動いた。

 皆と仲良くお菓子を食べ放題してしまう素敵な妄想から抜け出し、ハッ、と意識を取り戻したクマちゃんが静かに頷く。
 うむ。クマちゃんは自分の性別を知らないが、美少女という文字を見ていると、とても美少女な気がしてくる。
 可愛いクマちゃんは格好良い美少女なのかもしれない。
 リオちゃんに『クマちゃん可愛いけど美少女じゃなくね?』とひどいことを言われたときは驚き、髪の毛がパサパサになるほど自信を無くしたが、うっかりな彼は言い間違えただけだったらしい。
 リオちゃんはうっかり者だから仕方がないのだろう。

 彼はクマちゃんを舞台へ送り出す前、『何の祭りかマジでわかんないけど、クマちゃん可愛いから大丈夫だと思う』と言っていた。クマちゃんも良く分かっていないが、取り合えずこれに参加すると色々貰えるということは分かっている。
 
 しかし、特別なアイテムとは何だろうか。
『特別』というくらいだから、それを使うと空を飛べたり、酒場がもっと大きくなったり、畑のイチゴが増えたり、クマちゃんがもっと美少女になったり、美少女になったクマちゃんが巨大化したりするのかもしれない。

『あれもこれもまとめて――』と書かれた大事なチラシを鞄へ仕舞った物欲の強いクマちゃんは、もう一度うむ、と頷き、司会者から名前が呼ばれるのを待った。


 大きな広場の一角には、頑丈そうな木材で組まれた大きな舞台が設置されていた。
 演劇などの催し物が行われる際に使用する本格的なものだ。
 舞台の両袖に、深紅の幕が吊るされている。
 ――あそこにクマちゃんがいるのだろうか。
 
「やべー、俺の方が緊張する……」

 舞台の手前に設置された階段状の観客席、最前列。焦げ茶色の木で作られたそれに座っているだけで特になにもしていない金髪が、かすれた弱音を吐く。
 司会者が『本日は、第一回森の街美少女大会……、え、祭り……? ……失礼いたしました。美少女コンテスト兼、美少女祭りにお集まりいただき――』と挨拶をしているが、緊張している彼の耳には入っていなかった。
 ――因みに、この席を用意してくれたのは『美少女なクマちゃんは小さくて可愛すぎるので、保護者の方々は最前列へどうぞ。――クマちゃん可愛いでちゅね~』と妙にもこもこ贔屓だった受付の彼だ。

「クマちゃんはしっかりしているけれど、まだ幼いからね……年上のお姉さん達に囲まれて、緊張してしまっているかも……」

 舞台に出演する人間よりも派手な男が長いまつ毛を伏せ、数分前に『クマちゃ……』と別れたもこもこを心配する。
 ――彼も司会者の話を聞いていないが、舞台の上では司会者の男に名前を呼ばれた美少女達が次々と姿を現し、観客の前に一列に並んでいる。

『次の美少女は……、この街一番の大きな酒場でアルバイトをしている〝クマちゃん〟さんです。変わったお名前ですね~』

 魔道具を通して聞こえる声から聞こえた〝クマちゃん〟に反応する保護者達。
 彼らは無言で向かって右手の舞台袖を見つめた。

『ん? クマちゃんさ~ん? 出てきて下さ~い』

 すぐに出てこない〝クマちゃん〟に、司会者がもう一度もこもこを呼ぶ。
 すると深紅の幕の大分下の方から、愛らしく着飾った美少女クマちゃんがスッ――と半分だけ姿を現した。


