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第241話 理想が高すぎるクマちゃんと、そのままのクマちゃんを愛するリオの戦い。
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大好きなルークに置いて行かれてしまった可哀相なクマちゃんは、仲良しのリオちゃんから復職するようお願いされている。
お客様をおもてなすのがお上手な副村長クマちゃんに戻ってきてほしいらしい。
うむ。やはりひとりぼっちでは寂しいということだろう。
クマちゃんもルークがいなくなってとても寂しいのでリオちゃんの気持ちが良く分かる。
美味しい海の幸の釣り方をお教えする釣り師クマちゃんと海の幸をいい感じに焼く方法をお教えするシェフクマちゃんの力も必要らしい。
忙しくて大変である。
◇
謎の生き物クマちゃんのおかげで謎の海に浮かぶ謎の島のようになってしまった中庭。
現在島内オアシスに建てられた南国風民家の一階にいる一人と一匹とお兄さんは、円形祭壇風魔法陣ベッドに座っている。
もこもこした我が子を抱えた新米ママはもこもこが斜めに開けているお口を見ていた。
とても可愛い。曲がった下あごが気になる。
リオがもこもこのそれを指先でそっとつつくと、ゆっくりと頷いたクマちゃんは幼く愛らしい声で「クマちゃ……」と言った。
『あれちゃん……』
この村にはあれが必要なようですね……という意味のようだ。
「なに、あれって」
リオはほんの少しもこもこを警戒した。
クマちゃんは子猫のような声ももこもこした体も何もかも可愛らしいが、やることが時々可愛くない。
人間が必要だと思うものとクマの赤ちゃんが必要だと思うものは違うのだ。
さきほどまでクマクマ鳴いていたクマちゃんに必要な『あれ』とは、いったいなんだろうか。
リオのクマ差別に気付かないクマちゃんが、子猫がミィと鳴くように「クマちゃ、クマちゃ……」と告げる。
『暮らしちゃ、手引きちゃ……』
暮らしの手引きちゃんです……、という意味のようだ。
「暮らしの手引きちゃん……」
リオはもこもこの言葉を無意味に繰り返し「えぇ……」と言った。
書き残さず、口頭で雑に説明し『あーそれね。大体分かったかもー』と聞き流され、やがて街の名前すら聞き流されていった森の街のやりかたを真っ向から否定する『暮らしの手引きちゃん』
「『手引きちゃん』てなんかにまとめるってこと? 本?」
もこもこがクシャクシャにした紙の束っぽいものを想像したリオはふわふわで可愛いもこもこを撫でつつ、攻撃を放った。
「読むやついなくね?」
「クマちゃ!!」
心臓をかすれた声で『シサスセー?』とこすられたクマちゃんは『クマちゃ!!』と悲鳴をあげた。
生まれつき失礼な村長から失敬すぎるシサスセ攻撃を受けたもこもこは、もこもこもこもこと震え、両手の肉球でお目目を押さえている。
もこもこしたお口から、か細い声が漏れる。
「クマちゃ……」
『休職ちゃ……』
クマちゃんはお胸がいたいので休職します……という意味のようだ。
「ごめんクマちゃん!! 俺めっちゃ読むから!」
副村長の『休職ちゃ……』に村長が取り乱す。
『めっちゃ』がでかいリオ。
お耳がモピクリと動いたクマちゃん。
仲良しのリオちゃんは『暮らしの手引きちゃん』を『めっちゃ読む』らしい。
理解した副村長は両手の肉球をお目目からスッと外した。
毎日幸せなクマちゃんの幸福度が、七に落ちる前に九へと戻る。
つぶらな瞳の副村長はチャ――、チャ――、チャ――とお口を動かし考えた。
村長リオちゃんの調べた情報によると、紙に書かれた説明を読むのが苦手な人間もいるらしい。
手引書には説明文だけでなく、絵も入れたほうがいいということだろう。
もしかすると、紙が苦手というひともいるのだろうか。
うむ。それなら分かりやすい映像も用意しよう。
では仲良しなリオちゃんが『めっちゃ読む』暮らしの手引きちゃんをクマちゃんが先に書き、それが終わってから仲良く紹介用の映像をつくるのがいいだろう。
