クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり ~ほんとは猫なんじゃないの?~

猫野コロ

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第184話 優し過ぎるもこもこ天使。紫から白へ。

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 愛らしくチャ、チャ、と猫のように舌を鳴らすクマちゃんを抱っこしているリオは、背後で何かが起きたことを察知し、まるでもこもこした我が子が何かを嫌がっているときのように、鼻の上に皺を寄せた。

「クマちゃん、何か回ってんだけど」

 彼は振り返らない。
 再びふわふわのおくるみに戻ったクマちゃんが「クマちゃ……」と頷いた。

『大変ちゃ……』と。

 大変なことが起こってしまいましたね……、という意味だ。

「いや全部クマちゃんのせいでしょ」

 新米ママリオちゃんは、先程と同じように『メッ!』という視線を『クマちゃ……』しているもこもこに送った。
 彼の大切なもこもこは世界一愛らしいが、少々問題児クマちゃんだ。
 きちんと叱らなければ、将来悪いもこもこになってしまうだろう。
 もしもクマちゃんがグレてしまい『クマちゃ……』ではなく『クマチャ……』と、グレ気味にお話しするようになってしまっても、彼は絶対にもこもこを見捨てたりしない。
 だが、やはり悪もこよりも愛らしいもこもこでいて欲しいと願ってしまう。


 新米ママがもこ育てに悩んでいるあいだ。
 もこもこした生き物はまるで衝撃的なことを聞いてしまったもこもこのように、もこもこしたお口を開き、もこもこもこもこと震え、いつもより大きくなった丸い瞳で彼を見上げていた。
 
 クマちゃんは聞いてしまったのだ。リオちゃんの『イ……ヴ……クマちゃんの聖……書』という言葉を。

 一瞬、クマちゃんの頭の中に、お洋服を着ないでリンゴを食べてしまっている人が浮かんだ気がする。
 うむ。
 クマちゃんはまだ聖書を書いてない。リオちゃんはクマちゃんが書いた何を見て『これめっちゃ聖書』と思ったのだろう。
 とても難しい問題である。
 
 難し過ぎてクマちゃんのお鼻が渇いていないか、布の中から出したお手々でそっと確かめた。
 うむ。今のところ大丈夫のようだ。
 クマちゃんが静かに頷き、格好良く肉球をペロ――とひとなめしたとき、高性能なもこもこのお耳が、ピクリと動いた。

 大変だ。顔色の悪いナマコの方たちが苦しんでいる。
 リンゴはないが、代わりにイチゴケーキでもいいだろうか。

 お兄ちゃんにお願いして、くるくる回っている人達のお口へ、ケーキを入れてもらおう。

 
 クマちゃんの恐ろしい攻撃魔法『ハムストリング』を食らってしまった男と、酒の飲みすぎで顔色の悪い男達は、真っ白なもこもこのピンク色の肉球で高速回転する遊具に収容され、顔色が透明感のある白へと近付きつつあった。
 巨大なガラスのコップやピンク色の丸いベッド、巨大鍋、カボチャ型の馬車、巨大マグカップに入れられた男達は、回転する皿の上で、追い打ちをかけるように回されていた。
 お酒を飲んだことのないもこもこした赤ちゃんが、穢れた大人を物理的に純白にしようとしている。

 可愛いクマちゃんが猫のようなお手々の先をくわえ、元気のないナマコのような彼らの口に、直接イチゴケーキを入れる計画を立てていた頃。

 妙に大人しいもこもこを抱いたリオは、止め方の分からない謎の遊具に回されている彼らに、

「それ癒しの効果あるから、顔色治ったら勝手に止まると思う」

と、かすれた声で希望を打ち砕いたあと、ルーク達のいるテーブルへ戻り、難しい顔をしている彼らから話を聞いていた。 

「えぇ……なに、夢見って。酒の飲みすぎじゃね?」

 ふわふわで愛らしいもこもこを片手で撫でつつ、リオが尋ねる。
 回転する遊具の周りは酒臭かった。
 彼らが赤ちゃんクマちゃんに『クマちゃ』されてしまったのも、昼間っから酒に溺れていたせいだろう。
 一瞬、回転担架をもも裏に食らった男と、犯クマの猫のようなお手々が頭に浮かんだが、甘えっこのもこもこに、指をキュム、と肉球で握られてしまい、すぐに下を向く。
 つぶらな瞳は、クマちゃんを撫でてくれないのですか? と彼を見上げている。
 愛らし過ぎる無言のおねだりに負け「あ、ごめんクマちゃんすぐ撫でるから」と我が子を甘やかすことを優先してしまったリオ。
 頭の中にはもう、可愛い赤ちゃんクマちゃんしか残っていなかった。

「うーん。全員というわけではないのだけれど、あの中の数人は、睡眠不足が原因だと言っていたよ」

 顔色が悪い男達と話をしたらしい南国の鳥は「飲みすぎて仕事が出来ないのはどうかと思うけれど、寝られないのはとても辛いことだと思うよ」と続けた。
 魔力が多くて体力もある冒険者達は、数日間睡眠をとらずとも働けるが、街の人間はそうではない。
 ウィルは回る彼らを気の毒そうに見つめ「――とても楽しそうだね。遊びながら治療も出来るなんて、誰も作ったことのない遊具なのではない? それに、あんなに大きな魔道具を一瞬で作ってしまうなんて、クマちゃんは本当に天才だね」と、斬新な癒しの魔道具とその製作者を称賛し、興味を移した。

「ああ。すげぇな」

 魔王のような男が、無駄に色気のある声で相槌を打つ。
 酔っ払いと睡眠不足の話よりも、愛しのもこもこが一生懸命作った魔道具を褒めることのほうが、彼には大事だった。
 金髪からもこもこを取り返そうかと考えたが、今日はまだ仕事が残っている。
 長い脚を組み、気だるそうに座っているルークが、彼らへ視線を流す。もこもこはふわふわの布で柔らかく包まれ、穏やかな表情の男に撫でられていた。
 あの金髪は小さくなってしまったもこもこから、いっときも離れたくないのだろう。

 森と共に生きる彼らは、子を産んだばかりの動物から自然に距離をとる。
 リオは仲間達が彼のことを出産後の母猫のように扱っていることに気付いていない。
 
「…………」

 死神のような男が静かに頷いている。
 彼は、話したこともない人間の顔色まで心配するもこもこの優しさに、声も出せないほど感動していた。
 体が小さくなっても、酔っ払いを救おうと一生懸命頑張るもこもこは、極大な森林のように心が広く、温かい。

 
 小さなもこもこがリオの腕の中で、何かを決意したもこもこのように「クマちゃ……」と言った。
 
『お兄ちゃ……』と。


 もこもこ回転遊具で回されている真っ白な彼らの口の中に、真っ白なもこもこの優しさが、予告もなく『クマちゃ……』された。 
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