 つぶらな黒い潤んだ瞳と、小さな黒い湿っていそうな健康的なお鼻、真っ白でふわふわな顔と体、猫のような可愛いお手々が持っている哺乳瓶が、半分だけ覗いている。
 すっぽりと頭を包み込む、赤ちゃんのような薄い水色のお帽子と、可愛いお顔の周りをくるりと囲う、真っ白でふわふわのレース。
 布製のやわらかそうな帽子がくっきりと浮き立たせる丸いお耳が、〝クマちゃん〟がクマであることを匂わせる。
 同じく薄い水色に白いレースのケープがお上品にもこもこの肩を覆い、美少女〝クマちゃん〟がおしとやかで繊細なお嬢様であることを彼らに伝えた。
 首元を飾る大きな青いリボンが、真っ白なお顔を更に白く、愛らしくもこもこと強調している。
 白のレースが縁取る鮮やかな青いリボンの中央に、半分だけでも巨大と判るダイヤのブローチがキラキラと輝き、そのもこもこがただのもこもこではなく、とんでもなく高貴なもこもこであることを観客達に知らせていた――。


 観客席に座る者達が息を吞み、小さな声で囁くように話し出す。

 客席のあちこちから「やだ……可愛すぎる……」「可愛い……あのクマちゃんはお金持ちのお嬢様なクマちゃんなの……?」「……美少女って言うか……赤ちゃんじゃ……」「なんて……、なんて可愛いんだ……」「哺乳瓶……? 赤ちゃん……?」「何だあのダイヤは……デカすぎるだろう……」「ううっ……なにあれ可愛い……心臓止まりそう……」「まさか……あれで隠れてるつもり……? 丸見えじゃない……?」「警戒ちてるんでちゅか~、出てきても大丈夫でちゅよ~」「クマ? ぬいぐるみでは?」「クマの赤ちゃん……子猫ちゃんみたい……可愛い……可愛すぎる……」「確かに……街一番の美少女だ……」「半分すぎない……?」「もこもこ……もこもこ……」「いや、可愛いが……クマなうえに赤ちゃんは……いや可愛いが……」「美少女とは……?」「アルバイト……? あの酒場赤ちゃん雇ってるの……? 仕事内容は……?」「可愛い~〝クマちゃん〟て本当にクマのクマちゃんなんだ~……どこ見てるんだろ~……」「いや半分すぎるだろう――」といった話し声がざわざわと広がり、半分しか見えない美少女クマちゃんを褒めちぎっている。

「クマちゃんめっちゃ警戒してんじゃん。つーかきっちり半分すぎでしょ。逆に難しくね?」

 周囲のざわめきよりも半分しか出てこないもこもこを心配するリオ。
 きっちり半分の美少女クマちゃんはまだじっとしている。
 司会者の男は美少女クマちゃんがもこもこで、しかも赤ちゃんなことを知らなかったらしい。目と口を大きく開いたまま、完全に動きを止めてしまっている。

「うーん。大勢に見つめられると怖いかもしれないね。後ろを見るようにお願いしようか……」

 人に見られて怖いと思ったことなど絶対にないであろう男が、赤ちゃんなもこもこを気遣い、観客達をどうにかしようとする。

「やはり、今からでも白いのの付き添いを――」

 心配しすぎた氷の紳士が恐ろしい顔つきで美少女クマちゃんのエスコートへ向かおうと立ち上がりかけ、それを察知したリオが、

「いや付添人の顔怖すぎでしょ」

顔が紳士ではない男の顔をどうにかしようとする。
 
 もこもこの元へゴリラちゃんを送ろうか迷うお兄さんが、闇色の球体にズォォ――と半分だけゴリラのぬいぐるみを吸い込ませたが、

「――待って待って待ってお兄さん今それしたら俺ら追い出されちゃうから」

色々忙しそうな金髪に阻止された。
 
 一般人に近い感覚を持つリオには解っていた。人外のお兄さんの力の塊である闇色の球体を、観客達の前でズォォ――と出してしまえば、恐ろしい何かの襲撃と勘違いされるだろうと。

「…………」

 もこもこを見守るルークが声を出さず、何かを呟く。
 すると、舞台の袖にきっちり半分身を隠す愛らしい美少女がヨチヨチもこもこと動き出し、ようやく人々の前にすべてのもこもこを現した。

 観客達から、赤ちゃんな美少女クマちゃんを驚かせないよう小さな歓声と、小さな拍手が温かく響いた。
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