うむ。完璧な計画である。
「ごめんクマちゃん悲しくなっちゃった? 牛乳飲む?」
動きの止まってしまったもこもこを気遣い哺乳瓶を差し出すリオ。
大好きな牛乳の香りにハッとなったクマちゃんは「クマちゃ……」と瓶のほうへ肉球を伸ばした。
◇
幸せでいっぱいな一人と一匹の哺乳瓶タイムが終わり、リオに抱えられたもこもこがごそごそと鞄を漁る。
「クマちゃん俺も手伝おうか?」
村長が声をかける。
「クマちゃ……」
『机ちゃ……』
もこもこは両手の肉球でクレヨンが入った箱を持っていた。
「あ、お絵描き?」
リオが視線を動かすと、テーブルは壁際で重ねられていた。
そうだ。あれらは魔王のような男に重ねられ、あやしげな祭壇になってしまったのだ。
「えーと、じゃあ砂で」
リオはもこもこを抱えたまま床に置いてあった〈クマちゃんの砂〉入れに手を伸ばした。
ウィルが作ったヤシの実風の器だ。
「テーブル……テーブル……」
高位で高貴なお兄さんの寝ているベッドにテーブルを作ろうとするリオ。
「あっ、やべ」
クマちゃんの別荘にある脚の低いそれを想像したリオのテーブルは、お兄さんにギリギリぶつからない大きさで完成した。
あぶない。大変な事になるところだった。
「クマちゃんこれでいい?」
円形祭壇風魔法陣ベッドにのせられた円形の木製風クマ砂テーブルを、リオがもこもこに見せる。
クマちゃんはクレヨンの箱を抱えたまま愛らしく「クマちゃ……」と頷いた。
◇
真っ赤なベッドで横になるお兄さん。
彼の真横に置かれた、背の低いテーブル。
ベッドの上のテーブルに乗るもこもこと、ベッドの上で胡坐をかきもこもこを見守るリオ。
子猫のようなクマちゃんが、肉球でクレヨンを握っている。
三人の男、のような絵はクマちゃんのお客さんだろうか。
長方形の紙を横に向け、薄橙のクレヨンで輪郭、茶色で髪の毛、黒で目鼻、ピンクで口を描いている。
服は全身灰色のシマシマらしい。
囚人のようだが口出しするほどのことではないだろう。
「クマちゃんお絵描き上手だねー」
愛らしい我が子が猫のようなお手々で一生懸命お絵描きしている。
見守っているリオは幸せな気持ちになった。
なんて愛らしいのだろう。
優しく微笑むリオの目の前で進む、クマちゃんのお絵描き。
灰色の線で描かれる丸い頭、丸いお耳はおそらくクマちゃんだ。
子猫のようなクマちゃんがクレヨンでクマちゃんを描いている。
お客さんと同じ高さに頭を描いてしまっているが、宙に浮かぶクマちゃんの絵も可愛い。
口出しするほどではないだろう。
「めっちゃ可愛い……俺いましあわせかも……」
癒される村長。
絵の中のクマちゃんはお気に入りの赤いリボンをしている。
もこもこの猫のようなお手々が動き、紙のなかにも猫のようなお手々が描かれた。
「可愛い。最高」リオが呟く。
次は足だろうか、と考えていた彼の目に映る、人間と同じ長さに描かれたクマちゃんの足。
「お兄さん! クレヨン消すやつ出して!」
リオは叫んだ。
「クマちゃ!」
つられたクマちゃんも叫ぶ。
「――何事だ」
ゆったりと起き上がった美麗なお兄さんに「お兄さんこれ! 早く消して!」ともこもこが一生懸命描いた絵の一部を始末しようとする悪党リオ。
「…………」
お兄さんはクマちゃんが描いた『足の長すぎるクマちゃん』に無言を返した。
――クマちゃーん――クマちゃーん――クマちゃーん――クマちゃーん――クマちゃーん――クマちゃーん……――。
愛らしい声が壁のない室内から外まで響き渡っている。
『かえちて、かえちて』と。
クマちゃんの絵を返してくださいという意味だろう。
「――――」
お兄さんは夢見が悪くなりそうな絵から目を背け、リオの前に闇色の球体を出した。
リオは光沢のある真っ赤なシーツにぽとり、と落とされた白くて丸い謎のふわふわを掴み、もこもこした芸術家が生み出してしまった『足の長すぎるクマちゃんの絵』を『可愛らしいクマちゃんの絵』に戻した。
「クマちゃ! クマちゃ!」
副村長はミィ! ミィ! と鳴く子猫のような声で、自身の怒りを表現している。
あの絵には消すべきところなどありません! と主張しているようだ。
もこもこした副村長の脳内では、丸いからだから二本伸びた細長い棒のような美脚クマちゃんが正義のようだ。
「消してないよー。もともとここまでしか描いてなかったじゃん」
村長は記憶を改ざんした。
悪質なかすれ声は『クマちゃんの気のせいじゃね?』とうそぶいている。
「クマちゃんの上手な絵見てたら俺もお絵描きしたくなっちゃったなー。ちょっとここだけ描かせて」
可愛いクマちゃんの可愛らしさを愛している男は、歪んだ愛情を紙にぶつけた。
丸いもこもこの胴体の下に描き足された、二つの小さな丸。
「クマちゃ!!」
『まるちゃん!!』
衝撃的絵画の感想を叫ぶ副村長。
絵のなかの副村長のおみ足は二本のストローから二つの豆、超美脚から超短足へと変えられてしまった。
これは足ではない。突起である。
絵画の中のクマちゃんのあんよは、ふわふわのお耳よりも小さくなってしまったのだ。
「クマちゃ!」副村長が愛らしい声で抗議している。
「さっきのクマちゃんの絵よりは絶対マシでしょ」『えー』と聞き流す村長。
――若干やりすぎではあるが、リオは間違ってはいない。
実際のもこもこのあんよは、ふわふわのお耳よりも短かった。
絵の中の美脚を失った副村長が「クマちゃ……クマちゃ……」と嘆き、もこもこもこもこ震えている。
リオはもこもこを抱きかかえ帽子を脱がせると、丸くて愛らしいもこもこの頭に「めっちゃもこもこ……」と頬擦りをした。
「クマちゃ……」
頬擦りには湿ったお鼻でお返しする、素直で愛らしいクマちゃん。
「お鼻冷たくて可愛い。ねークマちゃん」
「クマちゃ……」
休戦する一人と一匹。
そして戦いは再開される。
「ココこうしたら完璧じゃね? ほらクマちゃんの足そっくりじゃん」
『ありのままのクマちゃん派』代表の村長は、丸に短い二本の線を描き込んだ。
猫っぽい足になる、足っぽい丸。
「クマちゃ!」
『ねこちゃん!』
己を間違った方向に美化するクマちゃんと、歪んだ愛情の持ち主の『可愛いクマちゃん論争』は互いに歪んだまま数分間続いた。
仲良しな村長と副村長の『暮らしの手引きちゃん作り』は仲良く続く。
お客様をおもてなすのがお上手な副村長クマちゃんに戻ってきてほしいらしい。
うむ。やはりひとりぼっちでは寂しいということだろう。
クマちゃんもルークがいなくなってとても寂しいのでリオちゃんの気持ちが良く分かる。
美味しい海の幸の釣り方をお教えする釣り師クマちゃんと海の幸をいい感じに焼く方法をお教えするシェフクマちゃんの力も必要らしい。
忙しくて大変である。
◇
謎の生き物クマちゃんのおかげで謎の海に浮かぶ謎の島のようになってしまった中庭。
現在島内オアシスに建てられた南国風民家の一階にいる一人と一匹とお兄さんは、円形祭壇風魔法陣ベッドに座っている。
もこもこした我が子を抱えた新米ママはもこもこが斜めに開けているお口を見ていた。
とても可愛い。曲がった下あごが気になる。
リオがもこもこのそれを指先でそっとつつくと、ゆっくりと頷いたクマちゃんは幼く愛らしい声で「クマちゃ……」と言った。
『あれちゃん……』
この村にはあれが必要なようですね……という意味のようだ。
「なに、あれって」
リオはほんの少しもこもこを警戒した。
クマちゃんは子猫のような声ももこもこした体も何もかも可愛らしいが、やることが時々可愛くない。
人間が必要だと思うものとクマの赤ちゃんが必要だと思うものは違うのだ。
さきほどまでクマクマ鳴いていたクマちゃんに必要な『あれ』とは、いったいなんだろうか。
リオのクマ差別に気付かないクマちゃんが、子猫がミィと鳴くように「クマちゃ、クマちゃ……」と告げる。
『暮らしちゃ、手引きちゃ……』
暮らしの手引きちゃんです……、という意味のようだ。
「暮らしの手引きちゃん……」
リオはもこもこの言葉を無意味に繰り返し「えぇ……」と言った。
書き残さず、口頭で雑に説明し『あーそれね。大体分かったかもー』と聞き流され、やがて街の名前すら聞き流されていった森の街のやりかたを真っ向から否定する『暮らしの手引きちゃん』
「『手引きちゃん』てなんかにまとめるってこと? 本?」
もこもこがクシャクシャにした紙の束っぽいものを想像したリオはふわふわで可愛いもこもこを撫でつつ、攻撃を放った。
「読むやついなくね?」
「クマちゃ!!」
心臓をかすれた声で『シサスセー?』とこすられたクマちゃんは『クマちゃ!!』と悲鳴をあげた。
生まれつき失礼な村長から失敬すぎるシサスセ攻撃を受けたもこもこは、もこもこもこもこと震え、両手の肉球でお目目を押さえている。
もこもこしたお口から、か細い声が漏れる。
「クマちゃ……」
『休職ちゃ……』
クマちゃんはお胸がいたいので休職します……という意味のようだ。
「ごめんクマちゃん!! 俺めっちゃ読むから!」
副村長の『休職ちゃ……』に村長が取り乱す。
『めっちゃ』がでかいリオ。
お耳がモピクリと動いたクマちゃん。
仲良しのリオちゃんは『暮らしの手引きちゃん』を『めっちゃ読む』らしい。
理解した副村長は両手の肉球をお目目からスッと外した。
毎日幸せなクマちゃんの幸福度が、七に落ちる前に九へと戻る。
つぶらな瞳の副村長はチャ――、チャ――、チャ――とお口を動かし考えた。
村長リオちゃんの調べた情報によると、紙に書かれた説明を読むのが苦手な人間もいるらしい。
手引書には説明文だけでなく、絵も入れたほうがいいということだろう。
もしかすると、紙が苦手というひともいるのだろうか。
うむ。それなら分かりやすい映像も用意しよう。
では仲良しなリオちゃんが『めっちゃ読む』暮らしの手引きちゃんをクマちゃんが先に書き、それが終わってから仲良く紹介用の映像をつくるのがいいだろう。
うむ。完璧な計画である。
「ごめんクマちゃん悲しくなっちゃった? 牛乳飲む?」
動きの止まってしまったもこもこを気遣い哺乳瓶を差し出すリオ。
大好きな牛乳の香りにハッとなったクマちゃんは「クマちゃ……」と瓶のほうへ肉球を伸ばした。
◇
幸せでいっぱいな一人と一匹の哺乳瓶タイムが終わり、リオに抱えられたもこもこがごそごそと鞄を漁る。
「クマちゃん俺も手伝おうか?」
村長が声をかける。
「クマちゃ……」
『机ちゃ……』
もこもこは両手の肉球でクレヨンが入った箱を持っていた。
「あ、お絵描き?」
リオが視線を動かすと、テーブルは壁際で重ねられていた。
そうだ。あれらは魔王のような男に重ねられ、あやしげな祭壇になってしまったのだ。
「えーと、じゃあ砂で」
リオはもこもこを抱えたまま床に置いてあった〈クマちゃんの砂〉入れに手を伸ばした。
ウィルが作ったヤシの実風の器だ。
「テーブル……テーブル……」
高位で高貴なお兄さんの寝ているベッドにテーブルを作ろうとするリオ。
「あっ、やべ」
クマちゃんの別荘にある脚の低いそれを想像したリオのテーブルは、お兄さんにギリギリぶつからない大きさで完成した。
あぶない。大変な事になるところだった。
「クマちゃんこれでいい?」
円形祭壇風魔法陣ベッドにのせられた円形の木製風クマ砂テーブルを、リオがもこもこに見せる。
クマちゃんはクレヨンの箱を抱えたまま愛らしく「クマちゃ……」と頷いた。
◇
真っ赤なベッドで横になるお兄さん。
彼の真横に置かれた、背の低いテーブル。
ベッドの上のテーブルに乗るもこもこと、ベッドの上で胡坐をかきもこもこを見守るリオ。
子猫のようなクマちゃんが、肉球でクレヨンを握っている。
三人の男、のような絵はクマちゃんのお客さんだろうか。
長方形の紙を横に向け、薄橙のクレヨンで輪郭、茶色で髪の毛、黒で目鼻、ピンクで口を描いている。
服は全身灰色のシマシマらしい。
囚人のようだが口出しするほどのことではないだろう。
「クマちゃんお絵描き上手だねー」
愛らしい我が子が猫のようなお手々で一生懸命お絵描きしている。
見守っているリオは幸せな気持ちになった。
なんて愛らしいのだろう。
優しく微笑むリオの目の前で進む、クマちゃんのお絵描き。
灰色の線で描かれる丸い頭、丸いお耳はおそらくクマちゃんだ。
子猫のようなクマちゃんがクレヨンでクマちゃんを描いている。
お客さんと同じ高さに頭を描いてしまっているが、宙に浮かぶクマちゃんの絵も可愛い。
口出しするほどではないだろう。
「めっちゃ可愛い……俺いましあわせかも……」
癒される村長。
絵の中のクマちゃんはお気に入りの赤いリボンをしている。
もこもこの猫のようなお手々が動き、紙のなかにも猫のようなお手々が描かれた。
「可愛い。最高」リオが呟く。
次は足だろうか、と考えていた彼の目に映る、人間と同じ長さに描かれたクマちゃんの足。
「お兄さん! クレヨン消すやつ出して!」
リオは叫んだ。
「クマちゃ!」
つられたクマちゃんも叫ぶ。
「――何事だ」
ゆったりと起き上がった美麗なお兄さんに「お兄さんこれ! 早く消して!」ともこもこが一生懸命描いた絵の一部を始末しようとする悪党リオ。
「…………」
お兄さんはクマちゃんが描いた『足の長すぎるクマちゃん』に無言を返した。
――クマちゃーん――クマちゃーん――クマちゃーん――クマちゃーん――クマちゃーん――クマちゃーん……――。
愛らしい声が壁のない室内から外まで響き渡っている。
『かえちて、かえちて』と。
クマちゃんの絵を返してくださいという意味だろう。
「――――」
お兄さんは夢見が悪くなりそうな絵から目を背け、リオの前に闇色の球体を出した。
リオは光沢のある真っ赤なシーツにぽとり、と落とされた白くて丸い謎のふわふわを掴み、もこもこした芸術家が生み出してしまった『足の長すぎるクマちゃんの絵』を『可愛らしいクマちゃんの絵』に戻した。
「クマちゃ! クマちゃ!」
副村長はミィ! ミィ! と鳴く子猫のような声で、自身の怒りを表現している。
あの絵には消すべきところなどありません! と主張しているようだ。
もこもこした副村長の脳内では、丸いからだから二本伸びた細長い棒のような美脚クマちゃんが正義のようだ。
「消してないよー。もともとここまでしか描いてなかったじゃん」
村長は記憶を改ざんした。
悪質なかすれ声は『クマちゃんの気のせいじゃね?』とうそぶいている。
「クマちゃんの上手な絵見てたら俺もお絵描きしたくなっちゃったなー。ちょっとここだけ描かせて」
可愛いクマちゃんの可愛らしさを愛している男は、歪んだ愛情を紙にぶつけた。
丸いもこもこの胴体の下に描き足された、二つの小さな丸。
「クマちゃ!!」
『まるちゃん!!』
衝撃的絵画の感想を叫ぶ副村長。
絵のなかの副村長のおみ足は二本のストローから二つの豆、超美脚から超短足へと変えられてしまった。
これは足ではない。突起である。
絵画の中のクマちゃんのあんよは、ふわふわのお耳よりも小さくなってしまったのだ。
「クマちゃ!」副村長が愛らしい声で抗議している。
「さっきのクマちゃんの絵よりは絶対マシでしょ」『えー』と聞き流す村長。
――若干やりすぎではあるが、リオは間違ってはいない。
実際のもこもこのあんよは、ふわふわのお耳よりも短かった。
絵の中の美脚を失った副村長が「クマちゃ……クマちゃ……」と嘆き、もこもこもこもこ震えている。
リオはもこもこを抱きかかえ帽子を脱がせると、丸くて愛らしいもこもこの頭に「めっちゃもこもこ……」と頬擦りをした。
「クマちゃ……」
頬擦りには湿ったお鼻でお返しする、素直で愛らしいクマちゃん。
「お鼻冷たくて可愛い。ねークマちゃん」
「クマちゃ……」
休戦する一人と一匹。
そして戦いは再開される。
「ココこうしたら完璧じゃね? ほらクマちゃんの足そっくりじゃん」
『ありのままのクマちゃん派』代表の村長は、丸に短い二本の線を描き込んだ。
猫っぽい足になる、足っぽい丸。
「クマちゃ!」
『ねこちゃん!』
己を間違った方向に美化するクマちゃんと、歪んだ愛情の持ち主の『可愛いクマちゃん論争』は互いに歪んだまま数分間続いた。
仲良しな村長と副村長の『暮らしの手引きちゃん作り』は仲良く続く。
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